【第48話】 反撃
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魔獣は身体を動かし、ベッとエルフさんをその口から吐き出した。
大地にたたきつけられ、長い四肢が不規則に舞う。
ゴボゴボッと口から黒い血が溢れ出し、投げ出された肢体が痙攣する。
「ゴブ!エルフさん!しっかり!」
その目はどんよりと濁り、何も見ていないようだ。
呼吸は止まり、血液だけが無意味に溢れ出ている。
霊視してみるが、何の反応もない。
子供達が騒ぎ出すが、直ぐに静まる。
皆の顔付きが変わる。戦士のスイッチが入ったみたいだ。
その目は鋭くなり、エルフの命を奪った魔獣を捕らえる。
(抑えて!怒りの感情を抑えろ!攻撃はまだ待て!)
祈るような気持ちで念話をしてみる。繋がるか?
(阿騎くんの声!念話が!)
繋がった!
(必ず助ける、今はじっとしていろ!)
「このエルフ、マズイ。美味くない。なにこの味?ドブみたいな味だ」
「そのエルフは試験体だ、薬漬けの不良品なんざぁ、美味いわけねぇだろう?ゴミだぞ、そいつ」
「知っていたなら教えろや!」
「エルフは長寿だ。その長生きに人狼の能力、再生を加えたのがそいつだ」
え?人狼?
「失敗だってな?笑える。肉体の再生はおせーし、傷跡が残るってよ、なんだそりゃ苦しいだけだろゲラゲラ」
「……ご、ゴミは……お前達だ……腐臭…の、か、塊か?」
え?
あ、傷口が……!
「ゲ?!心臓を牙で貫いたのに?お前、ゾンビか?」
傷口が、ゆっくりと再生して……塞がり始めた!
「人の話聞けや!人狼と言ったろーがぁ、あん?こいつも一応俺達と同じ合成生物だ。俺達は完成品、こいつは不良品だがな。ん?捕獲部隊がきたか?俺の耳に穴を開けたヤツ以外は全て消えて貰う。ガキどもいい歌だったぜ、お礼に即死コースにしてやる。順番に並べや」
(合図したら皆こいつに背中を向けて全力で逃げろ、いいな?)
(背中を?)
(そうだ背中を必ず向けろ、眩しくて目がやられるからな)
(分かった)
「エルフはどうするよ?こいつ死ぬのか?」
「喰って消化すれば死ぬだろ?お前、喰え」
「不良品のドブ女、喰えってか?」
「お、お前達、魂が、不良品だ、だな……く、腐っているぞ、ひ、ひどい、に、臭いだ。死んで、出直せ!」
(今だ!)
飛ぶように動き出す子供達。
2匹の魔獣は身体を動かし針を飛ばそうとする。
針を飛ばす動作を私に見せたのが、いけなかったな。手の内は最後まで明かさない、敵に見せてはいけないのだ。
針を飛ばす前に私の魔法が発動する。
巨大な光の柱に、目の前の2匹が包まれ、辺りは光の渦で何も見えなくなった。
特大の雷、雷の集合攻撃だ。お前ら、耐えられるか?
勿論、私達も吹飛ぶ。
私は子供達に伝える。
とにかく逃げろ!
これだけだ。
無駄な動き一つも無しにエルフさんを皆で担ぎ、ナイダイさんの元へ向う子供達。
私は、裏山のため池ほどある魔力を使い、子供達を繋いだ。
そう、集団魔法の魔力連結を強制的に行ったのだ。
子供全部で8人、これが一人として活動する。
倒れたエルフさんを見たとき、その場にいた皆が虚を突かれた。そして溢れ出す怒り。一点に集中した意識を瞬時に繋いだ。もともと魔法で印を付けていたから繋げやすかった。
ま、全て脳内指示だけどね。
負傷した一人の子供は、兵器としての体内の指示で痛みをカットしている。実は十分に動けるのだ。やられたフリをしておけ、と指示を予めだしておいた。
あとはタイミングだけだった。
一匹は魔力還元した。
残りのデカい方は耐えた。
あの雷に耐えるか、凄いな。
(ナイダイさん動けるよね?子供達とエルフさんをお願い)
(阿騎、お前はどうするのだ?)
