【第19話】 スキンシップとは言い難し
ハグは更に強くなる。
筋肉質な腕だな、それと手袋はしているけど指が長いぞ。
あ!?
せ、背中に大きいのが二つ当たっている!
そのやわやわの双丘と、高めの声は、捕獲者が女性であることを物語っていた。
優しい香りのお姉さん?
かぷっ。
「んきゃああああああああっ」
みみみみみ耳噛まれたあああああっ!!!
「ぺろぺろぺろっ」
「ひいいいいいいいいっ!」
く、くび、ぺろぺろやめてえええええっ!
「エ、エノン、やめなさい!嫌がっているじゃない!」
……………………………え?
えのん?
「ちゅううううううううううっっっ」
「あんぎゃ!?ああっあっあっあっあううううっ!」
え?これって!?ま、まさか!?やめてええええええっ!!
「ちゅっぽっん」
キ、キ、キキッ!?
「へっへっへ、もう印も付けたし、この子うちのハズ!決定っ!」
キ、キス、キスマーク!キスマークつけられたああああああっ!?
ひどい!ひどい!ひどいっ!
絶対私の知っているエノンじゃない!
エノンは、こんなことしないっ!
エノンの名前に惑わされた!騙された!
邪魔だ!いらない!前世の記憶!
私は猛ダッシュで保護者の元に走り寄った。
そして、シンお姉ちゃんにしがみつく。
「お、お姉ちゃん!」
「はいはい、酷い目に遭ったねぇ」
ん?なんか含みがある言葉。
「私の気持ち、少しは分かった?ぺろぺろ?」
う!あ、で、でもでも、私はキスマークとかつけていないっ!
「うう、お姉ちゃん!ごめんなさい!」
「……」
「でも、でも、私、キスマークとか付けていないよ!?」
シンお姉ちゃんはシャツを軽く引っ張り、胸元を見せる。
「!」
張りのある胸には、沢山の痣があった。
「お、お姉ちゃん!どうしたのそれ!」
え?
自然と顔が赤くなる私。
お、お姉ちゃん?
彼氏?いや、彼氏はいないはず、いたら匂いで分かるもの。
獣人族は鼻が超高性能だし。
「明季が寝ぼけて付けたキスマークよ」
「うそおおっ!」
「嘘なもんですか、ヒューとミューは小さくて成長が遅いから、お母さんにべったりでしょう?本当はお母さんと一緒は、明季のポジションなんだけどね」
「え?」
何が言いたいの?シンお姉ちゃん。
聞きたくないような……。
「それで寝ぼけて私の布団に入ってくるのよ、しくしく泣きながら!」
ええっ?な、な、なにそれ!ホントに私!?私知らないよ!
「わ、私が?」
(成長が早すぎて、子供らしくないと思っていたけど、いやいやどうして。明季、甘えていいんだよ?)
(ご、ごめんなさい)
(母さんの、あのでかいパイパイは愛情の塊だし、みんな憧れるよね。先客のヒューとミューが独占だからなあ。だからって私のパイパイは母乳でないよ?)
……兄弟姉妹、みんなこのこと知っているのかしら?
私は青ざめた。
(あ、朝は、お母さんの横でヒューお兄ちゃんやミューお姉ちゃんと、寝ているけど?寝ている場所、変わっていないけど?)
(毎回、母さんが連れ戻しにきている)
(み、みんな知っているの?)
(ああ、知っているぜ)
おわた。
夜な夜なチチを求めて徘徊する、見た目小3くらいの女の子?
ホラー?
(気にするな)
気にします。
(アイとかおっぱい丸出しにして寝ているんだ、何でだと思う?)
(?)
(明季が来てくれるのを待っているらしい。絶対私の方が大きいし、形もいいからこっちに来るはず、とか言って)
ア、アイお姉ちゃん?変じゃない?それ?
(明季を、ぎゅうして寝たいんだとよ)
(え?)
そういえば見たことあるぞ。
シマエナガのお団子とかモモンガのお団子映像。
獣人族はスキンシップ濃厚?
