【第22話】 夢使い
その琥珀色の瞳と私の黒い瞳が合わさる。
「……おはよ」
そう言ってアイお姉ちゃんは、私の頭を軽く撫でる。
寝起き、悪くない?
「ふふっ、私のほっぺ、そんなに気に入ったか?」
囁くような小声である。
私達の横には、ふかふかの羽毛布団に包まれたシンお姉ちゃんが、就寝している。
「さて?何のことですか?」
自然と私も囁き声になる。
「ふふっ、気に入ってくれて嬉しいよ」
そういってマッパのアイお姉ちゃんは、更に私の頭を優しく撫でた。
ほんと、寒くないのかしら?
身体の半分ほどは、虎柄の体毛が生えているけど……他は丸見えだし。
見ているだけで、寒いんですけど?
壊された壁はミンお兄ちゃんが取敢えず塞いだ。
塞いではあるけど、少し、隙間風が入る。
この隙間風が切るように冷たく、寒いのだ。
「明季は夢使いだったか」
?
夢使い?
なにそれ?どんな意味?
「アイお姉ちゃん、夢使いってなに?」
「おいおい、本人が知らないのか?」
「知らない」
夢使い?超空間のことか?アレは夢の延長線上だけど。
「同じ夢を見ただろう?違うか?私は夢の中で、明季と、シンねえのことや、エノンについて話した気がするが?」
気がする?
「全部、覚えていないの?」
「夢の世界だからな、細部までは覚えていない。だが、お前と会ったことは覚えているぞ。有意義な一時だった。夢使いはその名の通り、夢を使って相手に影響力を及ぼす術だ。癒やしと愛情を与える術とも言われている」
アイお姉ちゃんは、濡れた熱い目で私を見る。
わぁ、なんか大人の女性の視線?
「また、誘ってくれ、同じ夢を見よう?」
「う、うん」
「あ、レイランとは話したか?」
「ん?まだだけど」
レイランお姉さんは私を避けている。
産まれる前はあんなに親切だったのに!
「あいつは怖いんだ、明季の記憶が」
「私の記憶?」
「アイツが言うには、お前の前世の記憶が怖いらしい」
「!」
「私は前世なんか信じていないけどね、明季もそうだろう?」
私の記憶を読み取った!?
どの程度読み取ったのかしら?
「レイランはあまり喋らないが、明季の苦しさや悲しさの記憶が、一瞬見えたらしい。見るという感覚が私には分からないが、その記憶が強すぎて、レイランは耐えられないみたいだ。夢使いで、同じ夢とか見たら、能力がお互いを傷つけ合うかもしれない、とかも言っていたな」
強すぎる能力がお互いぶつかり合う、みたいな感じか?
それも、無意識に?
レイランお姉ちゃんは、能力の感度が強すぎるんだ。
ボリュームMAXで音楽を聴くと、耳を痛める、ということか?
「お話しようとすると、逃げちゃう。さらに追いかけると、追いかけないでって、お願いされる」
「仕方あるまい、レイランは感度よすぎるからな」
「生活に支障とか出ないのかしら?」
さすがに心配になってくる。
「心配か?満月期を過ぎると、落ち着くらしいが、心配なら、語り部に聞いてみるといい今度、一緒に訪ねよう」
あれ?……気配を感じる。
この部屋は、シンお姉ちゃんとアイお姉ちゃんのお部屋だ。
首を回して、隣の床で寝ているシンお姉ちゃんを見る。
「!」
目が合った。
「……うるさい」
あ、自然と声が大きくなっていた?
「ご、ごめんなさい」
私は即、謝る。
「おう、シン姉、おはよ」
そう言って、私を抱きしめるアイお姉ちゃん。
「きゃっ」
思わず悲鳴が飛び出す。
「ひひひっどうだ?シン、こっちに来たぞ?羨ましいだろう?一緒にねんねしたんだぜ」
お、お姉ちゃん、その言い方、なんか誤解を招きそうだよ。
いや、確かに一緒に、ねんねしたけど。
「アイ、よかったな」
「な、なんだよ、その余裕のセリフ!」
「余裕に聞こえたか?」
「じつは焦っているだろう?同じ夢を見たんだぜ、私と明季、凄いだろう!」
「……」
え?まずい、まずい、喧嘩はよくない。
私は血液の治療で、シンお姉ちゃんを、もう一人のお母さんとして認識している。アイお姉ちゃんには悪いが、優先順位一番がランお母さん、二番がシンお姉ちゃんなのだ。
このことバレたらアイお姉ちゃん、傷ついてしまう!
