【第30話】 お兄ちゃんの魔石
私、阿騎はかなり慌てたが、脳内アキは冷静だった。
一歩踏み出す。
え?下がらないの?脳内アキはそのまま止まった。
間合いを外されたシシナは一瞬戸惑う。
きっと下がる、と思っての攻撃だからだ。
そこにエルフさんの膝蹴り一発!恐ろしい鉈は私に届く前に、本人共々吹っ飛んだ。
「阿騎!ヒヤヒヤさせるな!何故下がらなかった?進むとは!?何を考えている!」
「エルフさんが、シシナさんより速く動いたのが分かったから、下がらなかった。あそこで一歩下がったら、エルフさんの一撃の威力が落ちる。踏み出したのは必殺の間合いから逃れるため」
「それを瞬時に判断したのか?」
こくこく。(脳内アキの判断だよ)
「私を信用した、ということか」
こくこく。(脳内アキの判断だよ)
「阿騎、大丈夫かゴブゴブ?不覚、お前を失うところだったゴブ、許せ」
「ゴブ、大丈夫だよ、私だって戦士だしゴブゴブ」
その時、ヤベンさんの心の呟きが、私の魔力感知に接触した。
(……こんなザマではナイト失格だ……)
ナイト?騎士?白馬の王子様?
こ、この呟きは忘れることにしよう。聞かなかったことにしましょう。
ヤベンさん、私、男の子ですからね!
(……どうしよう?女の子になる方法、おばばさまに聞こうと思っていたけど、不安と危険を感じるゾ。う~ん、お母さんやお父さんは、私のこと、どう思っているのかしら?)
(リュートやニトのことは心配ない)
(お、おばばさま!?)
(お前が魔獣に挑む姿を見て、母親を守る姿を見て、あの者達は魂を揺さぶられたのだ。他者の魂を揺さぶる存在は稀だ。お前は愛されている。この砦の件が落ち着いたら尋ねてこい、色々と話してやろう)
(は、はい!おばばさま!)
相談役がいると助かる!
知らないことや、知りたいことを教えてくれる人がいる、ということは幸せなことだ、とこの時思った。ま、信用するかしないかは、別だけど。
おばばさま、ほんと何者?
そこにドワーフの王様と、護衛の二人が、倒れているシシナさんと私の間に割って入る。
「大丈夫であったか?怖い思いをさせたな。赤1番、シシナを捕らえ牢へ連れて行け!」
ドワーフの王様が命令すると、赤1番と呼ばれたゴーレムは、気絶しているシシナさんを器用に摘まみ上げ、城門内に消えた。
「解放のエルフ、手間を掛ける」王様は、ため息交じりに言葉を吐き出す。
「やはり、ゴブリンは脅威か」
「我と妃は考えが違う、王として情けない。妃を押さえられぬ」
「民はどうだ?やはり反対か?」
「一部の者は賛成しておる。せめてメイが、動いておれば少しは安心するのだが」
「ゴブゴブ?何故ゴーレムが動いたら安心するの?」
私は質問してみた。
そんなに、そのゴーレムは強いのだろうか?
答えたのはエルフさんだ。
「メイは強い。お前と同様、一撃でラグナルを魔力に還元する」
「ゴブッ!!」
え?そんなに強いのなら、先制攻撃……無理か、一体だけでは。それでも、そんなに凄いゴーレムがいるのね。
ピンッ!なんか閃いた!
「もしかして、ゴーレムは魔石で動いているとか?ゴブゴブ」
私は思ったことを口にしてみた。
「なかなか良い質問だ。ゴーレム・メイは、魔石の力で動くのだ」
「ゴブ、だから魔石が欲しいとゴブゴブ?」
「そうである。弟よ、兄を説得するである」
弟?あ、私のことか、説得できるかなぁ?あれ、大事にしているし、友達に自慢して得意満面だし、宝物そのものなんですけど。
ああ、男の子って可愛いなぁ、私も男の子だけど。
おばばさまの視線を感じ、おばばさまに釘を刺す。
「ゴブゴブ、おばばさま」
「なんじゃ?」
明らかに不機嫌。
「お兄ちゃんから、無理矢理取り上げるとか駄目ですよ、ゴブゴブ」
「そ、そのようなことはしないぞ。奪い取ったりしたら、サイザンにも魔石にも嫌われてしまうではないか」
ほんとおぉ?今、邪気が見えた気がしたけどぉ?
「奪ったモノを貰っても、我々ドワーフ、楽しくない。喜べない、嬉しくない」
これで無理矢理はナシ、と。さてどうしたものか。
お兄ちゃん?
