【第70話】 ドワーフの思いと死
「!?」
鳥の鳴き声?
鋭くも美しい声が響く。
「魔族の俺が、このような美しい場所に滞在できるとは」
「何しに来たの?」
「お前が呼んだのではないのか?」
「私が!?呼ぶと思う?」
「では誰が?」
ん?警戒している?
「知らないわよ、でも、私にお話があったのでしょう?」
「ああ、そうだ。しかし夢体のお前に話して、ゴブリン阿騎は覚えているのか?」
夢の世界に詳しい?
「さあ、どうかしら?でも私も亜紀よ?お話ってなにかしら?」
必要以上に情報は与えない。相手は魔族だ。
「あの鳥は、とても仲が良い」
鳥?ああ、鶴のこと?
「2羽で必ず子育てをする。鳥族は一年だけのつがいが多いのだが、あの鳥はよく同じ鳥でつがいになる。中には決して他の鳥と番いにならない者もいるのだ。事故や病で片方が死んでも、健気に待ち続ける者もいる」
え?鶴ってそんな鳥なの?
私、数学専門だったし、ああもっと他の勉強もすればよかった!
「ドワーフはもっと凄いぞ」
?
「ドワーフはつがいの一方が死んでしまうと、残った者も死んでしまう。子供が死んだドワーフは悲しみの余り、枯れるように親も死んでしまう」
「なっ!ほ、本当なの!?」
「嘘をいってどうする?両親が死んだドワーフの子供は、親を探し続け、消えるように死んでしまう。だからドワーフは、生き残った親や子供に、全力で愛情を注ぐ。魔族は、そんなドワーフを理解できない。魔族は無償の愛を笑う、意味が無いと」
「アトロニアも笑うの?」
「昔は笑っていた」
「今は?」
「笑えなくなった」
この魔族、何があった?
「王妃が魔力還元した。王も時期、還元するだろう」
「なっ!そんな!」
「心配か?」
「あたりまえでしょう!」
「ドワーフとはそんな妖精だ。始めは硬化した皮膚が割れる。更に悲しみが進むと、食べ物を食べなくなる。腕力、視力、聴力が衰え、枯れるように魔力還元する」
「どうにかならないの?」
「俺が聞いた話では、心が癒やされると、助かるらしい」
「心を?どうやって?人それぞれでしょう?」
「思わぬ言葉がパスワードになって、助かることもあるそうだ」
「家族や親友の言葉が届きやすいのかしら?」
「さあな、答えはない」
ドワーフの魔力還元は、止めようがない?
「お前の家族の話が聞きたい」
「え?聞いてどうするの?」
「同じ名前に興味がある」
同じ名前か、それはアトロニアか?それともルカトナのことか?
プログラムと言っても分からない?言葉を換えて話してみる?
「ローロンサとルカトナとアトロニアは、方向性を持った数字の集合体なの、分かる?」
「まったく分からん」
……さもありなん。
「ゴーレム?が一番近いかな?」
「ゴーレム?メイドンか?」
「そうね、似ているかな?ルカトナは特に弱い者いじめが嫌いで、時々世界に干渉していたし、ローロンサは人の世界に紛れ込んで遊ぶし、アトロニアは……」
ん?今、魔族の耳が動いた?
「アトロニアは?」
「クールで冷静だった」
おい、今ニヤついただろう!
魔族も笑うんだ。
そんな存在がなんで、こんな酷いことを。
ん?顔が、曇った?
思考を読まれた?
「ルカトナは弱い者いじめが嫌いなのか?」
「ええ、大嫌いだった。容赦なし!あなたこそ、弱い者いじめしていない?と思うくらい容赦なしだった。徹底していたな」
「そうか」
「あなたの知っているルカトナはどんな魔族なの」
同名の魔族について聞いてみた。
「知らん、知っているのは名前だけだ」
?
「知らないって……?」
知らない魔族を探している?
どういうことかしら?
アトロニアに問いたいが、答えてくれるかしら?
