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1 話 乙女ゲームの聖女に転生してしまったようです

 王都で庶民として平和に暮らしていた私が、前世の記憶を思い出したのは18歳の頃。

 21世紀の日本。東京。人生の私を冴えないOLで日々会社と自宅の往復だけ。友達もいない。当然彼氏もいない。そんな私の趣味は乙女ゲーム。

 死亡時私は32歳。大好きなメーカーの最新乙女ゲーム(ノベライズの特典付き)の発売日。

 繰り返し体験版を遊んで夢中になったゲーム本編+ノベライズ付きがついに発売されると聞いて、発売日を指折り数え、退勤後即秋葉原のオタクゲームショップに向かった。

 ゲーム本編ROM+特典ノベライズ+クリアポスター付きの一番豪華なセットを購入した後、ゲームショップ前の交差点で、信号無視をして歩道に突っ込んできたトラックに全力ではねられた。

 

 強い衝撃。痛みはなかった。

 

 コンクリートに倒れ、薄れゆく意識の中で、私はこんなことを考えていた。

 

 ああ、今日は帰ったら全力でゲームをやろう。有給と土日も使って徹夜で全ルートをクリア+ノベライズを読破するはずだったのに……と。

 

 毎晩寝る時間を削って繰り返しやっていたあのゲームの体験版。

 各攻略キャラルートの序盤までをプレイすることが出来た。

 どのキャラも性格や見た目が特徴的で、それぞれの良さがあった。

 何より顔がいい。声がいい。

 そしてもう一度言う。全員顔がいい。


 どのキャラを推そう?というのは、本編をプレイする前に決めてしまうのはオタクとしてどうかなと思いつつも、私の好み的に推しキャラは決まりつつあった。

 冴えない人生もゲームのことを考えると胸が躍る。

 各キャラとのイベントを妄想すれば上司の斜め上の説教もスルーできる。

 

 『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』をプレイしたい。

 

 せっかくゲーム本編を手に入れたのに、未クリアであの世にいくの?

 そんな。そんな。

 悔いだらけだよ。

 

 それが前世の私の最期さいごだった。


 その後、私の意識は、白く光る不思議な何もない空間に落ちていった。

 淡く優しい光に包まれていると、これが天国なのかなと思ってしまうほど心地良かった。

 そこで1人の女性と出会った。

 艶やかな絹のような長いブロンドヘアと、絹のローブがふんわりと彼女の白い体を被っている。

 妖精のように美しく、長身。青い瞳。日本人離れした容姿していたが、明確な人種はわからない。あえて言うならば、3次元の超美麗ちょうびれいイラストのような女性だ。

 そして、私はなんとなく似たような女性を知っているような……。


「辛い事故でしたね」

 鈴を転がすような声で彼女は言った。

「いやそうでも」

「無理しなくていいのですよ。

 あなたは命を落としたのですからね。

 でもまだ魂はまだこうして生きているし、貴女は完全に死んだわけではないの」

「そうなんですか!?」

 私は思いっきり食いついていた。

 その勢いに彼女は怯んで体を少し後ろに引いた。

「え、ええ」

「私!これから攻略予定のゲーム、『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』をクリアしないといけないんです!マルチエンディング形式なので何度もやる予定なんです!全エンディングみて、特典のノベライズもよまなくては!王子たちのキャラクターはかっこいいし、シナリオもいいし、あのメーカーの過去作ナンバーワンだと思います!体験版の段階で、結構シナリオ分岐ありましたし、ゲームサイトの事前情報によるとフラグの回収が難しいし、各キャラルートに入った後も一人の王子につき複数エンディングがあるみたいなんですよ!さらに各王子エンドとは別の隠しエンディングもあるらしくて……」

「な、なるほど」

 ブロンドの女性は、オタクが早口でプレゼンをする姿にドン引きしながら体を少し後ろに引いていたが、ひきつった笑顔でうなずいてくれた。

 

 しまった。

 ついやってしまった。

 オタクの悪い習性が出てしまった。


「それがあなたの望みなのですね。

 大丈夫です。

 あなたは望みをつかむことができますよ。

 これからあなたに待っているのはあなたが見たかった世界」

「へ?……普通に家に帰って、パソコンを起動することができるってことですか?」

「ふふ。あなたがヒロインになって、トゥルーエンドを作るのです。

 大丈夫。

 その時が来たら意味がわかります。

 あなたにアステリアの未来を託します」


 アステリア?