どうする?家族で諍いなんて、私は絶対に嫌だからね。
「シンお姉ちゃん、アイお姉ちゃん」
「なんだ明季?」
「どうした明季?」
「私はどちらも選べないからね。二人とも大切なお姉ちゃんなんだから、私にどちらか選べ、とか言ったら駄目だからね!」
「ギクッ」
あ、アイお姉ちゃん、汗かいている!体臭が変わった!
「ほう、私は思いつきもしないが、アイなら言いそうなセリフだな」
「うっ、わ、私だって言わないぞ!そんな子供じみたセリフッ!」
更に匂いがきつくなった!
獣人族は相手の嘘が分かる?いや感情が匂いで分かる?
「明季、心配するな、私達姉妹は基本仲がいい。喧嘩しても仲直りの方法を知っている」
そう言ってじっと私を見るシンお姉ちゃん。
ん?魔力を使っている?
「明季、お前はもう成人並の判断力があるな?どう思うアイ」
「あ、あると思うよ。私よりも大人だよ、こいつ」
「だよな、どうも見ても明季がお姉さんみたいだ」
「おい、シン!それは言い過ぎだろうッ!」
ニヤリ、と意地悪そうに笑うシンお姉ちゃん。
「アイ、お前明季の指しゃぶっていたぞ、ちゅっちゅっ、て」
「は?」
一瞬、無になるアイお姉ちゃん。
「夜中、抱きついていたのはアイ、お前の方だぞ」
「う、うそだぁ!」
「起きる寸前まで、明季の指、ぱっくんしていただろ?」
え?私の指?おしゃぶりしていたの?
じっと指を見る。
ん?人差し指、ふやけている?
え?獣人族って、回復力、強めではなかったっけ?
「!!」
次に瞬間、私とアイお姉ちゃんは外にいた。
え?どやって移動したの?
あの、寒いんですけど。
「あああああああ明季ッ!絶対に人差し指、匂いを嗅ぐなよ!匂い嗅いだら離縁だからなっ!絶交だぞ!あと誰にも言うなよ!約束だからなッ!」
え?涙声?
それに絶交なんて言葉、使う人いるんだ。
私は指をごしごしと雪で擦られている。
冷たいんですけど。
それに、その、アイお姉ちゃん、裸ん坊だよ?
雪かきしているご近所さん、皆、見て見ぬふりしているけど。
「アイ?」
うげ、お母さん登場!?
お買い物の帰りだろうか、木のかごに、沢山の果物が詰めてある。
後ろのミミお姉ちゃんも、両手いっぱいだ。
あ、そう言えば、昨日の夜、朝一とか言ってたっけ。
「アイ姉、何?その格好?」
ミミお姉ちゃんが尋ねる。
ちょっと笑っている?
あ、でも、お母さんの目は、怖いかも。
「え?」
「衣はどうしました?獣人とはいえ、妙齢の女子が裸とは何事です?」
さっ、といなくなる近状の住人(主に男性)
あ、怖い波動が出ている!
躾、厳しめ?
自分の姿を見て、お顔が真っ赤になるお姉ちゃん。
「か、母さん!?」
そして、お母さんを見て真っ青になる。
「あああああああ明季ッ!この責任は取ってもらうからなッ!」
「え?」
私?
責任?なんで?どうして責任?理不尽?
アイお姉ちゃんはそう言って、転がるように、お家の中に消えて行った。
呆然と佇む私。
私、何かした?
何もしていないよね?
「明季」
「ひゃっ!ひゃい」
……はい、がひゃい、になってしまった。
目が、金色に光ってるぅ!
「え、っとこ、これは!」
ひーっ、な、なんで私が申し開き?
どうしよう?
アイお姉ちゃん、人には言うなって言っていたし、お母さんに嘘はつきたくない!
?
あれ?お母さんが鼻を鳴らしている?
「他者を庇う汗の匂いがします。あなたは不問にします」
え?匂いで、そこまで分かるの!?
ぎろり、と、お家を睨むお母さん。
「ホントにあの子は!見合いの話が来ているのにっ!アイ!」
お家に消えていくお母さん。
ぽつんと残るミミお姉ちゃんと私。
「体調は良いみたいだな?明季」
「ええ、前よりも良いみたい。身長も伸びたし。荷物、持つよ」
「ああ、頼む」
家に入ると、お父さんとコロ叔父さんがもめていた。
次回投稿は2023/01/07 20時の予定です。
サブタイトルは 成人の儀式 です。