【第51話】 システムダウン
辺りから魔獣の気配が消える。
虫の音が聞こえ始めた。
(念話が通るね)
(あ、ホントだ通じるね)
(ああ、やったね!俺ら凄くね?)
(慢心は駄目だよ!)
(そうだよ、うちら阿騎くんの真似しているだけだし)
(なんだよ、阿騎くん、阿騎くんって、そんなに好きなのかよ!)
(……ポッ……大好き……)
(おい、俺ら8人みんな繋がってるんだぜ?8人とも阿騎くん大好きになっちまう!)
(えっ?いいわよ?阿騎くん格好良かったし!)
(あ、俺も問題ない。頼りになる弟?可愛い妹?自慢できるぜ!)
(な、なんだよお前ら!俺まで好きになってきたじゃないかっ!)
壊れた第一の門を潜り、辺りを警戒する。
「ゴブ、これは……」
ナイダイさんが眉を寄せる。
異臭が充満し、ラグナルの鱗や、ヘビ型魔獣の針が散乱している。
特にラグナルの鱗は凄かった。まるで鱗の絨毯である。
何匹襲ってきた?
(念話が繋がるぞ)
(門に誰かいる)
(ナイダイだ!)
(子供達は?)
(みんな無事か?)
飛び交う念話、これ、今の私にはカットしないと重いかも。
(阿騎!阿騎は!)
(あっ!お、おかあさん!)
(ああ、無事なのね……)
!
え?お母さん?
念話か切れた?
私は簡易担架の上で藻掻いた。
「ゴブ?ど、どうしたの!阿騎くん!」
家に運んでもらった、そこには。
そこは怪我人が溢れていた。
ゴブリン、ドワーフ、入り乱れていた。
血と汗の臭い、その中にお母さんがいた。
「ゴブ、帰ったか阿騎、子供達は全員無事のようだなゴブゴブ」
「ゴブ、お父さん?」
「俺の傷はたいしたことないゴブ、だがリュートは……ゴブ、あと一日だろう」
なっ、お、おかあさんが、私のお母さんがっ!
「阿騎くん、ごめんなさいゴブ。リュートさん守れなかったゴブ」
そう言ったのは玲門お姉さんだ。
振り向くとそこには血だらけのお姉さんが蹲っていた。
「ゴブ!れ、玲門お姉さん!」
動きが止まる私。
お姉さんの視線の先には美観お姉さんが……!
「す、す、すまん……が、がんば……彼奴ら、つ強くてよ」
私は美観お姉さんに歩み寄り、そっと手を握った。
私のせいだ、私が二人に頼んだから。どうしよう?ごめんなさいではすまない、どうしよう。
(玲門を頼んだぞ)
(え?)
「ゴブッ!?い、意識が!」
意識が消えた!?掴めない!どこ?美観お姉さん!
「おねちゃん……」
悲しく呟く玲門お姉さん。
どういうこと?これは?
え?おばばさま?
「システムダウンじゃ、明日の今頃、リュートと美観は魔力に還る」
「!」
そ、そんな!
足音が近づく。ピコピコ。
メイドンとお兄ちゃん?
自然とドアに目が向く。
ガタン。
「ゴブ、サナさん、建付け悪いゴブ」
「そんなことはありませんデス、サイザンさまのお家は、お城並のきょうどがありますデス」
「ゴブ?なんでお城並ゴブ?」
「もしもの時に備えて、頑丈に作れと王様が指示していましたデス。今は簡易避難所デス」
疲れ切ったお兄ちゃんと、無数の針が刺さったメイドンがそこにいた。
「ゴブ!お兄ちゃん!」
「ゴブ阿騎!無事だったんだゴブゴブ!凄く心配したんだからね!」
そう言ってお兄ちゃんはパタリと倒れた。
「ゴブ疲れた、ちょっと寝る……ゴブゴブ」
「ゴブ、メイドン」
「はい阿騎さま、質問デスか?」
「ゴブ、経過、状況報告できるかゴブゴブ?」
私は怒りと恐怖で震えだした。
「状況報告。ゴブリン、死者18名、重傷者9名、この9名は明日魔力還元。軽傷10名、ドワーフ死者31名、重傷者19名、軽傷者36名。ゴーレムは全て破壊され小型化」
全て破壊!?巨大ゴーレムの攻略に成功している!?
「夕刻、阿騎、エルフ、ナイダイ、子供8人救出に向う。同時刻黒い霧の襲撃。この霧の機能は、魔力感知及び念話の遮断、と思われる。またこの黒い霧は2種類あり完全に魔力感知、念話を遮断するモノと、遮る程度のモノがある」
「ゴブ、術者は何人だ」
「一人と5匹。一人は逃走、残り5匹は仕留めています。黒い霧と共に山裏海岸に人族の船5隻確認、内4隻接岸、魔獣3種類、80匹が上陸。内訳はラグナル40匹、対ゴーレム兵器ヘビ20匹、対ドワーフ兵器ナメクジ20匹。次時間をずらし正面門よりラグナル80匹、ヘビ40匹、攻撃開始」
「ゴブ、凄い数だ。それを全て撃破して今に至る?」
「はい」
メイドンはどこで、この正確な情報を得たのであろうか?
