【第61話】 アトロニア
アトロニア!?
なんでその名前が?偶然か?
いや、今はこの魔力をどうにかしないと!
動くのが先だ!今の私達では、いやこれは……力の差がありすぎる!
逃げるが勝ちだ!こんなのまともに戦える相手ではない!
でも、逃げ切れるのか?
ポン。
ん?
上空で音が?
信号弾!色は……緑!奪取した!
う~どうやって逃げる?
考えろ!考えろ!
「逃がしませんよ?阿騎、魔界に来ませんか?同意すれば皆さん、殺さず返してあげます」
「ゴブッ!?」
「あなたは魔界が似合う。我と共に魔界へ、ネクロマンサー阿騎」
ネ、ネクロマンサーだと?なぜ知っている!
その時、ヒューと口笛のような音が聞こえ始めた。
「ほう、槍のゴブリン、その呼吸で私の金縛りを解けますかな?」
パン!
霊音が響くとヤベンさんが動き出す。
「たいしたものだ、普通のゴブリンなら、金縛りの時点で死んでいるのだが」
スッと槍を構えるヤベンさん。
「ゴブ、生憎普通ではなくてね、知っているだろう?槍のヤベン、参る」
パキッ。
小枝を踏む音?
コロさん!?
「ゴブ、魔族が相手か。阿騎、とんでもないヤツ引っ張り出したな?ヤベン、付き合うぜゴブゴブ!俺は風の戦士コロ、参るゴブ!」
無謀だよ!コロさん!ヤベンさん!殺されるっ!
「戦士達よ、お前らほどの腕ならば、この私がどれほど強いか、分かっているでしょうに」
「最強の種族だろゴブゴブ?仕業は最悪だが、その強さは我々の憧れだゴブ」
コロさんが一瞬光った!か、と思うと途轍もない暴風が起きた!
小石は巻き上がり、木々の枝は折れ、その砂煙は陽の光を遮る。
「は?」
一瞬、ポカンとする魔族アトロニア。
「ゴブ!ずらかるぞ!死ぬ気で走れ!ヤベン!あばよ!」
凄い追い風で、飛ばされるように走るコロさんと私を抱きしめるエルフさん。
え?コ、コロさんっ!ヤベンさんは!?
(ヤベンはもう魔力還元が始まっている!あいつが言い出したことだ!)
(そ、そんな!)
(走るぞ!)
(でも!)
(今、ヤベンは戦士として最高に嬉しいはずだ、死を前にして、魔族と戦えるのだぞ!)
(けど!)
(魔石を砦に届けることを、一番に考えろ!)
〈さてアキ、ワシらも時間を稼いであげよう〉
え?
〈お別れだよ、アキ。教えることは皆教えた。あとは思い出すだけだよ〉
〈じゃな、夢体のアキはワシらの伝承者じゃ。さらばである〉
ごっそりと抜け出す魔力!
なっ!なに!?
経験したことも無い虚脱感に襲われる私。
一気に下がる体温、これはマズイ、身体が震えて動けない!
〈阿騎、振り向くなよ、砦を目指せ!!〉
「どうした阿騎、震えているぞ?しっかり掴まっていろ!」
異変に気づき、更に私を強く抱くエルフさん。
魔族アトロニアはもう遙か後方である。
「……逃げた?逃げただとぉおおおお!!」
「ゴブ、失礼な魔族だな、ここに最強のゴブリンがいるではないかゴブゴブ」
「何ができる?還元が始まっているぞ?」
静かに構えるヤベンさん、辺りが振動し始める。
「ほう、ゴブリンとは思えんな」
ドンと一歩踏み出し割り、を放つ!
「なっ……これは!」
技は魔族を直撃し、その黒い霧が裂ける。
「見事だな、私の衣を裂くとは、誇っていいぞ」
カラン……乾いた音と共に槍が大地に落ちた。
それが合図のように起き上がる2つの死体。
動き出す魔族の行く手を塞ぎ、立ちはだかる。
「過去の亡霊が何用だ?邪魔だ!」
「まあ、ぞういばないで、づきあえよ、魔族?」
「づうぜん年ぶりの、げんぜだ、あばれざせてもらうよ」
「「我らが、積年の恨み、思い知るがよい」」
「恨み?おいおい、担当部署が違うんだけどなぁ、まあ挑むのなら、お相手しましょう」
後方で魔力がぶつかっている!
足止めは助かるけど、私の魔力がどんどん流れていく!
「戦っているのは誰デスか?ヤベンさんだけではありませんデスね?」
「ゴブ、阿騎!無事か?」
「お、お兄ちゃんこそゴブゴブ!」
いつの間にか併走するメイドンが尋ねる。
お兄ちゃんは……抱っこされている。
ま、私もだけど。
「魔石は?メイドン?」
「問題なしデス」
「そうゴブ!」
このまま砦まで!
急げ、一歩でも!砦に!
あ、今。
今、何かが消えた?
一つ、二つ。
魔力の流出が止まった?
と、いうことは……脳内住人、ローローとネーネーは……。
東の山が遠く見え隠れしてくる。
まだ遠いな。
倒れ込むように休息を取る、エルフさんとコロさん。
「ゴブ、メイ」
「はいデス、コロさま?」
「サイザンと、阿騎を連れて先に行けゴブ」
「そうだな、さすがにもう動けん。先に行け」
コロさん、エルフさんフラグ立てていませんか?
「それはできませんデス」
「ん?どうした、なぜだ?」
メイドン?ああ、イヤな予感がする!
「サイザンさま、皆様、約束してくださいデス」
「ゴブ?なにメイドン?」
「決して動いてはいけませんデス」
空を見上げるメイドン。
青空に見える黒い点。
黒い点は瞬時に目の前に現われる。
ぶわっ、と広がる魔の空間。
一歩踏み出すメイドン。
音も無く、揺らめく魔族アトロニア。
「無粋デス、しつこい男性は嫌われますデス」
魔族アトロニアは何も言わず、携えていた槍をメイドンに投げ渡す。
そして私を見る。
その目は苛立ち、見るモノを刺すような視線だ。
次回投稿は2022/08/30の予定です。
サブタイトルは 魔界への誘い です。