【第36話】 おばばさま
おばばさまからの呼び出しである。お話の内容は多分、私の魂魄やホルダーについてであろう。もしくはおばばさま自身のことか?
着いたお家はとても小さかった。
いいの?おばばさま。ゴブリンの相談役でしょう?長老でしょう?
もう少しくらい大きいお家の方がいいのでは?
「よく来た。話はエルフのことだ」
あれ?
「ゴブ?エルフさん?」
「ヤベン、ナイダイ、サイザン、席を外せ。阿騎とだけ話がしたい。丁度いい、サイザンに槍か剣の使い方を教えておけ」
「分かった、おばばさま」ヤベンさんがさっと、動く。
「さあ、行こうか、サイザン」
ナイダイさんはニヤリとして、お兄ちゃんを見る。
「ゴブ?槍の稽古?俺、機織りの伝承者なんだけど、ゴブゴブ」
!
え!?お兄ちゃん、機織り!?お母さんの後継者だったの!
てっきり前衛の戦士か、お父さんの薬師の伝承者かと……まさか後方支援タイプとは。
「ゴブ、サイザン、お前は後衛も前衛も熟せるマルチタイプだゴブ」
「俺達二人が、しっかりと教えてやるよゴブゴブ」
「え~っいいよ、遠慮するゴブ!」
と言いながらお兄ちゃんは、二人に連れて行かれてしまった。
「さて、静かになったな。阿騎、おぬしエルフのこと、どこまで知っている?」
「ゴブ?どこまで?」
先程の話、おばばさまは知っているのか?16歳までの記憶とか。これは話していいのか?私だけに話したことならば、ぺらぺら喋るのはよくないな、取敢えず黙っておこう。
「エルフはお主に親愛の情を示している。あの者は16歳までの記憶と、研究所を出てからの記憶しかない。そんなエルフが情を示すとは。これはワシからのお願いだ。エルフを裏切るようなことはしてくれるな」
「ゴブ、裏切るなんて……私、エルフさん好きだよゴブ、色々と助けてくれたり、教えてくれたり、裏切るなんて予定にないよゴブゴブ。エルフさん、誰かに裏切られたりしたのゴブ?」
「研究所で酷い扱いを受けている。毎日ワシはエルフの悲鳴、慟哭を聞いた。あいつは世界から見捨てられたエルフだ。ワシらもそうだがな。不老長寿で美しいエルフ、どのような扱いを受けたかお前なら分かるだろう、ホルダー阿騎」
……前世で、両親の身代わりになり、酷い暴行を受けたことが何度かある。
あれ以上の暴力か……それとおそらく、おばばさまの口調からすると、長寿や不老についての生体実験か……この世界の人族は人か!良心はあるのか?克己は?
私は暫く沈黙し、別のことを口にした。エルフさんの傷つく話は余り聞きたくない。悲しくなるだけだ。
どんなにお話を聞いても、エルフさんの過去は変わらない、悲しい過去は悲しいままだ。
「ゴブ、なぜ私をホルダーとゴブゴブ?」
「ワシは感応力を最大限に高められたゴブリンじゃ。この、能力を使うと、記憶の植え付けや、消去が容易にできる。そう、今お前が考えた『記憶操作』が得意なゴブリンに改良されたのさ。妖精や人の感情、記憶を読み取るエキスパート、それがワシじゃ。だから一歳にも満たないお主に暗く重い話ができる、対応できると知っているからじゃ」
「ゴブ、それで私の記憶や感情を読み取ったとゴブゴブ?」
「読み取ったのは一部だけだ。全て読み取るような無粋なことはせぬ。この能力は魂を削るのでな」
「ゴブ、魂を削る?傷つくと?」
「他者の感情は良くも悪くも心を傷つける、いいことばかりではないのだ。感情は言葉と態度で伝えるのが一番良い、のぞき込むものではない」
「ゴブ、なんとなく分かるゴブ」
「そしてこの能力を機械的に再構築したのが人族だ。あの洗脳ポットは恐ろしい機械じゃ、全て壊したつもりだが、またどこかで作っておろうな、人族が」
「ゴブ、一体何のためにそんな酷いことばかりゴブゴブ」
「己の生活向上のため、金のため、世界征服のため」
「ゴブ!世界征服とは、また面倒いことをゴブゴブ」
「世界を喰い尽くすため、と言い換えようか。あいつらは自分のことしか考えぬ生き物じゃ」
「本当にそう思っています?じゃメイドンは?彼女を作り、我々を解放したのも人族でしょう?」
「そうじゃな、人族に対する我々の思いは複雑じゃ」
「ゴブ、私に対する思いはどうですかゴブゴブ?」
勇気をだして聞いてみた。
おそらくおばばさまは、私が元人族だと知っている、はず。
「お前はゴブリンじゃろ、多少嫉妬深いかもしれぬが、前も言ったとおり思いのままに生きるがよい、悪ささえしなければ、誰も咎めぬ。ただホルダーとして我々に協力してほしいと思う」
……え?私って嫉妬深いの?
ん?今脳内アラーム、笑った?
協力は惜しみませんよ、お父さんお母さんは大好きだし、お、お兄ちゃんも……だし。
玲門お姉さんや美観お姉さんも……だし。エルフさんだって。
「ゴブ協力は惜しみません。一つ質問いいですかゴブゴブ」
「よいぞ、幾つでも」
「エルフさんは、その理不尽な暴力を忘れているのですよねゴブゴブ?思い出すことはないのですかゴブ?」
「メイが洗脳ポットからエルフ解放するとき、記憶を消し去った。そうしないと生きてはいけないと判断したのだろう。まず、思い出すことはあるまい。記憶の操作や人体改造は人族の得意分野だし、その技術力は極めて高い。もし、思い出すことがあれば……エルフは自ら命を絶つであろうな」
「!」
「お前と出会ってエルフは変わった」
「えっ?」
「お前は気がつかないかもしれぬが、笑うようになった。特にお前やサイザンといるときは楽しそうに笑うのだ。もし、記憶が戻っても、お前やサイザンとの思い出があれば踏みとどまるかもしれん。だからワシからのお願いだ、あいつを裏切らないでおくれ」
「ゴブ、分かりましたゴブ。でもおばばさま、何故そこまでするのですゴブゴブ?」
「はははっ、それこそワシにも、あいつとの楽しかった思い出があるからじゃ。ま、戦力的にも失いたくないからな。それに……」
「ゴブ?それに?」
「ワシの、長寿の原因はエルフなのじゃ」
「!」
「エルフの長寿の秘密、これを人族が解明しようと、ワシを実験台にしたんじゃよ。わしの生体情報にはエルフの一部が書き込まれている。種族は違うが、ワシとエルフは姉妹みたいなもんじゃ」
生体情報?遺伝子のことかしら?
この世界の科学力って?
どうしよう?
もう一つ相談してみようか?
悩むところだが……。
私は毎日、修行をしている。
魔法について勉強をしている。
余りの辛さに、この勉強サボりたいなぁとか考えるが、絶対にサボれないのだ。逃げ出すことも不可。
とんでもない世界で勉強している。
鬼のような先生が、二人いることは分かっている。
学びの場所は夢の中。
この話、どうする?
おばばさま以外、相談できないよね?
次回投稿は2022/07/20の予定です
サブタイトルは おばばさま2 です。




