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2話 聖女のお仕事はキスをすることのようです

 私は大きなベッドの上で目を覚ました。

 天蓋付きのベッド。白い絹の寝具、ふわふわした枕。

 アカデミーの職員寮の安物の枕とは段違い。

 広い部屋にはメイドが一人。

 彼女は、私が目を覚ましたことを確認すると、大慌てで黒樫の扉を開けて部屋を出ていった。

 この豪華な部屋は……王宮だ。

 ゲーム中のスチルで見た。


 ベッドの上で呆然としていたけれど、いつの間にか私は白いネグリジェに着替えさせられている事に気がついた。

 誰かに着替えさせられたのだ。

 誰かが服を脱がせたということで……うう、恥ずかしい。

 そしてこの後の展開は……。

 

 ゲーム通り。

 

 私を迎えに来た神殿巫女のビアが部屋にやってきて、寝起きの私にハーブの入った水を差し出してくれた。

 爽やかな香り。美味しい。

 眠っている間に喉が乾いていたようだ。

 私はグラスの水を口に含み、その潤いを求めていたと気がついて一気にそれを飲み干した。

 その様子を見てビアはホッとした様子だった。

 そして、私にこの国の状況を伝えてくる。

 

 アステリア王国を魔物や魔物たちが生み出す魔の息吹から守る結界について。


 処女神リーンと初代アステリア王が生み出した護国の結界について。

 護国の結界は、リーンとアステリア王没後も、代々王族と神官、巫女達が維持してきた事。

 そして、最近領土外の魔物の力が強まってきている事。


 現在、毎日三名の王子が護国の結界を維持する儀式を交代で行っているが、儀式を通じて末っ子王子のキースの体力が落ちてきている事。

 魔の息吹の影響で体に良くないエネルギーが溜まり、キース王子は精神的にも弱りつつある事。

 今は兄二人中心に儀式を執り行っているが、末っ子のキースの結界術の力も強力であったがために、結界が弱まってきてしまっている事。

 護国の結界を維持し、アステリアの平和を守るには、弱っているキースの体に溜まった魔の息吹を浄化し、現場復帰をして貰う必要がある事。

 そして、数日前、三人の王子に、結界術に必要な魔力を供給する聖女が目覚めるという神託があった事。


 その聖女こそ、アカデミー司書であるアルナ……私。


 私に聖女として、王子達に魔力を供給して欲しいそうだ。


「どうやって……?」

 私は喉から絞り出すように質問を投げかける。


 本当は知っている。

 ゲーム中では、タイトル通り、キスで王子達に魔力を供給を行うのだ。

 過去、処女神リーンが初代アステリア王にそうしていたように。


「伝承では、初代王妃リーンは口付けで王に魔力を与え、魔の息吹を祓ったとされています」

 あああ、やっぱり!

 私が王子に、キス?

 無理……。

「む、無理です……」

「うら若い乙女のあなたが混乱するのはわかります。ですが、神託は貴女にしか出来ぬと告げていたのですよ。これは、リーンの加護を受けた聖女であるあなたの使命なのですから」

 ビアは強い決意を持った口調で身を乗り出して私に云う。

「どうか護国の為に」

 私が涙目で混乱していると、黒樫のドアがノックされた。

 王宮の兵士が王子達の来訪を告げる。

 うそ……うそ。

 ここまで体験版通りの展開。


 三名の王子達が入ってくる。

 もちろん推し王子のキースも。

 三人は私の横たわるベッドを囲むように近づいて来た。

 待って待って待って……。

「聖女殿は目を覚ましたか」

 第一王子エドワード様が一歩ベッドに歩み寄ってくる。

 あああ、寝起きで髪の毛ボッサボサだし、多分寝起きのむくみで顔はぱんぱんテカテカだし、それに寝巻きなんですが!

