【第4話】 思い出の中の私
母は16歳で私を生み、死んだ。母の体は出産に耐えられなかった。
父は17歳。
母が死んだと聞くと、鉄パイプで私の入った保育器をたたき壊した。
医者と看護師に止められ、警察を呼ばれ、父は病院から逃走した。
駆けつけた警察を振り切りはしたが、父は交差点で事故。
愛車Z400FXと一緒に焼死した。
私は一命を取り留めたが、孤児になった。
父、母、彼らの両親、私にとって祖父母達は、私を引き取るのを拒んだ。
行き場の無い私。
私は施設で育った。
私は、父の暴力で右肩が不自由になり原因は不明だが目が悪く、頭髪が生えてこなかった。
そしてこの容姿は恰好の、いじめの対象になった。
小学生低学年時、腕の上がらない私は縄跳び、鉄棒ができず、腕を振って走れなかった。
私には出来ないことが多すぎた。
私を取り巻く世界は、悪意の世界。いつもこの容姿に涙した。ウィッグは高価だし、とても購入できるものではなかった。
3歳頃から帽子をかぶり続け、それは小学生に進学してからも続いた。
授業中も私は帽子を外さなかった。しかし、その大事な帽子は心無い男子や女子によく取られ、笑われたものだ。そう、先生すら笑った。
だがそんな私に応援してくれる人物が現れた。
三人もだ。
一人は施設に来た新しい清掃員さん。彼女は働き者で物知りだった。年齢は……超高齢とだけ記しておこう。当時、私にとって彼女は不思議な存在だった。
いつもニコニコしていて、言葉を荒げることの無い人。
しわしわの小さい顔、小さい身体、でも姿勢はとてもいい。よく通る綺麗な落ち着いた声。
施設の皆はすぐに彼女が大好きになった。
彼女はまず、施設の皆と私の関係を正した。彼女は施設や学校で孤立する私を見て、彼女なりに手を尽くしてくれたのだ。なぜ?の一言に尽きる。
まず、医療用ウィッグを買ってくれた。
「それほど高価ではないのよ」
「……ありがとう」びっくりした私は、なかなかお礼の言葉がでなかった。
「ありがとう、いい言葉ね。でもプレゼントはこれだけではないのよ」
「?」
「あなた右腕が不自由でしょう?これをあげるわ」
「く、くさい!」
「あら、最高の保存食よ?これ自体は食べないけど」
「なにこれ?」私は鼻を摘まみながら、変な声で質問した。
「ぬか床よ」彼女は自慢げに説明をする。
「寝る前に必ず混ぜなさい。指や腕を使って毎日、一日も欠かしてはいけません」
「え~めんどい」
「そして混ぜ終わったら、ストレッチをして寝なさい。約束ですよ」
「……」
「ストレッチしてからぬか床でもいいですよ?」
そこじゃないです。私の沈黙のわけは。
「……本当に、おいしいの?」
彼女はニッコリ、と笑った。
「ええ、美味しいわよ。約束よ」
私は、その約束をずっと守っている。
彼女の存在で施設内でのいじめは減ったが、学校は相変わらず酷かった。内容については書きたくない。エスカレートして、学年の先生達まで加担するようになったからだ。
なぜか?それは学年やクラスに一人、対象者を作ると先生以下一致団結まとまるからだ。ひどい話だ。だけど、それでも私は一日も休まず学校に通い続けた。
学校にはパソコンがあったからだ。
学校から配布されたタブレットはすぐに壊れた。
半分に割られ、足跡が沢山付いたタブレット。
それを見た先生は、なぜ学校の備品を大事にしない!と私を叱った。
おいおい、誰が壊したか、知っているでしょう?センセイ?
私はタブレットに謝った。
私に配布されたばかりに、酷い目にあったね、ごめんね。
私は毎日パソコン室で宿題や時間割をプリントアウトして帰宅するようになった。
そしてパソコンで遊びだした。
ある日、パソコンのキーを叩いた時、大好きな算数とパソコンが繋がった。
私の頭の中で、それは激変した。ランディブ!エンゲージ!
言葉で表すのが難しいのだが、数字がカラーで見える?物事や周りが色つきの数字に返還されて見える、読める。そんな感じだった。
私は学校のパソコンを使い猛勉強した。
小学校には数十台ものパソコンがあった。私はそのパソコンを繋いで更に大きなパソコン仕様に出来ないか考えた。
担任に相談したが笑われた。タブレットを壊すヤツが何を言う?下校時間だ早く帰れ!
今なら言い返せる、だったら何故、私にパソコン室を使わせる?
私はこの頃から笑う人間が嫌いになっていった。
が、その案をどこで聞いていたか、校長先生が興味を示した。
「放課後、一時間残らないかい?」
彼が二人目。黒縁の眼鏡につるつるの頭(私と同じだ)でかい口に笑っていない眼、樽みたいながっしりとした身体。蔭では、たぬたぬ校長と皆に呼ばれている先生だ。信楽焼の狸に似ている、そうだが……はたして、その正体は、マックスマッドなサイエンティストだった。
校長先生は私の計算能力に目を見張った。そしてコンピについて詳しく講義してくれた。
この校長先生が私の飛び級の推薦者である。
で、校長先生はとんでもないモノを隠し持っていた。
「これは私が学生時代から開発育成している『AI』だよ」
「……校長先生、なんで先生がAI開発?」
「秘密だ」
怪しすぎるだろう!
