3話 聖女、キスはしないと決意する
その後、王子達と神殿の神官と巫女が集まり、重要な会議が行われたようだ。
そこで、私の扱いをどうするか、今後どう結界の儀式に関わらせるかなどが話し合われたそうだ。
ヘロヘロになった私は、そのまま眠り込んでしまい、目を覚ますと、夜。
部屋には誰もいない。
ベッドサイドの水差しからコップにお水をいただいて、とりあえず飲み干す。
そして部屋の中を少し歩き回り、部屋の隅のお手洗いを発見!用を足して一息ついて、再びベッドに戻った。
魔力を供給すると言うあの不思議な感じ。
体に力がみなぎって、それが触れ合った手を通してキース王子に注がれていくあの感覚。
あふれだす白い光は確かに暖かく、天から注がれつむじの辺りから入ってきて、胸の中心位まで届くと全身に広がっていくのだ。
あれがリーンの加護、力なんだろうか。
それに。
あの後、キース王子はどうしたんだろう。
私が注ぎ込んだ力で、あの時は気分が良くなったと言っていたけれど、彼の体には儀式を通じてたくさんの良くないもの……護国の結界が弾く魔物たちの力や瘴気、魔の息吹が溜まっているはず。
キース王子ルートに入ると、まずは、集中してキースの体に溜まった呪いを祓うために、ヒロインは聖女の力を酷使しなければいけなくなる。
それにより、捻くれ者で閉ざされた末っ子、キース王子の心はヒロインに傾いていく……と言う展開なのだが。
なにせ、キース王子はめんどくさい。
いやそこがいいんだけど。
幼い頃に母君を亡くし、体も病弱、疎外感や孤独感を感つつで育った彼は、年齢より幼くひねくれた性格になってしまった。
兄二人は、若くして護国の結界を維持せる儀式に参加。
病弱なキース王子は大事にされていたため、結果的に王宮内で放置状態。
15歳の誕生日に結界を守る儀式に初めて参加し、兄弟の中で一番優れた結界術の能力を持つことが発覚するが、その優れた能力の反動で、結界を通して魔の息吹にあてられ、体に魔の呪いをため込んでしまう体質であると言うことが発覚する。
強大な護国の力を持つものの、神殿の巫女や神官達が呪いの息吹を抜く施術を頻繁に行わねばならず、扱いづらいせいでますます健康体の兄弟たちから精神的に孤立していく。
孤独を好む性格で、ひねくれ者。
反抗的でヒロインに対してもなかなか心を開いてくれない。
体験版ではそんな彼が可哀想で愛おしくて堪らず、ついつい入れ込んでしまって、2人のいわゆるイケメン王子よりも好きになってしまった……。
実際目の前に立った彼を思い出す。
病弱で色白ながらもやはり男の子だ。
握った彼の手はゴツゴツして、男らしかった。
あの去り際のもの言いたげな口下手そうな彼の瞳も……。
あー!思い出すと顔が真っ赤になってしまう。
あのイケメン王子の手を握ることができたなんて!というかこのまま展開していくと、キスで魔力供給する事になるんだよね……。
ちなみに、体験版は、各王子ルート、全て初キスの手前位で終わってました。
メーカーも残酷なことするよね……。
そりゃ発売日にお店にダッシュするわ!事故にも遭うわ!
鏡の中の私は、前世の私とは違う。
薄い栗色の髪の毛、痩せていて特徴のない普通の若い女の子。
今日はきれいに髪の毛を整えてもらってメイクをして、自分でもびっくりする位きれいになっていた。
今寝起きでメイクも崩れてしまっているけれど、もしかしたら本の虫でなければ、もっと髪の毛やメイクに気をつかっていれば、この世界ではそこそこモテたかもしれない。
地味ながら、細身でなかなかかわいい見た目だ。
でもでもでも!
