【第40話】 私は謹慎中
翌日、ブーメランが話題になった。
エルフさんとコロさんが、ブーメランを皆の前で披露したからだ。
そして我が家に来たサナさんは一言。
「おい、阿騎。これ広めていいのか?大量に作っていいのか?改良してもいいのか?」
「ゴブ、どうぞご自由にゴブゴブ」
サナさんは上機嫌!ゴキゲンで帰って行った。
だけど私は謹慎中。
外出禁止一週間。
一週間の謹慎が長いのか短いのか分からないが、外に出られないのは悲しい。
でも何故私だけ?
私は思いっきり飛び跳ねたいのだ!
前世では、走ることが困難だった。
縄跳びも、跳び箱も、水泳も、何一つできなかった。クラスの皆はそんな私を笑った。先生も笑った。
私は笑いの中に住んでいたのだ。
笑わないのは私だけ。笑えるではないか!
ああ、外に出たい!走りたい!
このゴブリンの身体で思いっきりジャンプしたい!
しかし謹慎中。
これ以上、また何かやらかしたら、お母さんが泣く。それだけは避けたい。
自宅二階に引きこもる私。
晴天の恩恵が窓から差し込む。
窓には半透明の石、ララ石という石が填め込んである。
その屋根裏の小さな窓を開ける。
風が気持ちいいが、やはりこの風には異臭がある。
この島は、実験島だろう。
それも大規模実験。ああ、脳内アラームがまた点滅する。
私は窓から抜け出し、屋根に陣取る。敷地内だからセーフだよね?
屋根は思ったほど熱くなかった。(昼間の屋根はとても熱いのだ)
村を見渡す。
ゴブリンの子供達が走り回って遊んでいる。多分、私と同い年か年上だろう。こうして見ると、私は子供らしくないな、まあ当然だけど。
前世の記憶があるし。
それでも上手くゴブリン達と馴染めているのは、生体兵器として個体差がある、と認識されているからだろう。
あの子達も、そのうちに、兵器として目覚めるのだろうか?
潮風が吹いた。
潮風には異臭が紛れていない。海からの風は気持ちいい。
私は気持ちのいい風を、思いっきり吸い込んだ。
ん?
まどかの好きだったボカロ。
ピンッと閃いたのだ。
今の私なら、源キーで歌えるのではないか、と。
肺活量など無きに等しかった私。今はどうだろう?
魔法も使えるしね。
歌に魔力を乗せて、せーの!
突き抜ける、
飛び抜ける、
走り抜ける、
透き通った声!
お、音階無視!?
こ、声が、凄い!
これ、私の声!?
うわっ、最高!
何曲歌ったかな?気持ちが少し晴れた。
気持ちは晴れないといけない、この時痛感した。
ああ、生前、カラオケに行ったけど、聞く方専門だったからな(まどかの声は心地よいのだ!)一緒に大声で歌えばよかったなぁ。時々は歌ったけど。
もっともっと、まどかと歌えばよかった!
ん?
「ゴブゴブだれ?あのこ?」
「今のなに?凄く綺麗だった!」
「可愛いし、優しい声!女の子だよね?ゴブゴブ」
「ゴブ?え~っ男の子だよ!あの子、阿騎くんだよ!」
「ゴブ?違うよ!絶対女の子!うち、霊視できるから間違いないゴブ!」
「そうね、男の子は、あんなに高い声でないもんゴブゴブ」
「ゴブ!違う、違う!阿騎くんだよ!俺、門を開けるとき見ていたゴブ!ヤベンさんの横にいたよ?お前ら寝ていただろう?ゴブゴブ」
「ゴブ、屋根の上、あぶないよぉ!虫が飛んでくるよ!」
「俺の話、聞けよゴブッ!」
「ゴブゴブ?ここ、サイザン君のお家でしょ?だったら阿騎くん、男の子だよ!」
「え~っゴブゴブ、みんなも魔力使って見てみなよ!女の子だって!」
「ゴブゴブ、サイザン君、いつも自慢しているじゃん、弟が、阿騎がって、いつもいつも、だからあの子は阿騎君よ、男の子!」
「ゴブゴブ、ねえねえ、さっきのも一回やってゴブ!」
「だから俺の話を聞けよゴブッ!」
「ゴブ?」
さっきの?
「ほら、魔力に声を乗せるヤツごぶ!」
「歌?ゴブ?」
「そうそう、それゴブ!もう一回『うた』して!」
うた、して?
もしかして、ゴブリンワールド、歌が無い?
いや、音楽らしきモノはある。太鼓みたいな打楽器がメインだが。リズムはあった。
でも、そういえば、歌を聴いたことはないぞ?
ハミングはあった。お母さんが、私を寝かしつける時、口ずさんでいた。
今度、お母さんかおばばさま、エルフさんでもいいや、聞いてみよう、歌の存在。
よし、ちっちゃい子からのリクエストだ、これは歌わなければ。
「ゴブ、じゃ歌うねゴブゴブ」
アニメの歌を歌った。元気のいいヤツ。
すると、ちびちゃん達はニコニコで踊り出した。
「何をしているっ!!」
「ゴブッ!」
「ゴビッ!」
「ゴブ!あ、ヤベンさんだっ!みんな逃げろっ!槍の稽古させられるぞ!ゴブゴブ」
あっ、という間に誰もいなくなった。
逃げ足の速いこと速いこと、最早瞬間移動レベルである。
勿論、私も部屋の中にさっ、と入った。
ヤベンさん、嫌われてる?
