【第10話】 氷獣
「私に付いてこれるとは、大したものだ」
ぜへーぜへー。
「ここは雪が深い。普通なら腰まで埋まり、沈んでしまう。獣人族は雪の表面を魔力で蹴って走るんだ」
ぜへーぜへー、そ、そうなんだ。
「私の走りを真似しただけではないな。昔見た、ゴブリンの森の走り、に似ているな、明季の走り方は」
!
や、やばいかな?なんで知っているのよ!ミミお姉ちゃん!
ミミお姉ちゃんは平然としているが、私は湯気が出るほど体温が上がっている。
勿論、息も上がっている。
おかしい、獣人族って体力無限じゃないの?
辛いのは私だけ?お姉ちゃん、平然としているし。
なんか、身体の使い方、わたし残念?知らない?
「氷獣についてだったな?」
その前に、楽な走り方教えてっ!
「氷獣は強い。鱗は硬すぎ、まず矢は通らんし、槍もきついな。倒すには接近戦の斧か棍棒でぶん殴るのが一番かな?」
うわ、ラグナルではないか。
「お……おきい……の?」
ゲホゲホ!空気が冷たすぎる!
胸が、肺が痛い。
(無理して喋るな、念でいいぞ)
お姉ちゃんが私の頭を撫でる。
あ、痛みが瞬時に治まった?
ええっ!?
呼吸も楽になる。
なんだ!この回復力!
お姉ちゃん、ヒーラー?それとも、これが獣人族の回復力なの!?
平然とお話を続けるお姉ちゃん。
「大きさは様々だ、大きいのは腕の幅5つくらいかな?あと、爪に毒がある」
5m程か?
(腕の幅5つ?ん!?毒?)
「そうだ、猛毒だ。不死と言われている私達が麻痺するほどのな」
(死んだりしないの?)
「他の種族は即死だな、獣人族にも稀に死亡する者がいる」
(厄介な毒だね)
猛毒の爪に注意、と。
(その、毒は扱い簡単なの?)
「毒?抽出さえ難しいぞ、氷獣が死んだ時点で変質し始めることが分かっている」
(少し安心。そんな凄い毒、悪用したら大変だもの)
「……毒に比較的強い個体もいるぞ、無効の者もいる」
え?無敵?誰?
「知りたい?」
こくこく。
「我らが父上とその弟、叔父さんだ。毒物を受け付けない」
と、とうさん?
何故か私のテンションが爆上がりした。
お父さん!最高!
やっぱり、戦艦お父さんは凄い!
なんだ!この感情?
お父さんが強いと分かると、無茶苦茶うれしい!
ん?でも叔父さん、村で見ていないぞ?
「叔父さんは、外の世界を知るために旅に出ている」
含みのある言い方だな、もしかしてスパイかな?諜報活動ってヤツだ。
「今は、傭兵団の団長をしている。父さんの次に強い、大鷲の獣人だ」
……途轍もなく大きくて、空母みたいな人か?そんな感じがする。
「毒については試したことはないが、私達にも毒無効の可能性がある。まあ、私達家族は毒で死にはしないが、動けなくなるだろうな。で、ミスしたら氷獣の餌食になるだろう」
慢心にも注意、と。
(その、大鷲の叔父さんって、尊敬できる獣人なの?)
ストレートに聞いてみた。
「多分、氷獣の群れの話が出たから、父さんが呼び戻すと思う。叔父さんがどんな獣人か、明季、お前自身の目で確かめな」
(お姉ちゃん、なんか楽しそう?)
「外の話が聞けるぞ、明季」
「!」
(それは嬉しいね、お姉ちゃん!)
「ああ、楽しみだ。まあ、話が聞けるのは、氷獣を倒したあとだがな……」
じっと私を見つめるお姉ちゃん。
あ、目が猫の目になっている!
どうしたの?
「やはり……語り部やお婆ちゃんが言っていたとおりか」
(?)
「お前は異常だ、明季」
(え?なんで?)
やば、しまった!
お姉さんだからと安心して、喋りすぎた!質問のしすぎだ!動きすぎた!