前世の私は、いわゆるぱっとしない、地味な喪女。
中身がこんな冴えない私、王子様とキスなんて許されるんでしょうか。いや。許されない。
よし決めた。
キスはしない。
このまま物語が進んで、王子様たちにも魔力供給をすることになったら、全部握手で進行すればいい。
キース王子との進展もないかもしれないけれど、私が誰かを攻略するなんて恐れ多い!推しの王子様と恋愛関係になるなんて、オタクの女の夢小説で十分!
私はストイックに行く。
キース王子の呪いは祓うし、他の王子様達の魔力供給もする。アステリアも救う。
でも、魔力供給はすべて握手で行って、誰とも、もちろんキース王子ともキスはしない!
誰とも恋愛ルートには入らない!
ガチ恋勢でワンチャン狙いだったり、厄介オタ、推しに認知されたいオタクの女みたいな行動は取らない……!
ずっと真面目ちゃんとして生きてきたの。
この世界でも真面目を貫き通して、ストイックな聖女になる!
私は一人、鏡の前でそんな決意を固めていた。
ドアがノックされた。
「は、はい」
「失礼します」
入ってきたのはビアだった。
「体調はいかがですか。もう起きていて大丈夫なのですか」
「ええ、眠ったらあの疲れは取れたわ。ありがとう。ところで、キース王子の調子は……」
「今、会議が終わったところなのですが。
そういったことも含めて、今後、アルナ様には聖女としてわが王宮に仕えていただくことが決まりました」
それはもう決定事項らしかった。
「今護国の結界は、3人の王子たちの手により維持されておりますが、ここしばらく魔物達の勢いが増しています。
王子たちの負担も大きくなっております。
結界が魔物を弾くたび、魔物たちが生み出す瘴気を防ぐたび、結界にヒビが入り力が弱まりますから、毎日の儀式によって、結界を維持していかなければいかないのですが……。
て、こんなことは、アステリア育ちでアカデミー勤務のアルナ様ならご存じですわよね。
長々とした説明、失礼しました。
最も強大な結界術をお持ちのキース様が、ここしばらくため込んだ魔の息吹にあてられ、儀式に参加できなくなっていたのです。
それが、今日のあなたの1度の魔力供給で、魔の息吹がかなり抜けたようなのです!
先ほどの会議でも、とても体調が良いと言うことでした。すべてをアルナ様のお陰ですわ」
ビアは少し涙ぐんでいた。
そんなに喜んでくれるなんて……。
「これからも、アルナ様には、聖女としてのお力で、キース様の呪いを払って頂きたいのです。
もちろん、兄王子のお二人も、キース様ほどでは無いですが、結界術の反動で魔の息吹の影響受けることがございます。
これまでは神殿の巫女や神官が対応しておりましたが、対応しきれないほどのことがあったら、お二人にも魔力供給を行っていただけたらと思うのです。
問題ないでしょうか」
「もちろん!私でよければ、祖国の力になります!」
「良かった!そういっていただけると本当にありがたいですわ。
当然、アルナ様の体にも負担があるので、基本的に毎日1人の王子に魔力供給を行っていただくことになります。
もちろん、毎日だと負担が感じられるようなら、時々お休みいただくことも可能ですわ。
早速ですが、本日はこれからお夜食を運んで参りますので、お食事後はこのままお休みいただいて、明日は再びキース様に魔力を供給いただいてもよろしいでしょうか。
まずはキーズ様の体調を万全にしていただいた方が良さそうですから」
「分りました。……ていうか、私はここに住むんですか?」
「言い忘れておりました。ここは王宮の中の、客室の中で最も位の高い部屋、通称白百合の間。
処女神リーン様の花、白百合をモチーフにした部屋。
通常は他国王族しかお泊めしないお部屋なのですよ。
これからは王宮のこの部屋にお住まいください。
お気に召しませんか?」
「いえいえいえ、とんでもない!こんな素晴らしい部屋を使わせていただけるなんて……。えっと、一人で使うんですか?」
「もちろんですわ」
キョトンとするビア。
嬉しい……孤児院でも、寮でも、相部屋が普通だったから、個室で暮らすのは初めてかもしれない。
転生前の世界でも、6畳一間のワンルームに一人暮らしをしていたけどね。
こんなに広くて、豪華な調度品に囲まれた部屋を貰って一人部屋住まいできるなんて!