(残りの一匹と捕獲部隊を潰す)
(無理するな!)
(奴らは私の友人を傷つけた、殺害しようとした。許せん。ここで奴らを逃がしたら、更に強力な奴を送り込んでくるかも。それに色々な情報を持ち帰ってしまう。与える情報は少ない方がいい、だから今ここで勝負する)
(徹底しているな、生きて帰ってこその勝利だぞ?砦もどうなっているか)
(砦も心配だけど、こいつらこのままではいけない。本気で暴れる、巻き込まれないように遠くへ行って)
(俺の槍はそのまま使え)
(え?ナイダイさん!武器は?)
(お前が生きて帰らなければ意味が無い、それに青3番もいる)
(でも!)
目の前の魔獣が動き出し、念話はそこで切れた。
焼け爛れた身体が、倍速の動画を見るように再生されていく。
「ここまで、つえぇとは聞いていなかったぞ、見た目はゴブリンだが、オーク以上だなぁ。チッ人狼の再生能力か追いつかねぇじゃねぇか」
私の評価などどうでもいい、兵器としての私が前面に出た。氷のような、音のしない世界のような、機械のような、静かで冷静な私だ。
こいつが、なぜ歌に興味を持ったか最初は知りたかったが、今はなんとも思わない。さっさとかたづけて、後続の部隊の殲滅に移らねば。
針が蠢きだし、一斉に放たれた。
しかし筋肉の動きで方向が分かる。一本も私に当たらない。ゴブリンと思って余裕を見せ、私達の力を見誤った。そして黒い霧の退散が敗因だ。
ブーステッドフェアリーは日々進化している。
特に私達ゴブリンは5年の寿命、日々の大切さを知っている者だ。
敵は、倒せる時に確実に倒さないと、次に倒れるのは自分になる。
我々は日々を必死に生きている存在だ。
魔獣の虚ろな目が私を追う。
私の回避を見据え、その長い角からバチッと雷撃が放たれる。
長い角を見たときから魔法を使うのでは?と考えていたので、余裕で躱した。
電気は流れやすい方に流れる。避雷針があると、雷は避雷針に落ちる。雷撃は私の周囲の伝導体に、魔力の避雷針に捕まり、全て大地に流れた。
魔法って便利だよね。
次々に放たれる電撃、しかし私まで届かない。
「なぜ当たらん!」
私の周囲には螺旋状に塩分を含んだ水が漂っている。
周囲から水分と塩分を集め、いつでも展開できるように用意しておいた。
ドワーフの鉄召喚の応用だ。
はい、これも脳内指示。私の脳内には、凄い戦士が住んでいるみたい。
さて、こいつの技は一通り見た。次が来ても砦の皆に知らせて、対応すれば怖くない。
私は風の魔法と水の魔法を使い、辺りの温度を一気に氷点下にまで下げる。
「なっ、ききさまぁ」
は虫類がベースのようだから低温に弱いのでは?と思ったのだ。
これは私の考え。脳内指示ではありませんよ。
気温は更に下がる。
「ゴブゴブ、あんた、喋りすぎだゴブ。勝機を逃したねゴブゴブ」
更に気温は下がっていく。
魔獣の動きに鋭さは無く、段々と弱り始める。
草木が凍り始め、ほんの少しの振動で割れた。
周囲の気温を下げながらナイダイさんの槍を摑み、そして。
氷像になった魔獣は、槍の一撃で砕けた。
魔力還元する魔獣。
微かな残留思念が辺りに漂う
いい、歌だったな。
どこの国の歌だ?
俺はどこで道を間違えた?
魔獣は魔力還元し、針と魔石が残った。
何がいけなかった?
巡り合わせか?
世界か?
運か?
知りたいことは沢山あったが、兵器としてのクールな私がそれを許さなかった。
敵に思いを馳せるのは勝ってからだ!
さあ、次だ。
次回投稿は2022/08/07の予定です。
サブタイトルは 捕獲部隊 です。