「色々な知識があるな?記憶の蓄積があるように感じる。一夫多妻制や性知識、質問が成人、戦士の質問みたいだ。それに身体の使い方、熟練を感じたが?」
(それは……)
「時々、思考、意思を読めないようにブロックしていないか?どこでその技術を覚えたのだ?」
(そ、それは……えっと)
まずい、何と答える?
はしゃぎ過ぎた!
「ボカロって何だ?一曲歌う?酒のことか?」
うげっ!聞こえていたの!何と答える!?どうしよう!
(レイランお姉さんが、一族最高の魔法使いと聞いたけど、ミミ姉さんだったのね?)
「いや、違うぞ?レイランが一番だぞ、魔力量はエルフ並みだ」
(え?)
「ただアイツは、他者の思考が嫌でね、使わないのだ」
(他者の思考って?)
「私達の村の住人は比較的、良心的だ」
(?)
「男が女を見るとき、どんな目で見ているか、知っているか?」
(!!)
あ、元健全?なゴブリン男子としては、少しだけ分かる。
「私は、歪んだ男女の脳内犯罪は無視出来るが、レイランはできない。能力が高いだけに、感応度が高すぎるのだ。意思を逸らすだけでいいのだがな」
(脳内犯罪?)
「脳内で欲望を果たす行為、これは個人の自由だ。だが、異性や同性に対して犯罪行為を繰り返す者もいる。そんなの見たいとも思わんし、近づきたいとも思わん。感応力を持つ、能力者の悩みの一つさ」
(脳内を覗かれた男女は、居たたまれないのでは?)
「恥じ入る男女は好ましいと思うぞ、世の中には、脳内エログロ思考をまき散らす輩もいる。敏感なレイランは耐えきれないのだ」
そういえば、おばばさまも似たようなこと言っていたな。
獣人族って性犯罪が多い?
私の体温は一気に下がり、嫌悪感に包まれる。
「死刑だ」
(え?)
「男女を問わず、他者を犯した者は年齢、身分、関係なく即、死刑、それが獣人族の掟だ」
(!)
「昔、ダークエルフの王が獣人族の歌姫を犯した」
(え?)
「歌姫は自ら命を絶った。不死といわれる我々が命を絶つ、どういうことか分かるか?」
死なないと言われている肉体で、死を選ぶ?
え?想像すら出来ないよ。
(自殺は……悲しい)
「悲しい?自殺を肯定も否定もしないのか?」
(今の私は……肯定も否定もできないよ、ただ悲しいだけ……)
亜紀の時、一度ならず死を望んだ私は、絶望がどんなものか、少し、わかる。
「私達の先祖は、北の大地の守りを放棄し、ダークエルフ国に攻め入り刃向かう者は全て切り伏せ、その王を討ち取った」
(せ、戦争したの!?)
「ああ、未だに獣人族とダークエルフは仲が悪い。このことが原因とされている。やつらの言い分は、歌姫が王を誘惑し、闇の世界に誘ったそうだ」
(な!なにそれ!ゆるせんっ!)
「だろ?」
獣人族、凄くない?
「強い感情は、相手を威圧したり、傷つけたりする。分かるだろう?」
こくこく。
「能力者はそれらに敏感だ。私は感情起伏が激しいから、自分なりに感情について勉強、学習したのさ。そして持てる魔力を、最大限に活用している」
最大限に活用?凄いな、訓練方法とか聞いてみたいかも。
「レイランは魔力行使を躊躇って逃げているけど、それを非難するヤツはいないよ。誰だって黒い感情はイヤだからな」
(レイランお姉さんは……例えば、10ある魔力を、怖くて3しか使っていないけど、ミミ姉さんは5ある魔力を5、全部使っていると?)
「正解。で、今までの質問から考えて、明季、お前もかなりの術が使えるみたいだな?私は、語り部やお婆ちゃんから教わったが、明季、お前は生れる前から使えたのではないのか?」
!
(う、お、お姉さん、何言っているの?どういうことかしら?)
「誤魔化すな、ホルダーという言葉、聞いたことないか?」
うげっ!!
何故その単語がここで出てくる!?
次回投稿は2022/12/18の予定です。
サブタイトルは 色々困る です。