「あ、荷物を取りに行かなきゃ。服も私物も全部仕事場の寮にあるんです」
「大丈夫。誰か使いを寄越します。
同僚の方たちには、落ち着いた頃にご挨拶に参りましょう。ひとまずは王宮の暮らしに慣れて下さいませね。
あなたはこれから国の重要な人物となるのです。
前ほど気軽に王下街には出られなくなりますが、ご心配なく。
服も靴もアクセサリーも、全て聖女様にふさわしいものを、新たに用意させていただきます。
明日からそれをお召しになってもらいますわ」
言いながら、ビアがほんの少し含み笑いをしたような……。
私がここに来る時着ていたアカデミーの式典用のローブは、決して高価なものでも豪華なものでもなかったから。
今着させてもらっている絹の寝巻きの、10分の1位の値段なんじゃないだろうか。
ビアが着ている、王宮神殿巫女のローブも、上質でとても綺麗だ。
少し恥ずかしくなってしまった。
やっぱりなんだか私が聖女だなんて、なんかの間違いなような……。
でも間違いなく、私はあのゲームの中に転生して、ヒロインになっているんだよねぇ……。
そうだ。
アカデミーの図書室から持ってきた本!
あの本をめくった途端、前世の記憶がよみがえってきたんだ。
あの本は確か王宮に持ってきているはず。
「ねぇ、ビア、私が神殿で倒れた時、持っていたカバンのことを知らない?この部屋を見た感じ置いてないんだけれど」
「カバン、ですか……?あなたをここまで運んだのは、神殿にいた神官達なのです。私を付き添っていましたが、鞄の事までは気づきませんでした。神官たちに確認しておきます。何か大事なものが入っておりましたか?」
多分あの方は、ゲームの特典の、ノベライズだ。
ここから先の話の展開とか、ストーリーの分岐とか、あの本を読めば何か重要なことがわかるかもしれない。
あの本をめくった時は、全く見たこともない文字で書かれた奇書だと思った。
でも私の頭の中に今、日本語が浮かぶ。漢字もひらがなもカタカナも……。
記憶が蘇った今なら、あの本を読めるはず!
「そうなの!とても大事なものが入っているの。神官さんたちに確認しておいてくれる?お願いします!」
「分りました。早急に手配いたしますわ。お夜食も!」
私のお腹が、ぐぅ、と鳴った。
食べ物の話をされたら急に空腹感が湧いてきた。
ビアは笑いながら急ぎます、と部屋を出て行った。
それからしばらくして運ばれてきたお夜食は、とても豪華で素晴らしいものだった。
王宮の人はこんなものを食べているんだ……!
香辛料の効いたハムと、チェダーチーズのサンドイッチ。ふわふわのたまごとほうれん草と春竹キノコがぎっしりしまったキッシュ。香草の浮かんだコーンスープ。カラフルなカットフルーツ。
どれも絶品。
王宮の人たちは毎日こんなものを食べていたの?すごい……。
寮のご飯も不味くはなかったけど、質素な堅パンと、ポテト。季節の野菜と少量の肉の煮込みの毎日。
こんなに手が込んでいて、品数が豊富で、高い技術で調理されたものではなかった。
喪女の私がこんな素晴らしいご飯を頂いていいんでしょうか?
いや……いいんだよね。
だって私は聖女。
今は、この国、この王宮で私にしか出来ない事があるんだから!
このご飯とお部屋の分、精一杯頑張るぞ!
美味しいごはんをお腹いっぱい食べた後、お盆を下げてもらい、私はベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまった。
深い眠りに落ちた。
夢は見なかったと思う。
それからしばらく、夢の中でリーンに出会う事はなかった。
(続く)
次話から、キース王子との関係が進行開始の予定です。