寒さを防ぐペンギン?
じゃ、タッチが苦手な人は苦痛では?
(ちなみにレイラン、夜はお婆ちゃんの家で寝ているぞ)
(どうして?)
(怖いんだとよ、色々と)
心外である。
あんなに優しかったのに!
嫌われたのか?
(後で話すといい、蟠りの解消は早い方がいいからな。素直が一番って知っているか?獣人は素直を通り越して単純とも言われているがな)
じっとシンお姉ちゃんの胸元を見る。
チラリ、チラリと痣が見える。
早く、言ってくれればいいのに!
私って夢遊病かしら?
夜な夜な?
キスマークってどのくらいで消えるのかしら?
ごめんなさい、お姉ちゃん。
だんだんと、気持ちが沈んでいく。
(いいよ、許してあげるよ。だから明季もエノンを許せ)
(え?)
どうしよう?
(あいつは生れて間もない頃、人族に掠われてな、戦闘兵器として育てられたんだ)
(え!?)
(さんざんオモチャにされたらしくてな、叔父さんとアランが、王都の騎士団と協力して助け出した。普段はふれあいを極端に嫌うんだが、明季は特別みたいだな)
エノン?
なんでエノンがそんな酷い目に?
人族!
また、人族か!
怒りが込み上げてくる。
何時の時代も!
あいつら、他にすることがあるだろ!!
ふっ、と気配を感じる。
エノンだ。
私は動かず、じっとしていた。
あ、後ろから指を握った!
「う、うち、そんなに酷いこと、したか?お、おい、そんなに嫌うなよ!」
え?涙声!?
魂魄と意思。
コンである魂は全てを記憶するらしい。
魂が覚えている?私のことを?
このエノンは、あのエノンではない。
ゴブリンでもないし、獣人だ。
姿、形が全然違う。
でも魂は同じエノン?
私のことを心配して、戦場に残ったゴブリン。
そして……。
どうする?
私はエノンの手首を握り返した。
「!?」
そして、手首を返した。
「うわっ!?」
引き込まれるようにバランスを崩すエノン。
私は、するすると大木に巻き付くツタのようにエノンに絡みつき、強制抱っこ状態になる。
「え?え?え?」
エノンの首に手を回し、ペロッと鼻の頭を舐める。
「きゃっ」
「それぐらいにしておけ」
ひょい、とお父さんが私を強制回収する。
「エノン、この子はまだ小さい、びっくりして泣いただけだ。お前のことを嫌ってなどいない」
「……ほんと!?ほんとか?季羅さん?うち、嫌われていない?」
「ああ、本当だ。仲直りにちゃんと鼻の頭、舐めたろう?」
「うん」
チラリ、と心配そうに私を見るエノン。
目が合う。
160㎝?成人の獣人族にしては小柄かな?
いや待て、獣人の年齢は見た目では分からないぞ。
そもそも個体差がありすぎるし、年齢不詳が正解かも。
私の目は自然とエノンの耳を見つめる。
ふさふさの耳が、頭部に乗っていてとても可愛い。
時々、ぴっぴっと払うように動くのだ。
あ、ほわほわの尻尾も軽く揺れている!
髪はグレーで、ちょっと長い。
そして時々金色に光る目。
ああ、エノンはお父さんと同じ狼だ。
タイプはアイお姉ちゃんと同じ半獣人だ。
「エノン、狼?」
思わず口に、言葉が上る。
「そうだよ、うち、狼。灰色狼だよ」
「お父さんと同じ狼」
ちょっと羨ましい。いや、かなりかも。
「さてお前ら、そこに並べ!整列だ、飛龍隊」
?
お父さんの怒気を孕んだ声が響く。
私はエノンから引き離され、シンお姉ちゃんの足下に蹲る。
「なんで遅れた?」
お父さんの目が怖くなる。
「部外者のゴブリン達に助けられた。そして彼らは寒さで死んでいった。彼らの命、どう贖う?」
次回投稿は2023/01/01の予定です。
サブタイトルは これ体育会系 です。