 それはあのゲームの世界に出てくる固有名詞だ。

『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』の舞台となった国の名前では……。


 私たちを包む白い光はその強さをどんどんと増していき、私の視界は白く霞んでいく。気が付くと世界は白一色に包まれ、女性の姿は見えなくなっていた。

「幸せなエンディングを掴んで」

 そんな、そんな。

 一体何を言っているの?

 白光の中で私は意識を失った。


 『その記憶』がよみがえってきたのは、今の世界に転生してから18年後。

 18歳の誕生日だった。

 

 この世界の私は孤児だった。

 幼児期の記憶は殆どない。

 赤子だった私は、王都の孤児院こじいんの前でかごに入れられ捨てられていたらしい。

 私を捨てた親のせめてもの愛情だったのだろう。

 私は王都の聖女協会の運営する孤児院で育ち、きちんとした教育も受け、将来のための職業訓練も経験出来た。

 そのおかげで、孤児院を出た後、王立アカデミーの図書館司書として就職することもできた。

 16歳の頃だった。

 

 アカデミーの図書館でのお仕事内容は、書庫の整理や貸し出しの受付だ。

 アカデミーの生徒たちは名門貴族の子息子女ばかりだし、教員たちも高貴な出の人が多い。

 図書館の利用者は品行方正そのもの。

 穏やかな毎日。

 仕事は大好きな本に関する事で楽しくて仕方ないし、仕事の合間に蔵書を読んだり、業務後は住み込みの職員宿舎で読書をしたり、内気な性格で一人が好きだったため友達はほとんどいなかったけれど、人生がとても楽しかった。


 18歳の誕生日当日。

 仕事中、図書室の机に一冊の本が放置されていることに気がついた。

 生徒の誰かが本棚に戻し忘れたのだろう。

 その本を書架しょかに戻すため、手にした途端、違和感がした。

 これまで感じたことのない奇妙な感覚だ。

 

 その本は『奇書きしょ』と呼ばれている正体不明の本で、解読不能の言語で書かれている希少本だった。

 表紙には見慣れぬタッチでカラーイラストが描かれており、絵の雰囲気からするとロマンス小説のようだった。

 

 カウンターに戻り目録もくろくを確認すると、その本は過去にある貴族の家から見つかり、研究に値するものではないかとアカデミーに持ち込まれ、寄付されたものだったらしい。

 現在も解読は進んでおらず、現在は異国の解読不能本コーナーに並んでいる本だそうだ。

 

 パラパラと中を見てみる。

 

 見慣れない文字が並んでいる。

 そして、かわいいイラストが数十ページおきに添えられている。かっこいい男の子とかわいい女の子が抱き合ったりキスしていたりなんだかちょっとエッチな雰囲気だ。

 恋愛経験がない私はドギマギした。

 何せ私は孤児院にいた頃から内向的で根暗な本の虫。

 自分をきれいにすることよりも本を読んだり、勉強したりすることの方が好きだったので、化粧や髪の結い方にも全然興味がない。お世辞にもかわいいとは言えなかったし、ブス呼ばわりされた事も何度もある。

 恋愛にはとことん縁がありません。

 私が王立アカデミーの司書試験に合格した理由も、後々他の職員から聞いたところによると、「美しすぎないから生徒たちの勉学を妨げない」からだそうです。

 

 とほほ、すぎる。

 それでも私はこの仕事が大好きだったし、たくさんの本に囲まれているのは本当に幸せだった。

 生涯独身でも構わない。

 この仕事に全てを捧げようと思っていた。

 

 なのに、その読めない文字の並んだ本を眺めていると。


 白昼夢のように前世の記憶がよみがえってきた。

 謎の映像が頭の後?を流れていく。

 

 前世の記憶。死後の真っ白な世界で出会った女性との会話。

 

 怒涛のように流れこんでくる前世の記憶。

 情報量が多すぎて心がついていかない。

 前世でも私はオタクで、乙女ゲーばかりやっていた。


 そして、今、私はあの夢中で体験版をやりこんだ乙女ゲームの世界にいる。

 

 そう、私は事故で死んだ。

 そしてあの乙女ゲームのヒロイン『アルナ』に生まれ変わったんだ。


 前世でプレイした体験版の始まりはたしかこんな感じ。

 