「彼女のキスで本当に俺たちの魔力は増すのかな?」

 第二王子ジェシー様が、面白がるように身を乗り出す。

「僕は信じないよ」

 第三王子のキース様がぷいっと私から目をそらして云う。

「処女神リーンの加護を受けた聖女だって?そんな都合の良い存在が現れるなんて僕は認めない」

 ひねくれモノで、皮肉屋で、でも寂しがり屋なキース王子。

 儀式で蓄積した魔の息吹が彼の体を蝕んでいるのか、黒いつややかな髪とコントラストを描く白い肌は、病人の青白さに近い。生意気そうに細められた琥珀色の目は陰鬱な雰囲気を漂わせているが、どこか疲れを感じさせる。

 彼らしいセリフだ。

 体験版とほぼ変わらないセリフを聞いた気がするけど……。

 

 眼の前で聞くと本当にもう、尊いの一言。

 この生意気ツンツン王子がヒロインと進展していく展開が見たくてたまらなかったのに、体験版では少し仲が深まり、徐々にヒロインに執着をはじめるのかな……と予感させる序盤までしかプレイ出来なかったのだ。

 

 このシーンの最後で、どの王子のルートに進むかの選択肢がある。


 長男エドワードルートに進むと、魔の息吹で病んだキースを休ませ、長男のエドワード王子の儀式補佐する形で話が進展していく。エドワードの婚約者にライバル視され、正直ストレス展開が多そう。

 次男ジェシールートに進むと、やはり魔の息吹で病んだキースを休ませつつ、陽気なジェシーを儀式の中心に据え、神殿に仕える巫女や神官達とも交友しつつ楽しい青春&恋愛の聖女生活展開となる様子だった。

 そして、末っ子のヤンデレ王子キースを選んだ場合。

 聖女に魔力を供給されつつも反発してくる皮肉屋で反抗的なキース。

 彼との交友は一筋縄ではいかないものの、彼の体に蓄積した呪いを祓い、儀式に復活できるように魔力を送り続ける事で、彼の心は全てヒロインに向いてしまう。

 キスではなく、手を握り合う事で選ばなかった二人の王子にも魔力供給は出来るのだが、それすら嫉妬して怒ってしまうようになるキース王子。

 ヤンデレ王子とドロドロずぶずぶの展開が期待できそうで、正直一番面倒くさそうだけど一番深く愛されそうなのがキース王子ルートなのだ。

 こういう屈折した男子(※男性については、前世も今生も喪女だった私なので、二次元男子の事しかわかりません)がどストライクの私は、キースを推す気満々だったのだが……。


「試しにキスしてみてよ、アルナ」

 ジェシー王子が笑いながら、誂うように身を乗り出し、顔を寄せて来た。

 ひえっイケメン!

 眩しい!

「ジェシー様!」

 ビアが椅子から立ち上がり、ジェシーをたしなめる。

「はしたない!アルナ様はまだ混乱されているのですよ。いくらなんでも、いきなりすぎますわ」

「そうは言っても、本当に彼女に魔力を供給する聖女の力があるのか試さない事にはどうしようもないだろ?」

 ジェシー王子は顔を引っ込めつつ、肩をすくめてみせる。

「アルナ。それじゃあ手を握ってくれよ。体を触れ合わせれば君にその力があるかどうか、わかるはずだ。

 俺は病がちな弟のキースに無理をさせたくない。

 神殿の巫女や神官達の力を借りて、結界術の儀式を新しいものに変えていきたいという革新の夢がある。

 俺に力を貸してくれ」

「ジェシー。先走るな。

 長子の俺が、伝統を守り儀式の中心となっていく。

 父王もそれで納得してくれている。

 革新より伝統だ。

 アルナ、俺の手をとれ」


 ジェシー王子とエドワード王子が、それぞれ私に手を差し伸べて来た。

 長男のエドワードは伝統的。

 次男のジェシーは革新的。


「兄様達二人共、この女の人にそんな力があると本当に信じているわけ?

 ねえ、アルナ。僕の手を握ってよ。

 僕の体に溜まった魔の息吹が伝染るかもよ?

 もし君が聖女の加護など持っていなかったら、呪いを持った僕の手を握る事に耐えられるかな?

 僕の手を握るのが一番わかりやすいと思うよ。

 怖いだろう?

