【第17話】 記憶のコピー
お姉さんは、突然何かに閃いたように私の鼻をパクリ、と口に含んだ。お姉さんの口を通して魔力が私に流れ込む。
?
お姉さんの魔力とは逆に、私の何かがお姉さんの口に吸われる。
ベッっとお姉さんが何かを吐き出す。
真っ黒い血の塊だ。お姉さんは何度もそれを繰り返す。
あ、呼吸が少し楽に……。
私の鼻孔から血の塊を吸い出したお姉さん。凄いな、ここまでする?私他人だよ?ゴブリンの女性は愛情の塊だろうか?
次に彼女は私の唇に唇を重ねた。
キラキラした魔力が私に流れ込む。その魔力と共に、お姉さんが私の口腔内の血を吸い出す。
スッ、と自然に鼻から気が入り込む。
「ごふっ」
私は重く咳き込むと、大量の血の塊を吐き出した。お姉さんもベッ、と口から血を吐き出すと、ちょっとニッコリとした。
「息、出来る?苦しくない?ゴブゴブ」
私は赤ちゃんなので上手く返事が出来ない、身体の関節も痛いし、頭も痛い。私に出来ることといったら、感謝の眼差しをお姉さんに送るくらいだ。
「目がどんよりしてきた、私がインストールするしかないのかしらゴブ……」
インストール?
お姉さんは周囲を警戒し、舌打ちを一つ。
「悪意がこっちに向ってきている、このままではゴブゴブ……」
ポンッ、と大地を蹴ると凄い速さで移動し始めた。
そして、おでこをくっつけた。
?
姉さん、もう時間が無い。私がインストールするね、この子のお母さんやお父さんには、姉さんから連絡お願い。
ち、ちよっとレー!そっちにラグナルが向っているのよ!インストールしている時間なんてないわよ!
でも姉さん、このままじゃ赤ちゃん死んでしまうわ。
レー!あなたもラグナルに食べられて、死んでしまうわ!
姉さん!じゃぁ赤ちゃん、死んでいくのを見ていろと?とにかく成長が早いのよ!魔力と身体のバランスが悪くて、血を流して苦しんでいる。見殺しなんてできない!
見殺し?そんなこと言っていない!
時間が惜しいわ、始めるね。
レイモン!
姉さん、早く助けに来てね。
くっつけた額。それが一瞬なのか、一時間なのか時間の経過があやふやになった。それはまるで、高熱で魘されているみたいな状態だ。
まず、言葉が流れ込んできた。ゴブリンやエルフが使っていた言葉だ。リンゴお姉さんの知っている草木の名前や、お姉さんの姉妹、両親の名前が流れ込んでくる。
お姉さんの名前は美観?ミカンか?
次々と流れ込んでくる情報、これって記憶の伝達?伝承?みたいなもの?
私の驚きをよそに、次々とお姉さんの記憶が私に定着し始める。トビトカゲの捕らえ方、料理の仕方、薬草、水の見つけ方、飲み方、毒草の選別。服の作り方、糸の作り方、川魚の捕り方、食べ方。
うわっ、す、凄い!
知識が増す度に、身体に変化が起こる。
え!?
お姉さんの記憶と私の身体が共鳴している?いやお姉さんの記憶を元に私の身体が再構成されている?
「あぐっ」
関節が……体中の骨や筋肉が急激に引き延ばされる感覚に襲われる。
ビキッビキッ、と筋肉と関節が成長を始める。こんな急激な成長、絶対おかしい!いだだだだだだだっ!痛いんだってばっ!ひ~っ
「ごめんね、ごめんね、成長痛、痛いよね?本当は薬草湯を使うんだけどゴブ」
じゃぁ使ってよ!
「今は逃走中だから無いの、用意もしていないし……グスッ、ごめんねゴブ、ごめんねゴブ」
勝手に成長を始めた私が悪いの?なにこの身体!
あ、記憶の中に薬草のお湯で洗われている赤ちゃんの姿が見える!本来はこうするのね。
しかし痛すぎる、何か他のこと考えて、意識を逸らさないと……。
そうだ、新しい記憶の、レイモンお姉さんから貰った記憶の検証をしてみよう。
あ、魔法の記憶だ!