 王立アカデミーで図書館司書をしているヒロイン『アルナ』。

 目立たず地味な非モテ女子。

 ある日、王宮に呼び出されて、自身が『聖女』であることが告げられる。

 そして、王族である三人の王子様全員から求愛される立場となって、誰を選ぶかルートを選択して、そのヒーローと進展していく形で物語は進んでいく。

 王子様達に聖女としてキスで魔力供給をしながら。

 

 あの乙女ゲームの体験版は、繰り返しプレイをしていた。

 だから序盤の大筋はわかっているし、各王子のルートの序章もプレイ済み。

 

 ただ、本編は攻略していないので、エンディングはわからない。

 マルチエンディング方式だったのは事前情報で知っているけれど……。

 ……ヒロインは、どういうきっかけで王子達に会うんだっけ?

 そう、ゲーム中では確か王立アカデミーで働いている時に同僚がやってきて……。

  

「アルナ!アルナ!」

 同僚の声で我に返った。

 私より20歳以上年上の上司、アカデミー図書館館長マーゴットだ。

 子供を産んでから太ったとそればかり言うけれど、知的で落ち着いており、大らかで笑顔の彼女は、いつも周りの人に笑顔と安らぎをもたらす。

 ゲーム中でも肝っ玉母さんのような良いキャラクターで、乙女ゲーファンたちの間でも「おかん」の愛称で人気が高かった。

 本編でもきっと良い仲間として活躍するだろうと期待されていたキャラ。

 その彼女は、大きな体をゆらしてバタバタと私に駆け寄ってきた。

 彼女が図書館の中で走っているのは、初めて見た。


「マーゴット、あなたがそんなに焦るなんてどうしたの?

 図書館の中で走るなって、生徒達にいつも言ってたじゃない」

「それどころじゃないのよ!」

 息を切らせながら彼女は言う。

「アルナ!あなたに大変なことが起きてるわよ。王宮から使者が来たの!あなたを王宮に呼びたいと!」

「……え、ええ?」

 

 ゲーム通りの展開だ。

 ええと、偶然じゃない。これは、あのゲームの中なんだ。


「とにかく早く準備なさい。失礼のないように礼服に着替えるのよ!」

「私、アカデミーの入学式や卒業式の時に職員が着るローブしか持ってないわよ」

「それでいいわ。とにかく緊急の呼び出しなんだから、早く行かないと!」


 マーゴットの剣幕に押されて、私は慌ててカウンターの下に置いてあった私物のかばんをまとめて、帰る支度をした。

 そして、はやるマーゴットに手を引かれて、私が住むアカデミー職員寮に向かった。


 職員宿舎の自室。

 礼装のローブ着替えた後、他に何を持っていこうか悩んでいると、毎日仕事に持っていく麻のショルダーバックからとんでもないものが出てきてしまった。

 あの奇書だ。

 私の前世の記憶を甦らせてくれた本。

 ついバタバタして、貸し出し手続きをしないで持ってきてしまった。

 希少本なのに……。

 これがバレたら処分されることもありそうだ。

 

 今これをマーゴットに見せる、ややこしいことになりそう。

 ととりあえずこっそり後で戻せばいい、ルームメイトに見られてややこしいことにならないよう持ち歩いたほうがいいだろう。

 王宮に持ってく綺麗めな鞄にその本も突っ込んだ。

 ドアの向こう側で、早く支度をするようにとマーゴットが低い声を荒らげて急かしてきている。


「もう!支度できたってば」

 ドアを開けると、マーゴットは私の姿を見て目を丸くしてぽかんと口を開けてしまった。

 な、なんで?

「ちょっと、ちょっと、アルナ。あんた、お化粧はどうしたのよ。髪の毛は?それでいいの?」

 言われて私はちょっぴり鼻白んで頬を染めた。

 私は今、いつものノーメイクに、髪の毛は首の後ろの少し上あたりで軽くくっただけ……。


 だって、おしゃれがわからない。

 いつもこの格好しかしかしてこなかったんだもの。


「若い娘が王宮に呼ばれているのよ?

