【第11話】雀と私
学校に着き、靴箱前で上履きに履き替えていると、いきなり蹴られた。
あ、油断した。
小柄な私は軽く転ぶ。
「おはよおおお!おはよおおお!」
相手は3人、男子二人に女子一人、おはようと叫びながら靴で私を叩きまくる。周りの者は止めもしない。まぁ吃驚して動けないのが本当のところだろう。
私がぐったりと力が抜けると、彼らは笑いながら教室へ向かう。
「やっぱ朝の挨拶、ちゃんとすると気持ちいいなぁ」
「ほんとほんと」
ゲラゲラッ。
彼らは親父のグループにいたメンバーの子供と、親父に挑んで返り討ちにあった男(無謀な人だ)の子供だ。
彼らの親は未だに後遺症に苦しんでいる(詳細は書きたくない)親父の追い込みは徹底していた。彼らの父親は生涯バイクに二度と乗れないだろう。
親は親でご自由に、私は私で勝手に別口で頑張るから。でも世間はそう見ない。私は極悪非道のゲロヤローの子供だ。
教室に入ると、私の席に百合が飾られていた。よく見ると造花だ。近づくと椅子にも何か置いてある。
「!」
雀の亡骸だ。
先程の3人がくすくす笑っている。
「すずめ、食うか?焼き鳥か?刺身?」
「死人は食べないよ、墓場で寝とけよ」
私はゆっくりと教科書の沢山入った重いバッグを、机の横に置いた。
3人は横並びに着席していて、一人は私に向かって千切った消しゴムをねちねちと投げつけている。
私は静かに3人に近づいた。
私はネコが好きである。
イヌが好きである。
蝶も好きである。
毛虫は嫌いだけど、蜘蛛は割と好きだ。
カラスも好きだし、うるさいヒヨドリも好きだ。
小さい雀の群れなど見ているだけで和む。そう、私は人よりも動物よりだ。
人は私を虐めるし、無視する。
でも近所の野生のネコは、私を見ると寄ってくる。
嬉しいではないか!たとえそれが餌目当てでも可愛い。
施設の隣、あのでかい家のセントバーナードも、私を見ると、尻尾をゆっくりと振る。
私は我を忘れるほど怒りに染まった。
雀が何をした?あの鳥は私を虐めるために殺されたのか?
遊びで殺したのか?
ゆるさん。
今までの私は何処かへ行ってしまったようだ。
「あぁ?近づくな、びんぼー臭が移るんだよっ、ハゲ!」
そう言って威嚇するように主犯格の男子が荒々しく、席を蹴るように立ち上った。
身長180㎝以上、私にとっては巨人に等しい。
誰も怖がって逆らわない、先生さえも。
私は臆することなく、巨人を見上げた。
「誰が殺した?」
耳元でアトロニアが報告する。
(目の前の男子が雀を設置、殺害は確認できません)
「そう、なら聞くまでね」
「なに言っている?あれぇ?挨拶で叩きすぎたかな?」
そう言って主犯格は一歩近づいた。
間合いに入った。
「遊びで殺したのか?」
相手の目を見て私はそう言った
「殺してやろうか?このチビビッチ?」
田崎さん、ここだね。
私は脱力して、おもいっつつつつきり相手の足の甲を踵で踏みつけた。
ベキリッ。
「う、ぎゃあぁあ」
相手は田崎さんの教えの通りにお辞儀した。
そこで両足を踏ん張り、腰を回して相手の顎の先端を打ち抜いた。
拳は小指から握り締める、ちゃんと握ったよ。
殴った拳は痛かったが、怒りが上回っていた。
相手は膝から崩れ落ちた。
立ち上がれず、もがいている。そいつの眼球が、左右に細かく動いているのが見えた。
残り二人。
もう一人の男子は一瞬固まったが、すぐに立ち上がり私に向かってきた。
しかし先を制したのは私だった。
殴った左拳をそのまま躍らせ椅子を掴んだ。
そして身体を回転させ、遠心力を利用して相手に掴んだ椅子を叩きつけた。
教室に暴力的な音が響き渡る。
一瞬の動作が生死を分ける。
判断して動いても遅い、これは田崎師匠の教えだ。
動かなくなった二人の男子を一瞥し、眼だけ動かし、残りの女子を見る。
女子は口をポカンと開け、現実を受け入れられない瞳で私を見た。
「み、み、み、み」
何が言いたい?
