【第26話】 愛が試されるとき
虫の音の代わりに、鳥の囀りが聞こえる。
あちこちでいい匂いが立ち籠め始める。朝ご飯の用意だろうか。
「あら起きたのゴブ?おはよう、まだ寝ててもいいのですよ」
お母さんが優しい声で言う。
「おはようゴブ、お母さん」
おはよう、お母さん。
私がこの台詞を、言える日が来るなんて、大感動である。
話し声が聞こえてくる。
誰だろう?
「とーちゃん、折角おばばさまがいるんだゴブ。弟、見てもらおうよゴブゴブ」
「そうだなゴブ、話をしてみるか」
「あ、起きてるゴブ!」
目ざといお兄ちゃんが、トコトコと近づいてくる。
「はよう、かあちゃん、はよう弟よゴブゴブ。今日はドワーフとの話し合いだね」
「はよう、お兄ちゃん。少し怖いですゴブ」
「怖いのか?心配ないぞ!大丈夫だゴブ!」
「怖いことはありませんよ、皆がついています。一人ではありませんよゴブゴブ」
柔らかい優しい手で、私の頭を撫でるお母さん。
?兄が後ろ手に何か持っている。
香ばしい匂い、これは?
「弟よ、兄がお前のために捕ってきたぞ、これを食べて今日一日、頑張るのだ!」
自慢げにそれを見せるお兄ちゃん。
木串に刺されたそれは、こんがりと焼け、美味しそうな匂いを漂わせている。
でた……愛が、愛が試されるとき。
トビトカゲの姿焼き。
つ、ついにこの日が来たのか。早すぎるのではないか?
「これはとても美味しいぞ!」
どどどど、どうする?どうする?どうしよう?涙でそう……。
お兄ちゃんが折角捕まえて、こんがり美味しそうに焼いてくれたトカゲさん。
しかし、これにガブリと齧りつくには、あまりにも前世の記憶や習慣が邪魔だっ!
邪魔なんです、本当に!
うううう、トカゲさん、こっち見てるぅ。お兄ちゃんもこっち見ているぅう。
誰かたすけてぇお願いっ!
涙目でお母さんをチラ見する。
「?」
母の愛で気がついて!ピンチです!ヘルプです!
これは、前の世界でいうところの、鶏の唐揚げ的な存在か?
チキンナゲット、美味しいよ!みたいな?
動かない手を無理矢理動かそうとし、それを摑もうと努力する。
その時、お母さんが声を掛けた。
「お兄ちゃん、トビトカゲは硬いから、上手く食べられるかしらゴブ?木の実があればいいのだけれどゴブゴブ?」
「あるぞ、かあちゃん!ほら!ゴブ」
リンゴのような赤い果物?をポーチから取り出し、自慢げに見せるお兄ちゃん。
「では弟よ、これをあげるねゴブゴブ。こっちのトビトカゲは俺が食べるから、あとで欲しがるなよゴブ?」
はい、欲しがりません。
赤い木の実を不思議そうに見ていると、そのまま食べられますよ、とお母さんが教えたくれた。
じっと木の実を見る。10㎝はない、リンゴみたい。
「ゴブ!」
手で半分に割る。あ、甘い匂い!これは美味しいぞ!
私は半分をお母さんに渡す。
「どうぞゴブ」
「……あら、ありがとうゴブ」
ぱくりと一口食べてみる。
「ゴビッ!?」
お、お、お。
「美味しいだろう?ゴブ?」自慢げに、得意げに話す、お兄ちゃん。
こくこく。
「ほんと、お兄ちゃんは木の実を見つけるのが上手ねゴブゴブ」
「ブフフフッ」あ、お兄ちゃん凄く嬉しそう。
?
ここでふと、私は違和感を覚える。ん?なんだろう?
周りを見る。ゴブリン達が、家族単位で朝ご飯中である。家族皆で狩りをしての食事みたいだ。我が家は、お兄ちゃんが食料を調達している。
私のお父さんはたぶん、負傷者の手当だろう、私は脳内では狩りを知っているが、実践はまだだ。
もしかして、お母さん、体調悪い?
「どうしたゴブ?お、またトビトカゲ捕まえたのか!?」
「ゴブ?お父さん!」
「とーちゃんお帰り!凄いだろう、とーちゃんにも半分あげるね」
そう言ってお兄ちゃんは、メリメリと焼けたトビトカゲを分断した。
あ、ここモザイク必要かも。
「お帰りなさい、ニト」
「ああ、ただいまリュート」
うわっ、なんかいいなぁ夫婦の挨拶。素直に憧れる。
負傷したゴブリンさん達、どうだったのだろう?ヤベンさんの話だと……?
私がそう思った瞬間、お父さんと目が合った。
(その話題は避けたいな)
(!)
(息子よ、我々は兵器だ。それもかなり特殊な。回復不可能なダメージを受けると、数日、もしくは数時間で。魔力に還元してしまうように設定されている)
(……重傷者は?)
(助からん。どんな薬でも、手当でも、人族のパスワードが無ければ魔力還元は止められない)
(そんな!ひどい!)
カチャリ、鎧の音。
横目で見ると、おばばさまが槍の戦士2名を引連れ、ゆっくりと漂うようにやって来る。
「疲れているところすまないが、砦に向おうか、ニト」
「ああ、分かったゴブ」
私は、槍の戦士達と目が合う。何も言わず、槍を携えているようだが、心なしか口角が上がっているように見えた。
次回投稿は2022/07/9を予定しています。
サブタイトルは 私が倒れる原因 です。