 せめてもう少しおしゃれをしないとだめよ。もしかしたら、

 王宮であの三王子様にばったり出会って見初められるなんてことがあるかもしれないんだから!」

 マーゴットは興奮して勢いよくまくし立ててきた。

 

 三王子。

 庶民たちが、このアステリア王国の三人の王子達をまとめて呼ぶ時の愛称だ。

 若い娘達の憧れの若い独身の王子様。

 彼ら王族は王宮で家庭教師から教育を受けている。

 アカデミーには来ていなかったけれど、国の公式な祭で、遠くからお見かけした事がある。

 

 顔が良い。とにかくみんな顔が良い。

 私は広場から、ため息交じりに王宮前広場に面したバルコニーに立つ彼等を見つめた後、私自身を彼等に見られることが恥ずかしくて(もちろん、大きなお祭で、王宮前広場はごった返していて、大勢の人々に紛れている私を、彼らがちゃんと見ることなんてある訳ないけど)長時間見つめることができなかった。

 コミュニケーションが苦手な部分ってこういうところだ。

 私は地味で根暗な上、自意識過剰なんだから。

 さて……マーゴットのいうことももっともだし、このままゲームの通りに話が進んだら、私は王子様達に出会う事とになる。

 

 突然のことで考える余裕がなかったけど、王宮に行ったら皆の憧れの三王子……私が前世で憧れてやまなかった王子様達に聖女として選ばれた事を告げられるんじゃなかった?

 前世の記憶がだんだんと蘇ってくる。

 今の人生の記憶と少し混濁してしまうけど、私はあの乙女ゲームの体験版だけで、三王子達の大大大!ファンになってしまっていたのだ。


 三人全員顔がいい。

 そして全員の性格がまた素敵。

 体験版を何度も全ルート序盤分全てやりこみ、ゲームのみならずグッズも予約し、発売前からSNSでファンといかに楽しみかを語り合い、全力であの作品を推していた。

 

 落ち着こう。

 この世界の私『アルナ』も、控えめに言って地味でかわいくはない。

 あえていうなら目立たない普通の女の子からおしゃれを引き算したような見た目だ。

 推しにこんなダサいもっさりしたオタクの女が会って恋愛に発展するわけないし、私は推しの視界に入っていい存在じゃない!

 

「アカデミーの仕事に関することでの呼び出しじゃないの?だったら顔合わせる機会なんてないんじゃないかしら」

「万が一って言うこともあるのよ。私がやってあげる」

 マーゴットはズカズカと部屋に入ってきて、私の髪を解いてブラシをかけて、耳の脇の両サイドの上を編み込んで後で止めて、軽いヘアメイクをしてくれた。

 部屋に戻ってきたルームメイトもジーナが何事かと驚いて色々喚いている。

 マーゴットから早口で事情を聞いたジーナは、自分のメイク用品を貸してくれた。

「アルナは磨けば光るタイプだと思ってたのよね。私がいくら言っても本ばかり読んでお化粧なんてしようともしないんだから」

 

 2次元オタクの私は、この世界に転生しても完全な2次元オタクだった。

 あらゆる小説、特にロマンス小説に夢中になっており、現実でのおしゃれにはとことん縁がなかった。

 ルームメイトで同僚であるジーナは、同じように読書が好きでもいつもきれいにしていて、お化粧も得意だ。


「年頃なんだから、もっときれいにしなさい」

「ほらどんどん可愛くなってきた。でも派手すぎるのはだめよ。あくまでアカデミーの職員として呼ばれてるんですからね」

 派手すぎない化粧とヘアメイクで私は大変身した。


 これも原作通りの展開だ。

 自分に自信がないアルナを、同僚たちが王宮へ伺いのにふさわしい格好へアップグレードしてくれるのだ……。

 皆優しい。

 鏡の中の私は、清楚でうら若い女性だった。


 ……かわいいと言っていいんじゃないだろうか。

 そんなこと、自信がないから絶対口に出して言えないけど。

 

 そしてこの髪型とメイク、アカデミーの祭典用のローブ。

 ……改めてじっくり見ると、どこかで見たことがある。

 うっかり持ち出してしまったの奇書の中で差し込んであった絵の一枚に、こんな姿のヒロインが描かれていなかっただろうか。

 ヒロインアルナは突如聖女に指名されて、王子様達に魔力を供給をするため、彼らに唇を捧げることになる。

 誰に魔力を供給するかは選択肢によって変化する。

 基本的に攻略ルートは序盤で1名に絞られる。

 または、誰も選ばないか……。

 それが『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』のストーリーだ。

 あの奇書は、挿絵からすると、あの乙女ゲームの小説版じゃなかった?

 一体どうなっているの?

 このままだと私は三人の王子様達に出会い、誰かを選び、毎日聖女としてキス……キスを捧げて……。


「む、無理!」

「アルナ?」

「やっぱり行かない!行けない!