私が無言で一歩踏み出すと彼女は、ぶるっ、と震え失禁した。
「こ、こないで、み、道端に落ちてただけよ、こ、殺してな、い殺してないっ!」
背後で気配がした。
「も、もう、やめろよ」
私は振り向かない。
「そ、そうだよ」
クラスメイトが止めにはいった。
私は叫んだ。
「ふざけるなっ!何を言っている?」
世界が、氷の世界になる。
「私が階段から突き落とされた時、お前ら笑っていただろう?あの時は手首を折った。蹴られた時、殴られた時、お前ら止めもしなかったろう?肋骨にひびが入ったぞ、私は保健室に這って行った、一人でだ!今更何を言う!私の時だけやめろだと!貴様らも同罪だ!」
振り向きざまに誰のか知らないが、机の上に置いたあったペンケースを掴み投げつける。
誰かに当たったらしい。カコーンと良い音が響く。
私は自分の机に向かい、花瓶を黒板に投げつけ、椅子の上に目を落とす。
死んでいるのは雀か?それとも私か?
この雀、車に当たった?猫に襲われた?それとも病気か?
ああ、ここでハンカチを使うのか。私は制服のポケットからハンカチを引き出し、雀を包んだ。
そして何事も無かったかのように教室を後にする。
校庭の北側、そこに梅の木がある。樹齢は何年か知らないがとても大きい。
その梅の根元にそっとハンカチを置く。
背後に気配を感じ振り向くと、クラスメイトの男子が一人、立っていた。
顔は知っている、が名前は知らない。
私にとってクラスメイトは、その程度の存在だ。
右手にスコップを持ち、左手には血に染まったハンカチを握りしめている。
眼を伏せ、私の方に顔を向けない。
眼を合わそうとしないのだ。額からは血が流れている。
私は一瞬怒りを忘れ、思わず言葉が毀れた。
「どうしたの?血が……」
男子は、ぼそりと呟いた。
「これ、天罰。気にするな」
あ、私が投げたペンケース……運の悪い奴だな。
「たぶんここだろうと思った」
……カンは鋭い奴だな。
「おれ。強くなりたい」
またぼそり、と呟く。
参考までに聞いてみた。
「どのくらい強くなりたいの?」
初めて眼が合った。
「……ペンケース避けれるくらい」
は?なにそれ?私は笑いの衝動を辛うじて抑えた。
「俺、本当に強くなりたいんだ、今まで何もしてやれなくてごめん」
私はその言葉に自分の眼光が鋭くなったのを自覚した。
その『ごめん』と言う言葉に対して怒りが再燃した。
彼は私の眼光に耐えられず、また眼をそらした。
私の横をすり抜けると、ハンカチに目を落とした。
ザッザッゴツゴツ、不規則な音が静かに響く。
「これくらいでいいかな?」
梅の木の根元に穴を掘り終えて、彼はそう言った。
「たかが雀とか思わないの?」
「思わない」
「……そう」
足音が近づいてくる。
「亜紀……」
「あ、まどか」
「!あ、お、俺はこれで」
一瞬にして真っ赤になる顔、男子って本当にこんなに赤くなるんだ。
「ちっちょっと待ちなさい!」
まどかが慌てて引きとめる。
「あなた怪我しているじゃない!どうしたの?保健室に……」
「あ、いやこれ天罰だから」
「は?何言っているの?亜紀、ちょっとこの人連れて行くね」
「俺?いい、必要ない」
迷惑そうに彼は半歩下がり、駆け出そうとする。
「よくないわ!」
「どうして?俺必要ないって言っているのに」
「怪我している人見たら、助けるのはあたりまえでしょう?ほらスコップ置いて!」
「怪我人助けるのは、当たり前か?」
「あたりまえじゃない!ほっとけって言うの?」
まどかは本気で怒っているみたいだ。彼は唇を噛締め私を見た。
「俺にはその資格が無い」
まどかが一瞬私を見た。
徐に彼の制服の襟を掴むと「うるさい!ぐちぐちぐち、さっさと来なさい」
そう言って引きずるように校舎へ向かって歩き出した。ローロンサの前では絶対にしない行為だろうなぁ。
私は雀をそっと埋めて、その場を後にした。
次回投稿は2022/06/06の予定です。