自然界にある『チカラ』を『魂魄』の『魂』で扱う?
よく分からない、意思の強さってなんだ?
……なんか難しい単語が次々に流れ込んでくるけど?使い方は……そんなに難しくないぞ!?威力は感情に比例する?取敢えず使い方は分かったぽい。
細かい検証は後回しだ。
武術らしき記憶もあるぞ?あ、拳の握り方が、田崎師匠の教えと同じだ。すり足の移動?これも同じだ!
しかし、これは便利だ、教わる必要が無い。
武術や魔法、これらの技術を使いこなせるかどうかは別として、基本はそのまま伝わる。
そんな過去の記憶と、私の今の状態を照らし合わせてみた。結果、私はかなり強力な魔法を行使できるのでは?
ん?
これは……お姉さんだけの記憶ではない!お姉さんのお母さん、お婆さんの記憶もある!更にその先の記憶もある!
ああ、代々の記憶の渦だ。何処まで遡るのだろう?
わっ!なんだこれ……!?
拉致?妖精達を使った実験?兵器としての利用、運用?
ここは島?孤島か?
あ、小さな船が見える。乗船しているのはゴブリンか?
ああ、何度も島から脱出を試みているけど、出られない!
そのデーターは恐ろしくも悲しい記録だった。
記憶の検証を始めようとしたが、身体が……あれ?汗が?頭痛も関節痛も治っている!それどころか、か、身体が軽い?
「じっとしていてゴブ、まだインストール途中なの」
「わ、わかったゴブ」
「あら!優秀ね、もう喋れるのゴブゴブ?インストール途中なのに。混乱は……していないようねゴブ」
か、体が、大きくなっている!もう赤ちゃんではない、お兄ちゃんと同じくらいだ!え、これって?力が、力が漲る!でもこれじゃお母さんやお兄ちゃん、私って分かるかなぁ。
「!」
(チッ、ラグナルがもう来たの?)
(逃げないの?)
(インストール中は動けないのよ)
(え?そ、そっそんなぁ)
(私から離れてはだめよ、離れるとバグが出る)
(!)
(どうしたの?お姉さん?)
(あ、あなたもう念話している!す、凄いわね)
え?私、凄い?いや、でも、バグですと?バグって何?何それ何それ!怖いんですけど!どーなるのよ私!
レイモンお姉さんは私の手をぎゅっと握りしめた。
山の頂上付近に佇んでいる私達二人。それを囲むように、8匹のラグナルと呼ばれる怪物が現れる。
なんとも異様な容姿だ。
分厚い鱗に覆われた熊?巨大な狼?いや長くて大きな尻尾もあるし、遠目には恐竜に見えなくもない。
シェイプされたトリケラトプス?細長い目は真紅で瞳が無いのも不気味だ。大きさは7メート程か?丸太みたいな尻尾は要注意だな。ガンメタリックの鱗はいかにも硬そうだし、でかい割には動きが速い。それに何だ、あの牙は?でかすぎだろう!
あいつらは、私達ゴブリンから見れば更に大きく見える。あれと戦うの?どう見てもこれは無理ゲーだ。
今はお昼で明るく、奴らの姿がよく見えるが、これが夜だったら恐怖倍増だ。一番でかいヤツは10メートルはありそうだ、あれがリーダーか?
「!」
一瞬、空間が歪んだかな?と思うと、ドンと重い音が響く。大地が抉れ、土煙が揺らめき、2体のラグナルの巨体が吹っ飛ぶ。
「あ、戦士さんゴブ!」
私の双眼は一人の戦士を捉えた。村長さんに紹介された3年生の戦士さんだ。
あのラグナルの巨体を吹飛ばすなど、小さなゴブリンに出来ることでは無い。明らかに異常だ。それとも、この世界のゴブリンってコレが普通?
誰かの記憶が答える。
我々ゴブリンは200年の寿命と引き換えに、強力な力を得た。だがそれは、自ら望んで得た力では無い。
「!」
き、記憶に僅かな意思が宿っている?希薄だけど個性がある!
次回投稿は2022/06/21を予定しています。