 推しにこんな顔見せるなんて出来ない!認知されるとかとても無理!」

「何を言ってるの?緊張で混乱しているのね、かわいそうに」


 同僚のジーナが肩を抱いて慰めてくれる。

 そうじゃない!でもありがとう!

 憧れのキャラクターに会って話してキスしてエッチして……そんなの絶対無理!

 恐れ多いというか私なんて王宮広場のモブとして王子様を眺めてため息をつくのがお似合いなわけで!


 混乱している私の部屋に、ついにしびれを切らした王宮の従者たちがやってきてしまった。

 急ぐように言われ、私は流石さすがに王宮の人には逆らえず、ついていくことになった。

 マーゴットとジーナが笑顔で見送ってくれている。

 ああ……この後の展開は……!


 

 荘厳華麗そうごんかれいなアステリア王宮に、初めて足を踏み入れた。

 そして、美しい庭園や回廊かいろうを通り抜け、王宮の中の神殿に連れて来られた。

 王族が洗礼や祭事の時に使う神殿だろう。

 当然、庶民の私は一度も来たことのない場所で、緊張してガチガチになっていた。

 王宮から迎えにやってきた人たちは、王宮騎士らしき男性数名と、ローブを着た巫女。合計六名。

 庶民の娘を迎えに来るには、あまりにも仰々しくないですか?

 

 神殿の最奥には、この世界を守る女神の像が神々しく祀られている。

 神殿に入ると、入り口ちかくの礼拝場所から、迎えの人たちがそうしたように、私も片膝を地面につけて跪いて女神像に祈りを捧げた。

 

 大昔にこの世界を作った神が人間の世界に遣わせた処女神リーン。

 彼女は白銀に輝くブロンドと、白樺しらかばの若木ようなすらりとした肉体をしていたといわれている。

 

 宇宙から無限のエネルギーを受け取り、この国を作った初代の王にその力を与え、魔物や他国の侵略を跳ね除け、アステリアを強国にしたのだといわれている。

 今のアステリアでも処女神リーンの加護は続いている。

 彼女が生み出した護国の結界は、いまだに国を守り続けている。

 代々王族が結界を維持する儀式を行っており、王族の1日はその儀式で始まると言う。

 その儀式により、国の平和と安寧あんねいが守られているのだ。


 女神像に祈っていると、神殿の扉が開き、神殿の中に入ってくる複数の足音が聞こえた。

「祈りの途中か?構わぬ。面を上げよ」


 この声は……。


 恐る恐る顔をあげると、そこには三人の青年がいた。

「第一王子エドワード殿下。第二王子ジェシー殿下。第三王子キース殿下の御成おなりである」

 従者じゅうしゃが声をあげた。

 

 胸が、ぎゅっと苦しくなった。

 

 一番背の高い筋肉質でガッシリとした体躯、少し険しい表情をした短髪の金髪の青年。

 第一王子のエドワード王子。

 真面目で無骨、肉体派。

 無表情だが純朴じゅんぼくで真面目。

 ヒロインに誠実に向き合ってくれる不器用なタイプのイケメン。

 顔を上げるように告げたのは、彼だろう。

 ゲームでエドワードの声をあてていた人気声優さんの声そっくり。超イケボ。


 その後ろに立つ、細身で太陽のような明るい笑顔を浮かべた栗色の髪の毛を伸ばし、後ろでくくった男の人。

 明るく誰もを笑顔にしてくれる優しく陽気な男。

 聖女としての苦悩を全て包み込んでくれて、ヒロインを一番笑顔にしてくれそうな好男子。

 第二王子のジェシー王子。

 子犬のような好奇心が潜む瞳でこちらをみている。良い。すごく良い。


 そして一番うしろに立っているのが第三王子、キース様。


 体験版プレイで、私が一番推していたキャラだ。

 

 三兄弟の中で最も依存心が強く、ヒロインに執着して病んでいく問題児。

 だが、そこが良い。

 誰よりも熱烈にヒロインを愛しているから。

 末っ子の王子キース様は、私、アルナと同じ18歳。

 三人の中では一番細身、中性的。

 漆黒のストレートヘアをボブ位に伸ばしており、長めに伸びた前髪が琥珀色アンバーの瞳にかかり、彼を陰気かつ根暗そうに見せている。

 そして、胸元に抱きしめた母の形見のパッチワークのクマのぬいぐるみが彼をより幼くみせている。

 警戒心まるみえのじとっとした瞳でこちらを見るキース。陰気だけどかわいい。かっこいい。


 全員かっこいい。

 神々しい。

 イケメンが3人並ぶと後光が差して見える。


 全員顔がいい。無理。

 えっ見ないで、見ないで。

 ブスい私を見ないで。

 推しに見られたら死んでしまう。


 私は一度上げた顔をまた伏せるしかなかった。

「そんなに恐縮するな。おもてをあげよと言ったろう。アルナ」

 私は震えながら顔をあげようとするが、緊張してどうしても顔があげられない。

 というか推しキャラをこんな間近で生で見ることは出来ない!