彼は私を見つめた。
そして沈黙した。
鶴が甲高い声を上げる。
「ゲートが開いた。ここに封印されると思ったのだが?」
「封印?魔族のあなたを?」
「気づいていないのか?ここでは、お前の方が俺より上位だぞ?」
「え?」
「戦えば、この空間は壊れるが、確実に私を倒すことができる」
ほ、本当かしら?
「本当だ、試してみるか?」
「今、思考を読んだでしょう?私が上位存在なら、読めないはずよ?」
「いや、読めるぞ、お前は私以上の力の塊だが、使い方が分かっていない。」
段ボール箱をイメージする。
「……見事だ、どこへ消えた?私にはお前が見えないし、存在も感知できない」
え!?
「ここは心地よい場所だが、恐ろしい場所でもあるな、また来る。亜紀、お前ならば王の魔力還元を止められるかもしれん」
そう言って魔族は目の前からふっ、と消え去った。
「何しに来たの?あの魔族?」
ここで違和感に気づく。
あれ?使い切ってしまった魔力が?
先の戦いで空っぽになっていた魔力が、満たされているのだ!
アトロニアの仕業か?
でも魔族が何で?
チャポン、と池の方から水音が響く。
甲羅干しが終わったのか、亀が器用に水中を進んでいくのが見えた。
亀に目が吸い寄せられる。
〈王を必ず助けよ、忘れるな〉
!
〈ここに住んで居るのは、ローローとネーネーだけではないぞよ〉
え?
がはっ!
どこだ、ここは?
ゲホゲホッ!
誰だ?女性か?人ではないな?
綺麗な瞳だが?
あ!
意識の焦点が合う。
玲門お姉さん!
その大きな目からボタボタと大粒の涙が落ちてくる。
「ゴブゥゥよ、よかった!戻った!意識が戻ったゴブ!」
か、亀さん、覚えているよ、ちゃんと。
「れ、玲門……さん……ゴブ、あり、ありがとうゴブ」
体中が痛い、動けない!王さま!
「ゴブ、お、おうおうさま、おうさま」
「ゴブ?おう?王さま?」
こくこく。
ドワーフの王さまが視界に入る。
硬化した皮膚の鎧に、罅が目立つ。
パキン!パキン!と割れていく皮膚。
サナさん?
「阿騎、王は悲しみに包まれている、俺達の言葉はもう届かない」
そんなことはない!
「ググ、お兄ちゃん、あ、あお、青3番、青3番呼んでゴブ!」
「ゴブ、わかった阿騎、王さまに会わせるんだね?」
こくこく。
さすが王さまのダチ、話が早い!
誰かが私の手を握る。
「ゴブ!阿騎くん、無理しないでゴブ!うち、心配で、心配で!」
あ、この子とは繋がりやすい!
(ありがとう、皆の結界で魔力の流出は少しで済んだよ!私はもう大丈夫だから、今度は皆で王さまを励まして!王さまを助けて!ゴーレムが悲しむ!)
一番に反応したのは男の子達だ。
(ゴーレム?)
(ああ、ゴーレムは王さまが大好きだからな)
(王さまだってゴーレムが好きよ)
(すんごい自慢して俺達に説明していたしな!)
(相思相愛だね)
私は握られた手を握り返した。
「ゴビッ!?」
(あああああ阿騎くんが私の手をぉっ)
(聞いて、ゴーレムは何故か、この島から出られない)
(出られない?)
(島から脱出する時、このままではゴーレムを連れて行けない)
(え?阿騎くん?置いていくの、ゴーレム?駄目だよ!こんなところに置いていけない!)
(作った王さまなら、その秘密が解けるかも知れない。それに故郷には王さまの友達、友人、知人が沢山いるはず!王さまは、王さまとして、やるべきことがまだまだ沢山ある!ここで死んではいけない!)
次回投稿は2022/09/14の予定です。
サブタイトルは ゴーレムの両親 です。