【第15話】 誕生
落着いて思い出したことがある。
私のお母さんは、私を産んで死んでいる。
前世の記憶が一斉に目覚める。
恐怖と悲しみが私を鷲掴みにした。
おかあさんを傷つけたくない!おかあさんは死んではダメだ!
また、私はお母さんを?
いやだ!絶対にいやだ!
お、おかあさん、がんばって!わたしもがんばるから!
でも、どう頑張ればいいのだ!
オロオロと考えている内に、身体が引き延ばされる感覚に襲われる。
な、なに?ちょっと、いやかなり苦しい?
え?え?
うわーーーーーーーん
く、苦しいっ!
だ、だれかぁま、まどかぁぁっ!
!?
か、身体がひきのばされるうううっ!
た、たさきさあああんっくくるしいいぃよおおっ!
ひっ!!!
眩しい?
色彩が!音が!
ヒュッ
く、空気が、気が肺に!
ホンギィ~ホンギャ~!
こ、声が、鳴き声が!
ホンギヤァほんぎゃぁ~!
止まらないっ!
コントロール出来ない!
私、産まれた?
え?安産?なのか?いやだいぶ苦しかったが。朧気ながら目が見えるぞ、音も聞こえる。なんだこの匂い?お母さんは大丈夫なの?
ん?おかしい、赤ちゃんは産まれて直ぐに、目は見えないはずだ。いや私の意識がある時点でおかしいのだが、ここは?
目の前に優しく微笑む綺麗な女性。ショートカットの黒髪から、ピンッと飛び出した尖った長い耳、二重の瞼に綺麗なピンク色の唇、力の溢れるスラリとした身体。
特殊メイクやCGではない自然体のエルフがそこにいた。エルフだ!それも黒髪だ。本当にいたんだ、感動!リアルな質感、これは是非ローロンサに教えてあげたいな。
私に近づき、微笑むエルフ。自然な息遣い、ふわっと香る……これは、花の香りだろうか?私、エルフに生まれ変わった?
いやエルフではないな、エルフさん、と誰か呼んでいたし。綺麗だなぁと見とれていると、その足下に……。
何かいた。
それも沢山。
ごぶ、ごぶ!ゴブゴブ。
ごぶごぶ?
私を抱きしめる腕、つぶらな瞳と目が合う。可愛いぬいぐるみ?それが第一印象だ。ぱちぱちと瞬きをして、よく見る。
濃い緑色の瞳、あれ?目だけではなく肌の色も緑系統だぞ?
微笑む唇から覗く可愛い八重歯、決して牙ではない、と思いたい。
瞳と同じ色の、濃い緑色の髪から見えるのは……耳ならぬ一本の曲がった角。耳は?耳は横に大きく広がって、時々ネコの耳みたいにピッピッと、動いている。
私は自分の目が限界まで開いていくのを感じた。
これは……?
「可愛いな、赤ちゃん。お母さんを一生懸命見ているよゴブゴブ」
「本当だ、しっかりと見ているねゴブゴブ」
「ああ、かわいい私の赤ちゃん、こんにちは、私があなたのお母さんよ、ゴブゴブ」
「ゴブ?あら、産声が止まったわね。おっぱいかしら?ゴブ」
……ゴブリンだ……。
とりあえず、私は失神することにした。
転生はしたけれども、なぜゴブリン、どうしてゴブリン?私、ゴブリン?声を大にして抗議したい!
私、悪いことした?いや人類滅ぼそうとしたけど、未遂だよ?実行していませんよ?
それどころか親には恵まれなかったし、いじめの尽きることのない、人生だったのですけど?あげく殺されるし、ここはエルフ!(綺麗、かっくいい)とか、どこかの国の(裕福な)お姫様!とか、貴族のご令嬢(魔力沢山勇者なみ)でしょう?
いや、ゴブリン可愛いよ、最初はぬいぐるみかな?とか思ったし、ちょこちょこ動く仕草は、ハムスターみたいな小動物を思わせるし……。
「大丈夫かしら、この子、ゴブゴブ」
「なにがだい?ゴブ」お父さんが、優しくお母さんに寄り添う。
体は小さいけど、しっかりした肩の筋肉、大きな手。顔はちょっとつり目で怖いけど、瞳がとても綺麗で宝石みたいだ。この人が、このゴブリンが私のお父さん。
食事中の私を心配そうに眺める二人。
うまうま、おっぱいを吸う行動が止まらない私。本能の成せる技か?そしてお母さんと目が合う、優しい目だ。その目が悲しそうに揺れる。あれ?おっぱいの味が変わった?
おかあさん、心配事?
「この子、生まれて直ぐに失神するし、病気かしら?私、心配で……ごぶごぶ……」
後は涙声で、何を言っているのか聞き取れない。
お母さんの大きな涙が、私の頬に落ちる。
一つ。
二つ。
ぽたりぽたりと、際限も無く大きな瞳から、涙が落ちてくる。
え?……な、泣かせてしまった?お、お母さんを?わわ、私……ど、ど、どうしよう?どうしたらいいのかな?泣かないで、お母さん!私も悲しくなる!お願い、泣かないで!私は願いを込めて、小さな手でお母さんの指を握りしめた。
確かに、この現実、未だに受け入れられないけど、両親の愛情は感じる。事実、暖かいモノが身体を包むのだ。とても心地よい、これは魔力か?
「泣くな、元気に育つ、そう信じようゴブゴブ」
「……」
「指を握っているゴブ?まるでお前のことを心配しているみたいではないか、こんな小さな子に、心配をさせてはいけないゴブゴブ」
「ゴブゥ……そ、そうね……」
お父さん、優しい!お顔はちょっと怖いけど。
ん?なんか苦しい?私が身体を不規則に動かすと、お母さんはサッと抱き方を変えた。そして優しく背中をトントン。
ん?なんだこれ?