「エドワード殿下。彼女は孤児で庶民。緊張するのも無理はございませんわ」

 私を連れてきてくれた巫女が、すかさず助け舟を出してくれた。

 彼女の名前はビア。

 ゲーム中では、確か23歳と言っていたか。

 幼い頃に神の道に人生を捧げた王宮神殿巫女。

 王宮の巫女達を束ねる大巫女の一人だ。

 ゲーム中ではヒロインに王宮のことを色々とレクチャーしてくれる味方キャラクターとして登場している。

 彼女の言葉に、エドワードがふむと唸った。

 うん、本当に声がいい。イケボ。

 

「それもそうか。だが、顔が見たい。

 我が神殿に仕える巫女達が、同時に神託を受けたのだ。

 アカデミーに務める女性、アルナが『聖女』としてその力に目覚め、我が国の窮地きゅうちを救ってくれるとな。

 聖女アルナ、その顔を見せてくれ」


 私は意を決し、震えながら再び顔をあげた――。

 そして三人の王子様達を見る。

 正統派イケメンで真面目、筋肉質で男らしい美男子エドワード様。

 陽気でひとなつこい犬のような笑顔の陽キャ、ジェシー様。

 そして引っ込み思案だけどヤンデレでヒロインに一番執着する末っ子キース様。


 ああ、今私の前に、憧れていたキャラクター達がいる。

 顔が良い。顔が良い。顔が良い。

 

 あれ?なんだか頭がくらっとする……憧れの三人の王子様を見つめていただけなのに、なんで三人が斜めになっていくの?そして、なんで地面が斜めにみえているの?あれ?なんで?

 体に衝撃が走り、悲鳴とざわめきが聞こえた。

 

 私は意識を失い、倒れたようだった。


 

 私はまた光の中にいた。

 白い光しかない、上も下もない不思議な空間。

 そこには私と、彼女しかいない。

 金髪、ブルートパーズのような瞳、白い肌の女性だ。

「あなた、リーンでしょう!」

 私は光の中で意識が戻ると同時に叫んでいた。

 彼女のことはゲーム中の立ち絵、スチルで何度も見た。

 『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』に出てくる、神話の女神、処女神リーンに間違いない。

 

 その特徴的な容姿、夢の中にだけ現れヒロインアルナにお告げをする様子、ゲームと同じ展開で現れている。


「そうです。私はこの世界の女神、リーン。

 アステリア王国の創世に携わった神の末裔。

 ですが、元はあなたと同じ大地を生きる種族なのです」

「知ってるわ。何度もゲームやりこんだもの」


 処女神リーンはもともと森を生きるエルフの娘だったはず。

 『くちづけの聖女は3人の王子に愛された今日も眠れない』の世界観では、創世神が宇宙に溶けて消えた後、神の末裔と呼ばれる精霊達が残って人間達と暮らしている。

 ゲームや小説で言うところの、精霊エルフやドワーフ族、獣人族と呼ばれる異種族だ。

 リーンは長く尖った耳を持つ精霊エルフ

 今の時代にはほとんど姿を見せなくなっているが、600年も昔のアステリア王国創世記によると、地方遊説に向かった初代アステリア王ルースは、アステリアの領土の外側となる荒野でリーンと出会う。

 森を出て旅をしていた精霊のリーンは荒野で力を失い倒れていたそうだ。

 ルースは美しいエルフを救い、すぐに恋に落ちた。

 ルースはリーンを王都に連れ帰り、二人で護国の結界を生み出したと云う。

 リーンはアステリアの初代王に愛された女神、生涯護国の結界を維持するため王族に支えた女性として、このアステリア王国の伝説となっているのだ。

 処女神と呼ばれているのは、初代王とはなかなか肉体的に結ばれなかったからだ。

 初代王は処女性を失うことでリーンの魔力が衰えるのではと、また、あまりにもリーンを大事に思う純情な心故に、なかなか肉体的に交わることが出来ずにいたという。

 

