【第12話】 明季、暴走す
2匹目が体当たりをしてくる。
さっきのより、でかい。
角のある巨大な頭部が、目の前に迫る。
私は怯むことなく、下がらず、前に進んで氷獣の攻撃を躱す。
そして、私の横をすり抜ける寸前に、お臍に力を込め、抜きを!
ふんっ!
ドオオン、っと響く衝撃音。
周りの雪が吹き上がり、一面、真っ白になる。
鱗が砕け、雪の中に沈む氷獣、これで私は2匹目。
魔獣ラグナルはもっと硬かった、もっと速かった!
後方でミミ姉さんが、氷獣と戦い始める。
一撃で倒していない。
ん?お姉ちゃん?服が?
風に舞い飛び散る服。
獣人族の服はゴツい頑丈なフック一つ外すだけで、あっという間に脱げる。
瞬時にミミお姉ちゃんが猫に変わる。猫に変わる寸前、真っ白い肌が雪に映える。
その均等のとれた裸体に一瞬、目が釘付けになる。
ゴブリンの目が自然と発動する。
鞭のようなしなやかな肢体、うわっ憧れるなぁ。
出ているところ出ているし、へこんでいるところ、へこんでいるし。
野生美溢れるミミ姉さん、素裸の方が格好良くないか?
それに、お姉ちゃん、猫になっても美猫で凛々しいっ!
着ていた服が風に舞う。
風が出てきたか?
雪が舞い始め、段々と視界が悪くなる。
このままいくと、天候で行動が制限されないか?
獣人族は寒さに強いとはいっても、その服装は結構重い、鎧も兼ねた防寒着なのだ。その防寒着が風に舞う?嵐の訪れか?
いつしか太陽は分厚い黒い雲に覆われ、青い空も見えなくなっていた。
凜々しくも可愛い猫が、連続猫パンチで2匹目を仕留める。
そして、凄い速さで私を目指して走ってくる。
あ、回り込まれた!
私は私で、4匹の氷獣の連帯連続攻撃を受けていた。
しつこい。
抜き、の技は一瞬だが『タメ』がある。
氷獣は賢い。魔獣ラグナルは連帯がまったく駄目だった。
が、氷獣は違う!
抜き、という技を見た、と思う。
抜き、を思うように打てない!
打たせてくれない、が正解か?
氷獣は連帯で狩りをしている、そんな感じだ。
休むことなく攻撃を繰り返し、疲労の蓄積を狙っているようにも感じる。
このままでは不利?
服が、重いな。
ならば、私は肩に付いているゴツい金具に手を伸ばし。
パチン、っとな!
一気に服が外れ、風に舞う。
これ、考えた人、凄いな。
……ざむいっ!かっこつけて脱いだけど、やっぱり寒いっ!
でも寒いなんて考えていたら、あっという間に氷獣の餌食だ!
風に舞った私の服は、氷獣の顔に張り付く。
攻撃してきた氷獣が、一瞬戸惑う。
突進した私は、そのまま飛び上がり、舞った服越しに抜きを放つ。
ぺち、という軽い音。
が、効果は覿面、吹飛ぶ氷獣、残り3匹!
その氷獣を支点、足場にして!
回し蹴りっ!
ぺち!
仲間を盾に襲ってきた氷獣は、軽く吹っ飛び、積雪に埋もれるように倒れる。
これで残り2匹!
こいつらを倒せば、あとは、お姉ちゃんのところの一番デカいヤツのみ!
正確に、確実に、一匹ずつ仕留める。
更に飛び上がり!
あっ!
お姉ちゃんを飛び越し、私をターゲットにする巨大な氷獣。
その巨体が、なんと空中で、くるりと回る!
この攻撃!
分かっていても避けられない?
いや『タイ』を返れば!避けられる!
身体の重心を動かし、身体をコントロール!
ギリギリで身体をひねり!
が、丸太のような尻尾が私にヒットする。
あ、慢心していた?