 本当に君が聖女か、僕が試してあげる」


 そして……キース王子も手を差し伸べてきた。皮肉で挑戦的な笑みを浮かべて。

 彼の手は、三人の王子の中で最も痩せて青白く、細い指先をしていた――。

 末っ子のキース王子ルートを選択すると、キース王子の呪いを祓い心身を回復させ、王子三名体制の儀式が復活する。そして、儀式でのキースの重要性が増していく。

 

 誰のルートに進むか、ここで決まる。


 私は迷うことなく、キース王子の手を握った。

 やせ細った彼の手を見て心から思った。

 彼を、助けたい。

 

 キース王子の手は、ひんやりしていた。

 私が彼の手を握ったことは、心底彼を驚かせたようだ。

 彼は、自分が選ばれると思っていなかったのだろう。

「な……」

 彼は前髪に隠れた大きな目をぱちぱちさせ、何かを言おうと口を開きかけるが……。

 キース王子の手を握りしめた私の手から、白い光が溢れた。

 優しく、暖かな光。

 夢の世界でリーンと一緒に包まれたあの光だ。


 それは私の手から放たれ、やがて私の全身から白い光がほのかにあふれる。

 なにこれ?

 あったかい。

 白い光は私から生まれ、握りあった手のひらを伝い、キースの手の平、腕、肩……そして全身へと伝わっていく。


「これは……護国の結界と同じ光だ!処女神リーンの聖なる力だ」

 エドワード王子が叫んだ。

「そんな、まさか……」

 うろたえるキース王子だが、手を放そうとはしない。

 私と彼の手は握りあったまま、何か目に見えぬ力で優しく覆われ、捕らわれてしまったかのように、二人で一つの存在になっていた。

 私の体から生まれた光は、彼に注がれていく。

 私が意識して操っているものではない。

 何も意識していなくても、自然とそうなっていくのだ。

 白い光は私と彼を包み、心は穏やかで優しい気持ちで満たされていく。

 頭の天辺あたりから、私自身にも、何か優しく清らかなものが流れ込んできている。

 リーン。

 これはあなたの力なの?

「マジかよ。本物の聖女様だ……処女神リーンの加護だ」

 ジェシーの呟きが聞こえた。

「ご神託は本物だったんだわ。処女神リーンの民とアステリア王国に永遠の光あれ」

 神殿巫女ビアの祈りの声は、涙声で、震えていた。


 ある瞬間、光は燃え尽きる直前の蝋燭の炎のように爆ぜて大きく光り、その後すぐに溶け消えていった。

 私の体の周りにわずかに残った煌めきも、瞬き1つする間に失われていった。


 次の瞬間、私の体が揺れた。

 ベッドに上体を起こした姿勢が維持できず、マットレスに倒れ込んでいた。

 体が重い。

「アルナ様!」

 ビアが私に駆け寄り、体を起こそうとしてくれるが、力が入らない。

「おいおい、大丈夫か」

「医者と神官を呼べ!」

 エドワード王子とジェシー王子の声が響く。

「キース、お前はどうなんだ。何か、変わったか」

 エドワード王子が問いかけるが、キース王子は握り合っていた手の平を見つめ、呆然と立ち尽くしている。

「体が軽い……結界術の儀式を重ねる度に溜まっていく体の中の黒いおりが……消えている。

 全部ではないけれど……ここしばらく、起きることも、食べることも、体が重く辛かったのに、今は不思議に体が軽いよ。

 ずっとズッシリしていた心も軽い……」

「体に溜まった魔の息吹が消えたのか?」

「完全じゃないけど、マシにはなっているね」

 良い方向に向かったはずなのに、キース王子は捻くれものらしく皮肉そうに応えた。

「良かった……です」

 気だるい肉体と、朦朧とした意識の中で、私はようやくキース王子に話しかける事が出来た。

「私は、あなたを助けることが出来そう。良かった……」

 キース王子は、泣きそうな顔をして私を見下ろしていた。

「呪われた僕の手を握るなんて……君は、どうかしているんじゃない?」

 本当に、どこまでも、皮肉屋だ。


 その後、複数名の王宮医と神官がやってきて、診察を受ける事となった。

 三名の王子様達とビアは会議が必要だと、丁寧に私に挨拶をして部屋を出ていった。

 キース王子だけがひねくれたような顔を俯向け、私に何も言わなかった。でも、ドアから出ていく時に、一瞬だけこちらに視線を向けていた。

 とても、バツが悪そうな、申し訳無さそうな……なにか言いたげな切ない視線だった。

 

(続く)

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