 そんな純情な初代王とリーンの婚姻生活は、大いなる悲劇に見舞われる。

 アステリア王は日々結界を守る儀式の疲れから不治の病に倒れる。その後、国を守るため、王家の血筋とリーンの子を遺すために、初めて肉体的に結ばれたのである。

 リーンは無事身ごもり、元気な男児を産み、そして程なく、ルースは病をこじらせ命を落としている。

 リーンはが子を産み、処女性が失われても、結界術に必要なエネルギーを失う事はなかった。彼女はルースの子が成人するまで結界を維持する儀式を行い続け、その術式をアステリアの神官や巫女達にも儀式補佐の知恵を伝授していく。

 こうしてアステリアの王族は代々結界の守護者となった……というのが、ゲームの設定だったはずだ。


 ゲーム中にヒロイン『アルナ』は王族への魔力を供給する聖女として登場する。

 長男の王子には婚約者がいる。

 次男王子はプレイボーイでその軽薄さにやきもきしつつ、周囲の貴族たちと青春的展開あり。

 上二人の王子を選ぶとライバルが居る展開になり、その邪魔をかいくぐらないといけなくなる。


 一方末っ子のキースを選ぶと、ヤンデレ王子キースに悩まされつつ護国の結界を維持することに集中できる……という展開だったはずだ。

 

 体験版でわかっているのはここまで……。


「アルナ。結論から言うわ。

 あなたは事故の後この世界にやってきた。

 このアステリアを救うために。心のままにこの国を守って」

「それ、王子の誰かを選ぶってことでもあるでしょう?」

「そうね、それだけじゃなくて……」

「キースにします」

「はや!」

「だってエドワード王子には婚約者がいて、エドワードルートに進むとライバルとのバチバチ展開があるでしょ?

 ジェシー王子はプレイボーイ気質だから王宮に出入りするいろんな貴族の娘達と仲良くしてヤキモチ焼くことになって、ヒロインはヤキモキ。

 私、そういうのは面倒だから……。

 一ルートしか選べないなら余裕でキースです。ヒロインだけを愛してくれるし」

「そ、そう。もう決まっているならなによりよ」

「私ゲーム本編はまだ未クリアで。その選択肢で問題ないんですよね?」

「その答えはあなたがアカデミーで得た本に書いてあるわ。

 あの本に、この世界を平和に導くトゥルーエンドのヒントが示されているの。

 あの本はあなたが<<世界のひび割れ>>からこちらに来た時、一緒にやってきたものなのよ。

 もし何かに困ったらあの本を読んで。

 私があなたと話すことができるのは、あなたが意識を失った夢の世界でだけなんだけど……護国の結界の魔力が弱まっているわ……。

 魔物たちの勢力が強まって、王子達の結界術が跳ね返されつつある……。

 一番体が弱いキースには魔の息吹がたまりつつあるの。

 このままだと彼の命が危ないわ。兄王子達も、軽くだけど魔の息吹の影響を受けているわ」

「魔の息吹?

 呪いみたいなものだっけ」

「そうね。儀式の度に、魔物たちの力の悪い影響が彼等の体に溜まりつつある……アルナ。

 貴女のキスでキースを助けてあげて。

 あの子は体が弱いけど、結界術の能力は一番優れているのよ」

「キースを優先して助ける……。

 それが正解の選択肢でいいのよね?

 キースを選べば、アステリアを守れるのね?

 ねえ、私が何か選択ミスをしてバッドエンドになったりとかはないでしょ?

 このゲームのエンディングって……」

「落ち着いて、正解は……」

 

 ゆらり。

 白い世界が揺らいだ。


 「あなたが選択してい……の。迷ったらあの本を……世界の理はあの本……あの本が読めるのは、異世界の事を知るあなたと……」

 

 リーンの声が途切れる。

 白い世界に流れ込んできた黒と白のザラザラしたノイズが、リーンの姿を覆い隠していく。


 夢が終わる?

 目が覚めちゃう。

 待ってリーン。何を言おうとしてるの?

 私はこれから先、キースを選んでいいんだよ……ね?


(続く)

お読み頂きありがとうございます。

レビュー、ご感想、ブクマ、評価ありましたら下からお願いいたします。

更新頑張っていきます。


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