お?お?お?なんか、でる!
「ぐえっっっつぷっ」
あん、すっきり!
……あれ?視線が?みんな私を見ている?
仕方ないでしょう、赤ちゃんだし、我慢は良くないと思う。
「おいおい、今のはなんだゴブゴブ?」
「ドラゴンの咆哮か?ゴブ」
「元気がいい、心配はいらぬ、ゴブゴブ」
周りの皆が、お母さんに声を掛ける。大丈夫だ、安心しろ、皆が付いている、この子は元気な子だ、と。
あ、集まってきた。もしかしてゴブリン、子供好き?
ゴブリンの皆は、浴衣みたいな服を着ている。
帯の色ががとてもカラフルで、え?目立ちすぎでは?と思うほどだ。頭には革の帽子のような、ヘルメットのようなものを乗せていたり、綺麗な布を巻き付けたりしている。
それらは大きな耳や、小さな角を格好良く見せていて、凝った意匠でとてもよい。
服の方は、よく見るとオーバーオールみたいで、その上から浴衣みたいな服を羽織り、帯で締めているようだ。
後で気づいたことだが、このオーバーオールもどきは、お臍の下辺りから尾骶骨付近までスリット?が入っており、上着の浴衣もどきを捲るだけで、トイレが出来るようになっている。
え、おパンツ?ゴブリンには、おパンツの習慣は無いみたい。はい、皆全てノーパン、まるで平安時代とか鎌倉時代だね。
でも平安貴族みたいな雅ではなく、皆、服はボロボロだ、折角の帯や服のデザインが残念なことになっている。怪我している人も沢山いるみたいだ。
私はゴブリン達を見回し、更に周りを見る。
ここは森?の中であろうか、おそらく沢山の木々が立ち並んでいるから森であろう。昼間だろうか?斜面もあるし、山の中みたいだけど?
しかしなんとも不気味な森だ。
木々はねじ曲がり、ジメジメと湿度が高く、自然の新鮮な気配がしない。匂いも変だ、腐ったミカンみたいな匂いが立ち籠めている。この世界はいったい、どんな世界なのだろう?
「さあ、休憩は終わりだ。今日中に山を越え、東の大山に行くぞ」
エルフさんの声が森に響く。その声に反応し、一斉に動き出すゴブリン達。
「エルフ、コースはまかせていいかゴブ?」
「ああ、いいぞ村長、だがよければ、3年生か4年生の魔力の強いヤツを両脇に付けてくれ」
「わかったゴブ」
ゴブリンは皆で百人程であろうか?エルフは一人しかいない、一体どんな集団なのだ?何かに追われているようだけど。
あと3年生とか4年生とか何だろう?ま、赤ちゃんに状況説明してくれる人はいないよね?あ、人ではなく妖精か。
ん?
「かーちゃん、赤ちゃん、これ食べるかなゴブ?」
「それはまだ無理よ、でもありがとう。優しいのね、お兄ちゃんゴブ」
「じゃ、かーちゃんが食べなよ、あげるゴブ」
「私はいいわ、あなたが食べなさい。お腹すいているでしょうゴブ?」
香ばしい、お肉の匂い。なになに?お肉?チラリと横目でお兄様(きゃぁ~お兄様よ、お兄様!私の!)を捉える。
その手には、全長三十センチ程の何かが木に突き刺してあり、煙と香りを漂わせていた。
その形は……トカゲさん?
は?
無理無理無理むーりー!無理なんですけどぉ!
トカゲなんて!ああああ、ポリポリ美味しそうに食べてるぅ、食べてるっ!それにお母さん、まだ無理よって、将来は食べなきゃいけないの?確定なの!?大きくなっても無理なんですけどぉ!
それにトカゲの大きさが無理!ゴブリンって身長1m程か?1mに対しての30㎝くらいの大きなトカゲってって見てるだけでも怖いんですけどぉ!
「おお、上手に火の魔法を使えるようになったな、偉いぞゴブ」
ん!?魔法?
「うん、とーちゃん、これで俺も一人前か?俺、凄い?このトビトカゲも俺が捕まえたんだぜゴブ」
「罠で捕まえたのかゴブ?」
「いや、手で捕まえたよゴブ」
これは、休日の海で、親子の釣りの会話の感覚であろうか?アジコ(小さいアジのことです)、釣れたよ!みたいな。
「とーちゃん、罠はだめだよ、奴らに見つかると大変だものゴブ。ちゃんと、とーちゃんやエルフさんの言うこと聞いているよ。痕跡、足跡は残さない、だろゴブ?」
「そうだ、足跡は残してはいけないゴブ、できるだけ自然に溶け込み移動するのだぞゴブ」
「ゴブ!」
「さあ、俺たちも行こうゴブ」
そう言うと、本当に溶け込むように、周りの風景と同化した。
お父さんとお兄ちゃんが見えるのだけど見えない、透けて見える?そんな感じなのだ。
そして滑るように移動が始まる。
な、なにこれ?振動と音の無いジェットコースターに乗っているみたいだ。
お、お母さん凄い!私を抱っこしているのに、このスピード!どうやって走っているのだろう?飛んでいる?陸の飛魚みたいだ。
え?ということは、私も大きくなったら、こんな風みたいに走れるってことだよね?ちょっと憧れるんですけど。
前は身体弱くて思いっきり走れなかったし。ゴブリンって凄い!
次回投稿は2022/06/15を予定しています。
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