「何事デスか」
「ゴブッ!び、びっくりしたぁ!メイドンこそ何しているの?」
「声がしたので、見にきましたデス、異常ありませんか?」
「ゴブ、異常無しだよ、ゴブゴブ」
「もうすぐお昼ご飯デス、テーブルに集合してくださいデス」
「ゴブ、了解」
私は直ぐに一階に下り、お母さんとメイドンのお手伝いをする。
お母さんと一緒に料理!なんて美味しいシチュエーション!
食器を運んでいると、メイドンの横顔が目に映った。
確かに可愛い。でもメイドンって兵器だよね。
私の変な視線を感じたのか、するり、と私の横に並び立つメイドン。
手には花瓶と、見知らぬ、かすみ草みたいな花を持っている。
わ、わ、な、なに?なに?
メイドンはちょこんと座り込み、私の耳に囁きかける。
「先日、私のパーティー会場で、地面に数式を描かれていましたデス」
「ゴブッ!?」
き、気づかれた!
「あれは、三角形の一辺を求める式のようでしたが?違いますかデス?」
「!」
崩れ去ったメイドンの塔。
片付けはドワーフの土属性魔法で直ぐに終わった。氷が解けるように、瓦礫は大地に吸い込まれるように消えたのだ。
それを見ながら私は、あの塔、高さどのくらいだったのだろう?と思い、挑戦してみた。まあ1mの長さが曖昧だから正確な高さではないのだが、暇つぶしに計算してみたのだ。
しかし、あの数式をみて三角形の一辺とは……メイドンは三平方の定理を、知っている?
試してみようかな?
食後、私はメイドンを2階に引っ張った。
ここなら目立たないだろう。
「ゴブゴブ、メイドン」
「はい、阿騎さま。なに用デスか?」
「メイドン、右腕を横に広げてゴブ。水平に」
「はいデス。こうデスか?」
「そう、ゴブ。そこでねメイドン、メイドンの広げた右の指先から、左の肩までの長さを、ほぼ1とするゴブ」
「はいデス」
「それを基準にメイドン塔の高さを求めよ。誤差は±1以内ゴブ。塔のデーターは記憶しているでしょう?ちゃんと計算して答えるのよ?いい?」
「はいデス」
私は仰角やら三平方の定理を使い、塔の高さを算出している。高さは12.3mとなった。まあ基本の1メートルが怪しいから、正確では無いと思うが。
取敢えず、答えは12だ。
「阿騎さまの答えはいくつデスか?」もう答えが出た?速いな。
私はニヤリとして言った。
「ゴブゴブ、せーの、で答えを言おうよ、メイドン?」
「はいデス」
「ゴブ「せーの」デス」
「「12」」
「ゴブッ!」
「デスゥ!」
私はその答えに狂喜乱舞した。
何故?それはこのメイドン、電卓として使える!このロボット、なんらかの計算機が組み込まれている!間違いない!
一方、メイドンはビックリした表情を作っていた。よくできているなぁメイドン。
「……」あれ?無表情になった?
「ゴブ?メイドン?」
「次はメイドンのターンです」
「?」
「先程の長さ、2があります。これを半径にして円を描きます。この円の面積はいくつデス?」
「12.56ゴブ」
「直線があるゴブ、この外に点があるゴブ。この直線に平行な点を通る直線は、2本以上存在するゴブ。是?非?」
「直行する座標デスか?」
「座標ゴブ」
「非デス」
微積分も試してみるか?いやそれとも、9.8g(重力加速度9.8m/s)も試してみる?この世界のことが分かるかも?
「ゴブ!メイドン!染め物手伝ってゴブゴブ!」
一階からお母さんの声がする。
「阿騎さま、メイドンは染め物手伝いにため、リュートさまと川に行きますデス。お外に出てはいけませんデスよ?」
「分かったゴブ。いってらっしゃい、お母さん、メイドンゴブゴブ」
「……また阿騎さまと数で遊びたいデス、いいでしょうか?」
「ゴブ?いいよ。楽しみにしているよゴブゴブ」
遊び?いえいえ私は真剣ですよ。決して数字で遊んだりはしません。
さてお家に一人、何するベ?
ゲームは無いし、本も無い、電子機器、端末類は求めるだけ無駄か?皆無だしなぁ。
せめて鉛筆と紙があれば、この生活の記録とか、いろんな計算とかできるのだが。
ん?
騒がしい?
外から声がする?
「ゴブゴブせーの、あーきーちゃん!あーそーぼー」
な、なんだ?なんだ!?
次回投稿は2022/07/24の予定です。
サブタイトルは 謹慎解ける です。
阿騎は何を歌ったのだろう。
1.からっぽのまにまに
2.あしゅらしゅら
3.アリスイン冷蔵庫
あ、これきりがない!次々に出てくる。