「阿騎、怖くなかったかゴブゴブ?」
心配そうに声を掛けるお兄ちゃん。
「怖かったけど、怖くなかったゴブ」
「とーちゃんが言っていたゴブ。俺達は兵器だから、感情の切り替えが速い、と。イヤなことや怖いこと、負の感情は消されたり、小さくなるそうだ。それこそが怖いことだ、忘れるなって、とーちゃんが何度も言っていたゴブ」
「ゴブ、そうなの」
「先の戦闘、俺、だんだん怖くなくなってきたゴブ。どうやれば回避できる?とか反撃できる?とか考えているゴブゴブ」
「ゴブ、お兄ちゃん?」
考えに耽る兄。
何を考えているの?自分のこと?家族のこと?将来のこと?
私達の未来は5年しかない。
「ゴブ、もし、この次襲われることがあったら、お兄ちゃんはエルフさんより速く動いて、阿騎を助けるからなゴブゴブ」
「!」
あ、いま心を打たれたかも。
お兄ちゃん?どんな未来を見ているの?
私には明るい未来が見えない。
そんなに暗くない未来でいいのだが。
門の前に佇む1体の巨大なゴーレム。
赤色のLEDみたいな光源が、そのマウス状の頭に3っ程ある。それがチカチカ点滅し、お兄ちゃんを見ている。
視線を交わしている?
するとズシン、ズシン、と足音を立て大地を揺るがしながら、もう一体のゴーレムが戻ってくる。
ドワーフの王の前で、その巨体が止まる。
「牢屋、良」
し、喋った!
「ご苦労」王様が一言、労をねぎらう。
その様子をじっと見ているサイザン兄さま。
「ゴブゴブ、弟よ、ゴーレム格好いいな!」
こくこく、頷く私。そして私なりの感想を一言。
「大きくて、力持ちだね。あんな大きな扉を動かすなんて。きっとゴーレムが、たかいたかい、をしたら私達、小さいから飛んでいくかもね!」
あ、お兄ちゃん何か考えてニヤけてる。
先程の思慮深いお兄ちゃんとホントに同一人物?
「ゴブゴブ、ドワーフの王様」
「なんだ?」
「ゴーレム、格好いいなゴブ」
「そうか、そうか、じゃろ、じゃろ」
「名前も赤1番って、2番とか3番とか、あるの?ゴブゴブ?」
お兄ちゃん、目キラキラ。
「あるぞあるぞ、そこにいるのが青3番、場内に控えているのが緑2番、桃4番なるぞ。そして海側を警戒しているのが黄5番、こいつは巨大な弓を装備しているぞ!見てみるか?ついてくるか?さあ行くぞ」
そこでお付きの兵士さんが慌て止める。
「お、王よ、まだ交渉は終わっておりません!ゴブリンを通すわけには……」
「堅いこと言うな、子供にそんなこと言うな」
うわ、ニコニコし始めたぞ、ゴキゲンではないか、王様!
「ゴブゴブ、この魔石、ゴーレムに渡したら、俺に言うこと少しは聞いてくれるかな?どうだろう、王様ゴブゴブ」
「さあ?それは話次第だ。それでゴーレムに何を望むのだ?」
「あいつの肩に乗って、世界中を旅してみたい!」
一同ビックリである。さすがは我がお兄さま。私もついていきたいです。
「残念だ……あのゴーレム達は、この島からは出られぬのだ」
「ゴブッ?どうして?」
「ゴーレムは、大地から作られたもの。大地と共にあるモノ。海は渡れぬ者」
?海中を歩けば?と思ったが取敢えず黙っておく。
「ゴブゴブ、死んでしまうの?」
「そうだ、大地から離れると、鉄に戻ってしまうのだ。だがメイは違うのだ、メイは人族の偉人が、我々を解放するために作ったゴーレムだ。メイとなら何処へでも行けるのだ」
「ゴブゴブ、これあげたら友達になれるかなゴブ?」
「少なくとも、お前のことは忘れない。メイは記憶力抜群のゴーレム」
「俺のことを忘れない、ゴーレムが?」
ゴーレムを見上げるお兄ちゃん。
赤1番と青3番が、明らかにお兄ちゃんを見ている。いや見ているのは魔石か?
「……おばばさま、これメイにあげることにする」
「わかった。ではドワーフの王よ、交渉は成立でよいな?」
「ああ、成立だ。ようこそ、ドワーフの砦へ」
こうして私達は鉄の門を潜った。
最初に潜ったのは、おばばさまでも村長でもなくお兄ちゃんだった。
お兄ちゃんは王様と手を繋いで、二人嬉々としてゴーレムを見に行ったのだ。
え、私も連れて行ってよ!それに王様、お兄ちゃんと気安く手を繋がないで!
次回投稿は2022/07/16の予定です
サブタイトルは 砦の中で です。