【第16話】 忍び寄る影
私達は、道も無い森の中を凄いスピードで進む。
時々ふわり、と沈む感覚があるけど、多分、この時に大地や木々を蹴っているのであろう。
走る?ジャンプして進んでいる?凄い移動法だ。でもお母さん、私を抱っこしてのこの走り、疲れない?心配していると、あれ?お母さん、止まった?お父さんも、お兄ちゃんも?
「どうしたゴブ?」
足並みを揃えていた他のゴブリン達も止まる。
あ、前方から誰か引き返してきた?
「村長、先に行ってくれ、妻がまだ……ゴブゴブ」
村長、と呼ばれたゴブリンはお父さんよりも大きかった。村長さん?皆のまとめ役、リーダーみたいな人?体格が良く貫禄があり、剣を背中に背負っている。
「すまん、無理をさせるゴブ」
お母さんに向って頭を下げる村長さん。
「本来なら、ゆっくり身体を休めないといけないのだがゴブ」
「いえ、村長、人族が攻めてきているのです、ゆっくりなど……どうか私のことは気にせずに、先に進んでくださいゴブ」
「女性を二人、3年生の戦士を一人付けようゴブゴブ」お母さんの言葉を無視してお父さんと話を進める村長さん、ん?人族が攻めてきている?どういうこと?襲ってきたのは悪意の塊の獣みたいなヤツだけど?
「戦士を一人と女性を二人もゴブ?ありがたいが、先に進んでいる皆の護衛はゴブ?」
「4年生が頑張っている、問題ないだろうゴブ。子供は希望だ、東の大山が住みやすい場所だといいがゴブ」
3年生?4年生?何のこと?暫くしていると、女性のゴブリン二人と、お父さんより一回り大きいゴブリンが一人現れた。
足音もしない。
一体どんな魔法?身体能力なの?三人とも腰には鉈のような、斧のような武器?を携えている。
現れた三人はお父さんとお母さんを見ると、頷きあった。そしてお兄ちゃんを見る。
「え?俺もうすぐ2年生だよゴブ?ちゃんとついていけるよ!ゴブゴブ!」
ふふっ、っと女性2人が笑う。この二人、そっくり!動きもシンクロしている!姉妹かしら?帯の色も同じだし。
「では、行こうかゴブ」
お父さんがそう言うと、皆が動き出した。私は、現れたお姉さんの一人に抱っこされての出発。
髪はエルフさんみたいにボブだ。流行だろうか?オレンジ色の帯がとても綺麗で、大きい耳にピアスしている。それに薄紫のアイシャドウがとても似合っている。
このお姉さん達、お洒落?ちょっと他のゴブリン達と違う?
しかしこのゴブリン族、会話もせずに話が進む時がある。名前も呼ばないのに会話が成立している。どうもゴブリン達には、私の知らないコミュニケーションスキルがあるみたいだ。
暫く進むと、変な匂いが辺りに立ち籠め始めた。なに?この匂い?
お父さん達は立ち止まり、警戒を強める。
お姉さん二人がお兄ちゃんをチラ見する。
戦士のゴブリンさんがお父さんとお母さんを見る。そして私を見る。ん?何かふわっ、とした感覚に包まれたぞ?目はとても厳しい目だけど、暖かい感じがする。
「でも、それでは戦士さんが……赤ちゃんはお母さんと一緒がいいよゴブゴブ!」お兄ちゃんが突然呟く。
やはり何らかの会話が成立している。これって……その時、前方に爆音と共に火の柱が立ち上った。
響き渡る悲鳴、先に進んでいたゴブリン達であろうか?
え?胸の中央から言葉が湧き上がる。な、なんだこれ!?
私の言葉、思考ではない。異質な他人の考え、思考、思い?
私が一人で自問自答しているようだけど、明らかに違う人の言葉だ、これは?
先回りされた?罠か?被害は?
重傷13、軽傷26、死者0、エルフが頑張ってくれているが、このままでは囲まれる。ラグナルの数が多い。
ラグナルは12匹、村を襲った数より多いぞ!
ドーン、ドーンという音と共に大地が揺れ、ビリビリと大気が振動する。
各自の判断で逃げろ!振り向くな!
一人でも多く逃げ切るんだ!
うわっ何なの、これ?沢山の思考が私の中を通り過ぎる?赤ちゃんにこんな多くの情報、処理できるの?皆大丈夫なの?怪我は?お父さん、お母さん!お兄ちゃん!と、思った瞬間、もの凄い頭痛が私を襲った。
痛いなんてものじゃない、頭が割れる?息も出来ないほどの頭痛だ。
更にその痛みが全身に広がり始めた。な、なによ、こ、これ……?
か、関節が全部、痛い!せ、せ、背骨が!
全身からどっ、と噴き出す汗。いや絞り出される感じだ。
こ、これ、汗じゃなくて血では?そう思わせるくらいの激痛が全身を襲う。
「がはっ」吐血する私。
口内に広がる血の味、息が……意識が遠のく。
「え?赤ちゃん!」
な!?ど、どうしよう!まだ生まれて一週間も経たないのに。
どうしたレイモン?
あ、赤ちゃんのアップグレードが始まったの!
は?おい、早すぎだろう!
そんなこと言われても!
普通は生まれてから、三ヶ月後くらいだぞ!
私にどうしろと!
母親は?
べ、別方向に逃げている!血が……
な、ち、血を吐いたのか!?
どうしよう!
どうしたらいい?
グスッ、このままじゃ赤ちゃん死んじゃうよ!
おい、ラグナルがそっちにむかったぞ!
血の臭いか?赤ん坊の臭いか?
何匹向った?
8匹だ。
は……8匹も?逃げ切れんぞ!
エルフは?
エルフさんは交戦中だ!
おい、お前らうるさいぞ!何があった?
エルフ、赤ん坊のアップグレードが始まったんだ!
はあ?なんで今なんだよ!私は先頭集団を逃がすので手一杯だ!8匹減った?なら、今のうちに逃げられるヤツだけでも、全力で逃げろ!
レイモンと赤ん坊を囮にするのか!
私は一人でも多く逃がしたい!それだけだ!
おい、レー!聞こえるか?
ね、姉さん!?
ど、どうしよう!こわいよう……。
しっかりしろ!今、3年生戦士がそっちに向った!
3年生が?
ああ、それに赤ちゃんの両親と兄貴も!
え?みんな、こ、こっちに?危険だよ!と、止めなかったの!?
止めたさ、でも聞かなかったんだよ!私もそっちに向う、ラグナルに捕まるな!喰われるなよ!山頂を目指しな!
わ、わかった!
世界は目まぐるしく回っているようだが、私は静かに空を見ていた。
ヒュー、ヒューと口笛のような音が、時々口から漏れる。
呼吸が止まりそう。
死んでたまるか!と、思いながらも身体が冷たくなっていくのが分かる。
鬱蒼とした木々、山頂付近だろうか?木の種類が先程と違う。その葉の間だから、時折見える青い空、吸い込まれそうに綺麗だ。
ん!
え?
あ、赤ちゃん?
赤ちゃん!
立ち止まり、表情が強張るお姉さん。
「う、うそ……だめだよ、まだ、だめ、死んではだめ……」
次回投稿は2022/06/18の予定です。