AIたちはパソコンのスピーカーを通して、アトロニア、ルカトナ、ローロンサと自ら名のった。
「彼らを創った目的は復讐だった。私を笑いものにし、いじめ続ける者達に対して、助けを叫んでも無視し続けた世界に対して。私は彼らを駆使し、電源から侵入するコンピウイルス『バウウド』、静電気を母体にするコンピウイルス『ゼーゼウゼ』を創り世界中にばらまいた。気づいたものは皆無。私の命令一つで世界中のコンピシステムは初期化、もしくはダウンする」
「本当ですか?」
「試してみるかい?」
校長先生はニッコリと笑い、そう言った。
「いえ、結構です」
この校長、思った以上に中二病だ、投稿して知らせなければ。
「ま、今ではこの3体に匹敵するプログラムが幾つか存在するがね」
「それよりも、あなたがいるこの学校で、酷いイジメが発生しているのですケド?もちろんご存知ですよね?」
「知っている。明日からそのいじめは無くなる」
「断言しましたが、本当ですか?」
「ああ、無くなる。ルカトナは、いじめが大嫌いなんだ。最初に君のことを報告したのはルカトナだ。彼は直ぐにでも動きたがっていたが、リアルに干渉するのは禁止していたからね」
半信半疑だったが、翌日いじめが消えた。
それどころか施設に主犯格の両親が謝罪に来た。先生達も他の学校に移動。うれしいと同時に、私は複雑な思いがした。
この問題は、私が解決しなければ(出来ないと思うけど)いけないのではなかろうか?ま、解決してしまったけど……本当に解決したのか?人任せでいいのか?
私は、新聞社と教育委員会と弁護士会に手紙を書いていた。もちろん匿名ではなく実名で、だ。
あの時、手紙を出していたらどうなっていただろうか?
次の日の放課後、校長先生に質問した。
「なにをしたのですか?いじめが無くなりました」
それどころか皆、私を気遣う。不気味だ。
「ルカトナがしたことだ、私は知らないよ」
「え~っ」
おそらく非合法的な手段であろう。
「ルカトナが言うにはいじめは無くならないそうだが、秋津川君はどう思う?」
「私も無くならないと思います」
「なぜ、そう思うのかい?」
「それは人間が病的で幼稚で邪悪だからです」
「とても小学生のセリフとは思えないな」
「ここに、ルカトナはいますか?」
「?いるが?」
「ルカトナ、ありがとう。」
私はパソコンに向かって深々と頭を下げた。
すると……。
「どういたしまして、本当はもっと早く動きたかったのだが。亜紀さん遅れてすみません」
聴きなれない電子音がパソコン室に響く。校長先生は何か思案している様子。
「?校長先生、私に何か尋ねたいことでも?」
その時の先生の顔は、とても印象的で今でも覚えている。
「君は、ホルダーではないのか?ホルダーと言う言葉、どこかで聞いたことはないかい?」
「なんですか、ホルダーって?」
「生まれ変わりの記憶を有し、その知識、能力を完全再現できる人物のことだよ」
「すみません、言葉が全然頭に入りません」
はっきり言って、校長先生が何を話しているのか全然分からなかった。
「素数、虚数、その他高等数学を簡単に解いてしまう。何故分かる?」
「何故でしょうか?ただ分かるんです。先生はホルダーなんですか?」
逆に質問してみた。
「プログラムはあっさりと理解出来た。勉強もしたし苦労もしたが、苦しいとは思わなかったね。周りからは、どこかでプログラムの勉強してた?とか、よく言われたよ」
私の算数と同じだ。
「私は、人類は基本ホルダーだと思っている。能力が覚醒するか、しないかの違いだと思う」
そんな不思議な校長先生も定年退職で、学校から去った。
そして交通事故で亡くなった。
横断歩道を渡っていた赤白帽子の小学1年生を庇っての事故だ。
校長先生は最後まで生徒を守った。
清掃員さんも病気で亡くなった。
1億人に一人とも言われている病気で、治療法の確立、薬など、なにも無い病気に罹患したのだ。
なぜ薬が無いのだ!私は、対応したアトロニアに怒りをぶつけた。
アトロニアは、お金にならないからです、とあっさり答えた。では彼女が有名人か、どこかの国のお偉いさん、権力者だったら?と聞いた。
アトロニアは黙秘した。答えたくないらしい。
私にとっては、かけがいのない人なのだが、人類にとって彼女は?
彼女の病気を知った時、私はアトロニアに、どこかの研究所か何かに侵入して薬を開発できないか相談した。
アトロニアは民間療法と最先端の医療を繋げ、清掃員さん専用の薬を完成させた。
が、完成はしたが間に合わなかった。あの時は悲しかったな。
不幸は続く、私は中学に飛び級してから大切な人を二人も亡くした。そして中学でもいじめが始まった。いじめの最中、3人目に出会う。