気づいたときには遅い、ってパターン?
おかしい!避けたはずなのに!?
ここで私は致命的なミスに気がつく。
あ、ゴブリン阿騎なら避けられたんだ!
今の私、阿騎より大きいし、重い!
ブロックした両腕は確実に折れている。
雪原にたたき落とされる私。
積雪に深く沈み、一瞬、身動きがとれなくなる。
そして遙か上空から、狙い澄ました巨大な爪が迫る。
ああ、ヤベンさんとナイダイさんに怒られる!
どこからともなく、湧き上がる怒り。
猛毒の爪は私に深々と刺さり、突き抜ける。
詳しく書けない色々なモノが、私の口から吐き出される。
白い雪が赤黒く染まる。
氷獣は、笑い声のような雄叫びを上げ、私を投げ捨てる。
余程私を仕留めたのが嬉しかったのだろうか?
それともこんな声で、こいつは鳴くのだろうか?
が、氷獣の攻撃より、獣人の回復力が上回っていた。
身体は痺れ、激痛が全身を襲ったが、倍速再生以上の速さで傷口が塞がっていく。
あれ?痛みが?
ふっと痛みが消える。
獣人族の再生能力は驚異だな。
だけど、痛みが無いのはおかしい、何故だ?
あ、ゴブリンの回路が一部、開いている!
痛感をカットしている!
血に染まった雪上にゆっくりと立ち上がる私。
「明季!避けろ!無闇に立つなっ!」
?
何言っているの?お姉ちゃん?
聞こえない!
念話を使って!
いや、念話を失念するほど焦っているのだろうか?
!
どうやらこの氷獣は、3匹、一グループで行動するのではないか?
(お姉ちゃん、氷獣に囲まれているよ)
(早く回避しろ!立ち止まるな!)
はい、立ち止まらないよ、私は走り続ける。
止まったりしない。
ゴブリンの時代、走り続けた気がする。
走りすぎたのか、後悔も残った。
後悔だけはしたくないな。
……私の魔力感知は正確に氷獣を捉えていた。
新手、九組27匹。
ん?一部傷口が再生していない?
ドクドクと流れ出る血。
どっ、と前のめりに倒れる私。
何か起きた!?
再び積雪にのめり込む。
それは、爪による攻撃だった。
まあ死角からの攻撃は、ある意味正攻法か。
さすがに傷の再生が緩やかになる。
カチリッ、と何かのスイッチが入る。
それはイメージだったが、明らかに私の動きが変わった。
……これ、もしかしてゴブリンの暴走モード?
ヤバい!止めないと、押さえ込まないと、殺戮マシーンに!
視野が狭くなり、その視野に入る動くモノ全てを粉砕し始める。
な、私の意思だけでは止められない!次々に数を減らしてく氷獣。
?
新手の数の減り方が?
誰かが参戦した?
サーベルタイガーと黒豹、大きな前足が目を引く虎が次々に氷獣を狩っていく。
(ミミ!お前が付いていながら、明季は無事か!?)
(明季が暴走している!止めるから誰か手を貸せ!)
(凄い戦闘能力だな、このまま氷獣を狩らせてくか?あっと言う間に全滅だぞ)
(駄目だ、暴走モードは死のモードだ、止めるのが先決だ)
(明季は俺に任せろ、取敢えず湖に投げ込む)
氷獣とバトル中の私を、空から舞い降りた大鷲が、その大きな爪でガッシリと摑む。
私は大暴れし、抵抗したが、どうにもならない。
その内、湖に放り込まれて、あまりの冷たさに、ようやく暴走スイッチが切れる。
が、その後が大変だった。
もともと獣人族は怪我や病気に強い、薬師無用の一族なのだ。
簡単な毒消し程度しか常備薬はなく、薬草の知識も殆ど無い。
解毒できない私は死を待つばかりになった。
次回投稿は2022/12/21の予定です。
サブタイトルは その薬師は学生さん です。