聞いてみるか。
「ゴブ、衛星軌道上からの情報は私でも閲覧できるゴブ?」
さて、なんと答える?
メイドンは無表情になり私を見つめた。
体内工場を持つメイドンを造った科学力、人工衛星くらいあるはず!
前の世界の知識だけど、どうだろう?
「情報の閲覧はできません、これらの情報は受信のみデス」
受信のみ?一方通行か。これは人工衛星を認めたのかな?微妙だな。
しかし、どこから誰が送信しているのだ?
ざわつく周囲、私達の会話が原因か?今はそれよりも。
「ゴブ、お父さん、お母さんは3年生ゴブ、まだ2年残っているゴブ!」
「我らゴブリンの運命だ、避けられぬゴブ」
「ゴブ、誰が決めたの?誰の判断?」
答えは誰も知らない。
運命?なぜ、お母さんが死ななければいけないのだ!美観お姉さんも!この世界は酷い!
「ゴブ、お父さん、言ってたよね?人族のパスワードで解除できるって?ゴブゴブ」
お父さんは沈黙する。
「ゴブ、メイドン!」
「はい、何でしょう阿騎さま」
「お母さんを助けたい、美観お姉さんを助けたい、パスワードについて知りたいゴブ」
「延命パスワード、5年の寿命は変更できませんが、怪我や、病気、過労、が原因で魔力還元するゴブリンは、パスワード入力で延命できます」
「メイ!」
エルフさんが叫ぶ。
「……」
メイドンはお母さんを一瞬見た。
「ゴブ、メイドン?何を隠している?」
「……パスワードを入力してもリュート様は回復しないかもしれません」
「ゴ……何故ゴブ?」
「疲労の蓄積が多すぎます」
体調はやっぱり悪かったんだ!
気づいてあげられなかった。大事なお母さんなのに!
「出産後の避難生活、心労、メイドンは忠告しました、おばばさまに記憶操作をしてもらい、負担になる記憶を消すようにと。でも聞き入れてもらえませんでした。思い出は消したくないと。メイドンは無力デス」
おばばさまは知っていたのだ。
「ゴブ、それでも!」
「研究所に向った者は大勢いる。病気や怪我を止めようとして。そして帰ってきた者は誰もいない!」
「ゴブ、メイドン一人で取りに行ける?」
「無理デス。メイドンには行動制限があり、一人では研究所に行けないのデス」
研究所、という名前が出た瞬間、暗く沈んだ気持ち、諦めの気持ち、嫌悪の感情が辺りに満ちた。
皆、誰かを助けようと研究所へ向ったのだろうな。
そして帰ってこない。
「ゴブ、二人ならいける?」
「行動制限が解除されます。二人以上ならメイドン、お供できますデス」
「ゴブ、研究所のどこに解除装置があるか、分かるゴブ?」
「技能開発研究所、第2区、総合制御室にありますデス」
「それはどんな形?持ち運びは簡単?」
「解除装置は魔石です。大きさは親指ほどで20個以上保管されていますデス」
「今もその数?」
「規定では、20個以上の保管が定められていますデス」
すっ、とお兄ちゃんが起き上がる。
「よく寝たゴブ。俺と行こう、メイドン!」
「危険デス、サイザンさま一人では、生還できませんデス」
即答か、判断基準は?
「ゴブ、いいよ、魔石はメイドンが持って帰れば。お母さんや玲門お姉さん、他の皆も助かるのでしょうゴブゴブ?」
「まてゴブ、待つのだ。ゴブゴブお前が死んでしまったら、母さんは悲しむぞゴブ。これは今まで、何度も繰り返してきたことだ、それにリュートは……」
「ゴブ?今まで何度も?」
あ、お兄ちゃん怒りだした!
私も怒りが込み上げてきた。
「ゴブ!とーちゃん。それでも行くよ。来いメイドン!」
「……はいデス。メイドンはサイザンさまと一緒に行きますデス」
「お、お兄ちゃんゴブゴブ」
無謀だ。
「阿騎、止めるなゴブ!」
走り出す若いゴブリン。
「何言っているの?止めないよ、私も行くゴブ、お父さん、必ず帰る!!それまでお母さんをお願いゴブゴブ!」
「阿騎!お前はまだ回復途中だ!無理をすれば魔力還元するぞ!そんな身体で何ができる?」
エルフさんが叫ぶ。
「ゴブ?エルフさん、私は後悔したくないゴブ。それが我儘でも。お父さんごめんなさいゴブ」
脚に力が入らない、それでも。
後悔はしたくない、後悔だらけの人生は一回で十分だ!
次回投稿は2022/08/13の予定です。
サブタイトルは 無謀な挑戦 です。