【第1話】 私の職場
私の職場はクエストに満ちている。
いや世の中全部クエストの塊だ。
中には無理ゲーもある。
電車から降りて職場へ行くまでも、体力の無い私にとっては、難度の高いクエストだ。
駅を呑み込むように建てられた3棟の巨大ビル、そのうちの一つが我が職場だ。
職場まで、まるで迷路。非効率だなぁ、ワープポイントとかほしいね。なんとかドアでもいい。
「おはようございます」と、顔馴染みの警備員さんに挨拶をして進むと、大袈裟にデザインされた、
ごついゲートが見えてくる。
ピッと響く電子音。
生体センサーが反応して、強化ガラスの扉が開く。
このビルには国の主要機関の端末が沢山詰め込まれている。
各都市にそれぞれ一ヶ所以上あり、連動して運用されているのだ。
我が銀行もその一つ。
銀行とはいっても、お金の勘定だけでは無い。私の担当は貸付業務、運用がメインであり、市場調査や社内調査などもしている。したがって私の、会社での席は銀行窓口では無く、別室となる。
扱っている金額も、案件も国際規模。
この銀行業務は数字の応酬が目まぐるしくて面倒で、扱いづらい。で、仕事の効率化のためB級AIがサポートに幾つかついている。
私の世界ではAIがランク別で棲み分けているのだ。
ランクAIは一般的なAIとはちょっと形態とプログラムが異なっている。
こいつは、通常コアを使用している。コアは直径3㎝程の球体で、これを専用の基板にはめ込んで使用している。
コアAIはバグに強く、衝撃や熱にも強いとされているが、実験したことはない。
コアはとても高価なのだ。
使用ランクは企業がC、B級の赤色、車とか公共機関は主にC級の青色かな、軍事や宇宙国際空港がA級緑色、国際総合がS級で透明とランク付けされている。あと個人所有や電化製品に組み込まれているのは、D、E級で黄色だ。
AIは数字や集計、予測に強い、したがって銀行や証券会社などAIがどんどん活用され人件費はごっそりと削られている。
コスト重視は当然だけどね。
個人所有のAIも株で頑張っているが、大企業のAIには遠く及ばない。
そんな中、国際A級銀行の我が社は、他の企業と違って人材重視である。6:4で人の仕事量が多い、今時めずらしい銀行なのだ。
非効率だが、そこが気に入って就職した。
「この資料どう思う?」
私は朝一で呼び出しをくらっている。
場所は特別室の奥、ガラス張りの上司の職場。目の前に居るのは、ロマンスグレーの髪に180㎝の長身(今は座っているけどね)社内でも切れ者と噂されている赤崎部長さん49歳。
この人、眉毛が太く眼光鋭く重低音のボイスで、首がびっくりするほど太い。
学生時代は、ラグビー部で活躍していたらしく、素晴らしくダンディな人なのだ。
が、その眼は、極端な垂れ目。
社内で決め顔が決まらない人№1。ゲームのキャラメイクで、これはナシだろう、とされる組み合わせなのだ。
「……」
「部長、どうされました?」
「秋津川君、今君、何か失礼なこと考えてなかったか?」
「!!い、いいえ何を言っているんですかブチョウ」私はニッコリと笑って見せた。
「……」
睨まれている、かな?こんな時は。
「この資料は先日、私が提出したものと、数字が違っていますが?」
数字大好き人間の私は、まず間違ったモノを上司に提出しない。
それに加え私には力強い相棒がいる。かの者は演算で間違わない、断言できる。
「結論を言うと、君の資料が正しい」
「ありがとうございます」
あたり前だ、私が提出した資料だぞ!
「そこで、この二つの資料を役員会に使いたいのだが、君の名前は非公開にしたい」
「構いませんが、訳を聞いてもいいですか?」
今回、決算の金額が、かなり違っている。銀行なのに、ありえなくね?
コアAIのチェックが入るから基本、間違いはない、はず。ではなぜ間違っているのか?
まあ、お手柄に興味は無いし、部長さんがこのお手柄を独り占めしても別に構わん、しかし何か裏でもあるかな?
「前回、君は社内での不正を5件も見つけている」
「……それが私の仕事なので」
「その内、3件は口頭注意にしたが、君は優秀すぎる」
「正直に仕事しているだけですが?」
「それはいいことだが、君はB級AIの演算を覆している、更に関係会社や取引先の不正も見つけている」
「勤務先の会社を守った、だけです」
「私としては社内外の目を、君に集中させたくないのだよ」
「……」
世の中、正直すぎると駄目らしい。
しかし、相手は犯罪者ですぜ、軍曹殿!
会社のお金を、いや人様が預けているお金を無断で使うなんて!
「私としては部長に一任致しますよ」
そう言ってこの会話は終わった。
なあにが非公開、だ。私が発見者ってことは、ばればれだろうに。
(アキ、もしかして部長さん誰かを庇ったとか?)
左耳に装着している端末から、訊きなれた電子音が響く。
私は小声で返事をする。
「ナツ!会社での会話は駄目だと言っているでしょう」
「秋津川さん、大丈夫?部長に何か言われたの?」
ギクッ。今の会話、聞かれた!?
振り向くと、同期の横山君が心配そうにこっちを見ている。こっちを見てはいるが、別に仲間になりそうではない。
横山龍雲君、26歳イケメン男子、社内で人気のエリート君。
関連企業のソフトボール大会で活躍し、ゴルフにバスケ、バレーボールにスケボーとスノボー、運動大好きという変わりモノだ(秋津川視点)。
紹介がおかしい?いやいや私の眼から見れば、運動大好きとかアウトドア大好きとか、眩しすぎて異常に感じるのだよ(秋津川視点)。
まあ、私のゲーム大好きも彼から見れば異常か?ちなみに私の運動は、太鼓がメインだ。
そんな横山君にもコンプレックスがあるそうだ。
彼の身長は169㎝、どうしても170㎝を越えたかったそうだ。
ナツが言うには、運動量で体格差をカバーしているらしい。横山君に対してナツの評価は高い。
「明日の役員会の資料についてだけど、資料、纏めるのが大変みたい」
「ああ、役員会か、買収の件とか明日は荒れるって皆ピリピリしているからなあ」
をい、横山君?きみは、その割にはのんびりしているね?まあ、私も目の前の仕事に集中するだけだし。明日のことは明日の私に任せます。
私は早々に仕事を切り上げ、サッサと帰宅する。
それとも、もう少し横山君と会話した方が良かったかな?