【第44話】 記憶の中の懐かしい場所
帰りたい。
この不条理な世界から。
私達の住んでいた場所へ。
でも、どうやって帰る?
ここ島だよ?
船が必要だよ?
方向は?
食料は?
海の知識は?
問題山積みでは?
無謀か?
それでも。
「この島にいても、我々に未来は無い」
「人族の生物兵器は脅威だ。ドワーフ王によると、ラグナルは最低ランクの魔獣らしい、上位魔獣は我々の勝てる相手ではない」
あ、あれで最低ランク?
「ゴブゴブ、戦闘に関係ないから、お前は忘れているかもしれないが、お前には我々の知らない故郷の記憶があるだろうゴブ?」
「!」
そうだ、私には故郷の記憶が……。
意識を向けた瞬間、記憶の中の風景が弾け、溢れ出す。
わ、せ、制御ができない!
記憶が流れる!膨れ上がる!
魔力が拡大し、周囲の人達を呑み込む。
「なっ」
「ゴブ!?これは?」
そこには思い出があった。
いや表現が難しい、経験したことのない思い出?違う、知らない思い出?望郷?とてもいい場所、約束の場所?なんて言えばいいのだろう?
〈帰る場所だ、帰らなければいけない。Mustだ。Hopeではない〉
現実、がそこにあった。
周囲全てが草木の香り。
イキイキとした獣や鳥、淀みが無い?歪みが無い?自然体?
そのままの世界?
生きた世界だ!死んだ世界ではない、広がる世界だ。
「懐かしかったな、風の匂いまで再現できるのか、お前は」
エルフさんの目、潤んでいる?
(あの気高い妖精王は我々を見捨てたのであろうか)
!
エルフさん?妖精王?
「こ、これが故郷の記憶かゴブゴブ?そこにいたぞ、俺がゴブ!」
「ゴブこれが、ホルダーの力か?圧倒的ではないかゴブゴブ」
「ゴブ、ホルダー?」
「一部の者が呼び始めた、それにこれだけの力」
「……」お母さんにまた心配を……でも。
「この時期にお前が現われた。偶然とは思えん」
私の存在は必然か?校長先生はよく言っていたな、偶然はないよ、と。
「研究所から逃げ出した妖精達は、全てここに避難した。私はここに集められたのでは、と考えたのだ。一カ所に集めて殲滅する。人族の計画なのではないかと。そしてその計画の途中で、魔獣を倒す者が現われた、偶然か?お前はもう妖精達の英雄なのだよ」
そう、人族が追い詰めたのだ。
何のために?殲滅?殲滅はしないはず、殲滅すれば実験の継続ができない。
この島全体が実験場だ。研究所から逃げ出すのも計画されたことでは?
「魔獣を倒す英雄ゴブ?ヤベンさんもナイダイさんも倒せるゴブ。そこにいるコロさんだって、あの技は使いこなせるゴブ」
それどころか大半の戦闘系伝承者のゴブリンは使える、と脳内判定が出ている。
「……」ニヤリ、と笑い右手の人差し指をピクッと動かすコロさん。
え、使えるの?習得したの?さ、流石だコロさん。
「阿騎、このままではいけない、と思わないのか?」
「そ、それは……ゴブゴブ」
このままではいけない、それは思う。でもこの島から脱出?どうやって?
この砦の海岸から陸地が見える。
かなり遠方だが、この島を囲むように陸地が見えるのだ。あの陸地を見る度に脳内にイヤなアラームが鳴る。あの陸地は?地図が欲しい。作ってみるか?
私の気持ちはエルフさんの、帰りたい、と言う言葉を聞いた時から決まっていた。
「協力してくれ」
ここにいても未来は無い。あの子供達だって……でも今の私には家族がいる。
「ゴブ、私の家族が望むならば、ゴブリンやドワーフ、みんなが望むのなら協力するゴブ」
「!」
「ゴブ、それは……」
みんなの顔が曇る。
「ゴブ、私から話そうゴブ」
村長さん?
「ドワーフの王妃のことだゴブゴブ」
「ゴブ王妃?ゴブリンと共存反対派の中心人物ゴブ?」
もしかして、王妃は島から出るのも反対している?もしそうだとしたら、なぜ?
「王妃は島から出るのは、反対なのだゴブ」
「ゴブ……なぜ?」
「ゴブゴブ俺達は人族に捕まり、実験、改造された妖精だゴブ。最近はブーステッフェアリーと言うらしいゴブ。そのブーステッドフェアリーがこの島から出ると、外の世界にどんな影響があるか分からない、と言うのだゴブゴブ」
人族に汚染された妖精、その汚染が世界中に広がる、ということか?
「だから、外の世界の妖精のため、我々はここで暮らし、ここで死んでいくべきだと。これが王妃の考えだ」
「ゴブでもエルフさん、ここは人族の実験場だよ?ここにいれば、人族はデーターを取り続け、彼らに協力することになるのではゴブ?」
「ゴブゴブ、王妃の言うことも分かるゴブ。我々はここで死ぬべきなのかもしれんゴブ。だが、それでも故郷に帰りたいのだゴブゴブ」
「ゴブ、村長さん……こ、故郷に帰っても、嫌われるかもしれないよゴブ。もしかしたら人族に改造された私達は、迫害されるかもゴブ」
迫害?私達は異質なゴブリンだ、迫害どころか、消されるかもしれん。いなかったことにされるかも。
「阿騎、それでもだ、それでも……」
「ゴブゥ、エルフさん?」
「こいつらゴブリンはなぜ、こんな酷い目に合わなければならん?ドワーフ達は身体強化を極限までされたり、金属を召喚するためだけの存在にされたり、あいつらは実験で、今の世代で終わるように設定されている。子供ができないのだ。見ろ、王を、サイザンを我が子のように可愛がっている!私は悔しくて、悔しくて……」
それだけではないだろう、失われた記憶に何か惹かれているのかもしれない。
そして腹が立ってくる私。
本国の妖精達は何をしているのだ?
ここに苦しんでいる仲間がいるのに!
会って一言文句を言ってやりたくなった。
その妖精王とやらに!
「ゴブッ?エルフ」コロさんの警戒度が増す。
「誰だ?」エルフさんの格好いい耳がピクッと動く。
足音?この足音は妖精の走りだ。
森の中でしか使わない、妖精の走りを砦の中で?かなり焦っている?
誰だろう?この足音は?お兄ちゃん?
お兄ちゃんに意識を向けた瞬間、意識が繋がる。
(どこ、どこだ!阿騎!)
(どうしたの?わたしはここよ)
(そこか!やっと繋がった!)
「ゴブッ!阿騎!」
「お、おにいちゃんゴブゴブ?」目の前にお兄ちゃんが現われる。本当にどうしたの?
「ゴブ、こ、子供達を見なかったか?俺の友達、いないんだよ!どこにもゴブゴブ!」
「ゴブ!何だと!」
村長さんに殺気が漲る。
「ちっナイダイのヤツ、何してたんだゴブゴブ!村長、王妃の仕業か?」
王妃?なぜここでその名前が出る?
ふと、コロさんと目が合う。
(王妃は少しでも我らゴブリンを減らそうと、常に仕掛けてくる)
(なっ!で、ではどうしてそんな危険な砦に入ったの!?)
(砦の外は最悪、砦の中は次悪)
(同じ悪でも、少ない悪を選んだと?)
(そんなところだ)
「村に帰るぞ、サイザン詳しく話せ」
次回投稿は2022/08/03の予定です。
サブタイトルは 迫り来る脅威 です。