【第23話】 成人の儀式
「王都の学生?誰だ?」
コロさんが、もとい、コロ叔父さんが尋ねる。
ヒュー。
風の音。
隙間風が身に凍みる。
「あと少しでちゃんと塞がるから!」
我が家の大工、ミンお兄ちゃんが叫ぶ。
先日は壁が凍って上手く修理できなかったらしい。
「毒を飲む薬師見習いと、言っていたが」
そうだね、お父さん。
「あいつか、何度か護衛をしたことがある。薬草に夢中な学生だな」
「護衛か?」
「ああ、薬草摘みのな」
「そうか、昨日までいたがな、頃合いだと言って帰って行った」
え?帰ったの?学生さん。
お礼、ちゃんと言っていないよ!
正に、命の恩人なのだけど。
「魔石を幾つか渡そうとしたが、断った。コロ、知り合いならお前からも礼を頼む」
ここでコロ叔父さんが、沈黙する。
「違和感がある」
一言告げる。
「どうした?コロ?」
「あいつは、相手の意を汲む真面目なヤツだ」
「ああ、そのような感じだったが?」
コロ叔父さんの、組んだ腕の指が動く。
「赤髪で短剣の使い手、身長は俺と同じくらい、どうだ?」
「違う、黒髪で杖に仕込みの直刀、身長はお前の肩ほど」
!
え?
別人!?
「別人だぞ、兄貴」
「シン、レイランと語り部を呼べ、魔力感知を最大にして居場所を突き止めろ。人族の足ならまだそう遠くには行っていない、感知出来るはずだ。ケイン、空から探せ!アイ、アラン、ミン、匂いを追え。ランは村人に連絡と説明だ」
「飛龍隊、聞こえていたよな?」
(ああ、聞こえていた。探してみよう。みんな行くぞ)
「3名残せ、村にトラップがあるかもしれん。周囲探査をする」
(了解)
お父さんが苦いお顔で、私とミミお姉ちゃんを見る。
「二人は動くな、その場でレイランと語り部が来るのを待て」
「体内に魔力のトラップか?」
ミミお姉ちゃんが恐ろしいことを口にする。
「そうだ、違和感はないか?ミミ?」
「全くない、調子が良いくらいだ」
「明季はどうだ?」
私は魔力感知を、自分とミミお姉ちゃんに向ける。
「二人とも、問題ない。魔力のトラップはない」と思う。
「逃走時間を稼ぐため、何かあるかもしれん」
少なくとも、私の魔力感知には何も反応しない。
こんな時、亀さん鶴さん夫婦や、ローローとネーネーがいればいいのだが。
まあ、頼ってばかりじゃ駄目か。
不安は感じないし、トラップは無いと思う。
でも、考えろよ、なぜ嘘をついた?
彼は何者だ?
薬、医療の知識は豊富だった。
薬草摘みは嘘ではないだろう。
成り行きで、私やミミお姉ちゃんを助けた?
治療は親切で?違うとしたら何?
獣人について知りたかったからだろう。
獣人はタフだし、ゾアントロピー(獣化)の研究か?
ゾアントロピーはゲーム内の知識だけど、調べたことがあるんだよね。
でもこの世界では、前前世の知識は通用しないかな?
やはり、メインは薬草か?嘘までついて欲しい薬草。
私達の怪我や、氷獣の大量発生は予測出来なかったはず。
まて、ここは妖精の世界、魔法がある世界だ。
予測していたら?
なら獣人族の生体情報か?
タフな獣人族の攻略に使えるぞ?
「お父さん、雪美草ってどんな薬草なの?」
「あれが薬草という認識は、我々には無い」
「コロ叔父さん、は雪美草について何か知っている?」
「知らぬな、兄貴と同じだ」
地元の者が知らない雪美草の情報を、どこで得た?
何処かに端末か図書館ないかな。
ローロンサがいれば、直ぐ聞くけど。
「明季、どう思う?」
お父さんが聞いてきた。
私の意見?私に意見を求める?
「雪美草について知りたい。あと獣人族の生体情報が漏れた。攻略に利用されるかも知れない」
「我々を攻略してどうする?氷獣退治の要だぞ?氷の世界が広がってしまう」
腕を組み、指を動かすコロ叔父さん。
「氷が世界に広がって、得する種族っているの?」
「思い当たらぬ。氷属性の妖精はいるが、数が少ない。生活圏は広がるかもしれんがメリットがない」
「我々傭兵団が邪魔か?その偽物学生、捕まらないだろうな。目的は分からないが、しばらくは単独行動を控えた方がいいだろう」
「そうだな、一族に緊急伝達、今後単独行動を禁止する、期限は、取敢えず春までだ」
誰か来る?これは?
あ、レイランお姉ちゃんと語り部さんだ。
「お邪魔するよ」
高齢の獣人族は軽い足取りで部屋に入る。
「語り部、レイラン、どうだ?」
「異常はない」
一言告げる語り部さん。
「私も、周囲には獣人族しかいない」
レイランお姉ちゃん、緊張している?
「レイラン、施術中はどうだった?」
「横にいたけど、怪しいことはなかったわ」
「明季を恐れて、見落としたことはないか?」
わっ!お、お父さん!
それ、皆の前で聞く?
「ない。怖くても、繋がりを切ったことはない。私の意思の一部は、ミミ姉さん、明季と同じ経験をしている。魂、魄、意思、私に異常がないから二人にトラップはない、異常はない」
!
そ、そこまで感応しているの?
(そうよ、それが獣人族、最高術者である私のお仕事なの。獣人族は洗脳されたり薬で意思操作されたりすると困るの、驚異なの)
(私の記憶、どこまで知っているの?)
(前世の記憶が少し見えたわ。でも凄い炎の鬼神が現れて、死にそうになったの。これより先は命を落とす、と言って追い払われたわ)
(誰かに喋った?)
(語り部と家族。必要以上に喋ると、死を招くといも言われたの。だから私から明季に質問はしない。あなたの質問に答えるだけよ)
うわぁ、これは相当怖い目に遭っているねレイランお姉ちゃん。
「語り部、雪美草について何か知らぬか?」
「何も伝わっておらぬ。逸話もない。他の村もあたってみたがよかろう」
(団長、いないぞ、もう我々の探索外だ)
「足が速すぎる。人族ではないな」
(おい、匂いが途中で変わっている!)
「変わった?人族の匂いだったぞ」
「季羅を欺くとは、上位存在か?」
コロ叔父さんの指が動き出す。
(この匂い)
「どうした?」
(ダークエルフだ)
「!!」
この一言で、村全体が静かになった。
ざわめきが消えた。
「過去の復讐か?」
「しかし、ダークエルフなら我々の生体情報は知っているはず」
「兄貴、王都に向かい雪美草について調べる」
「護衛の依頼とゴブリンのお礼参りはどうする?」
「二人余る、こいつらに王都に行ってもらう」
「ゴブリンのお礼参りが一番だ、いいな?」
「律儀だな」
「取敢えず警戒だ。それと明季」
「はい、お父様」
?
なんだろ?
「……」
(どうした?兄貴?)
(いや、ちょっと感動してな)
「は?」
(わんわんの娘が、お父様と……)
(親馬鹿)
(うるせー羨ましいだろう?お前も早く決魂しろ!子供は可愛いぞ)
(悩みの種ではないのか?)
「明季、お前はもう貴重な戦力だ。成人の儀式を受けてもらう」
「……はい」
え?まだ私、一歳未満なんですけど?
確かにお馬さんとか鹿さん、キリンさん辺りは、生れて直ぐに立ち上がるけど。
どんなの?儀式って?
「心配するな、本来は氷獣を一体、成人戦士と共に倒すのだが」
ふんふん。
「お前はもうミミと倒している」
何体か分からないけど、かなりの数、倒したみたい。
「そこでシン、ラン、コロと共にゴブリン砦に向い、遺品と朱槍を届け、無事戻ってこい。これを明季の儀式とする。いいな」
「本来は付き添いの戦士から戦士としての心得を教わり、旅をしながら氷獣を倒すのだ。期間は1年以上の者もいれば、数日の者もいる」
「コロ、俺の家族、頼んだぞ」
「ああ、わかった」
「……」
(どうした?)
(ランに手ェ、出すなよ)
あわわわわ、この会話、私聞いて良いのかしら?
勝手に聞こえてくるんですけど?
(知っているだろ?成長が遅かった俺の子守が誰だったか)
(……)
(俺はランさんに、オシメとか世話になっているんだよ!逃げ出したいくらいなんだがな。なんで俺を選んだ?)
(ランからのご指名、お願いでね、ま、頑張ってくれ)
(尻に敷かれていないか?)
次回投稿は2023/01/08の予定です。
サブタイトルは 力の粒 です。