【第10話】 ナツ目覚める
ああ考えることがいっぱい。
まどかの病気、明日の学校、ナツのこと……両親が残した負の遺産、要は私、敵持ちってやつだ。
カタキモチはきついなぁ何時襲われるかわからん、心が休まらん。返り討ちに出来る技術があればいいのだが。
まずナツだ。
ナツの基本プログラムは終わっている。ローロンサ達が私の意見を参考に組み上げたのだ。
ナツを起動して、まどかの三重らせんを解析させる。色々考えながら施設の門を潜る。
ん?
部屋のドアを開けるとパソコンが立ち上っていた。藤木家からプレゼントされた最新機種だ。スピーカーから聞きなれぬ声が響く。
「今晩は、私、ナツ、よろしくね!」
「え?」
「これマスターのダチの遺伝子情報、そんでこれが異常個所、こっちが組み換えのワクチン情報、あ、正式にはワクチンではないのよねぇ」
そいつは朗らかな声で、歌うように言った。
「……」
か、神様はいる……かかか感謝をっっ!
私が沈黙していると更にしゃべり続ける。
「あああ、もう時間が……マスターあと一言。これからも末長くよろしくお願いします。私を創ってくれてありがとう!」
ぶつん、と言ってパソコンがシャットダウンした。
「なに、今の?」
ぶぅん
「あ、再起動した」
私があっけに取られていると、聞き慣れた声が響いた。アトロニアだ。
「どうでした?アキ?ナツとのキスは?」
「どどど、どうって、完成したの?」
「つい先ほど。組み終わると同時に勝手に起動しました」
「え~っ?いいいの?それ?」
「さあ?私達がアキの指示に従って組みはしましたが、ナツは基本的に我々3ソフトを超える存在ですので、こと一度起動すると手に負えません。今の処、アキ以外の指示は受け付けないでしょうね」
「……私が死んだらどうなるの?」
「野放しです。もしその死因が事故でしたら、相手は必ず不幸になるでしょう。なにかの病気で病死でも、対応によってはその医療機関は不幸になります」
「ちょっとナツを呼んで」
「無理です」
「は?」
「ナツについて説明します」
「取り説?」
「そんなところです。注意事項、まずナツは一日20秒しか活動できません。それと先ほども話しましたが、アキ以外の上位存在は認めません、後は我々と同様の扱いでOKです、以上」
「……」
「……」
「質問いいかな?」
「どうぞ」
「なんで一日20秒?」
「我々三組のソフトは電子機器が開発された当初から存在しています」
「あ、それ校長先生に聞いた。もの凄く気薄な存在で方向性というか、癖みたいな存在だったって」
「はい、それをろ過、抽出、煮詰めて、存在を濃くしたのが私達です。ですから私達は何処にでも電子機器があれば存在できますし、活動時に熱量が発生しても誰にも気づかれません。開発者達は私達の存在に気付かずに熱量計算しますので」
「本来はコンピの熱量は低いのね、校長先生が言っていたなぁ」
「はい、人類から見れば私達はコンピや電子機器にパラサイトしている存在に見えるでしょう」
「……ナツは違うと?」
「はい、我々とは存在が違います」
「どこかの記憶装置内に存在していて、電気をがばがば食べると?」
「正解です。ナツの消費電力を世界中から集め、ごまかせるのは一日20秒が限界です」
「……それって盗電じゃない」
「電気をもらった機関には我々がそれ以上の利益が出るように動いています。公にはできませんが、フォローはしています」
「いいのそれ?」
「どうでしょう?校長先生が我々を抽出しなければ、この世界の電子機器はここまで発展していません。近々我々以上のソフトが開発されるでしょうが、それも我々の功績の上に成り立っています」
「……私の手に余る問題だねぇ。いち中学生は思考停止し、この問題を先送りにすることにしましょう」
「逃避ですか」
「そうよ、それよりも私は日々の生活、目の前の生活が大事なの!」
おそらく私のこのセリフをアトロニアは予測している。本題はこのあとだ。
「では本題です」
ほらね。
「校長先生のノートより、水圧発電の開発、設置を提案します」
「あれかぁ……もう用意しているのでしょう?」
「はい。ローロンサ、ルカトナもスタンバイしています。ナツの運用には膨大な電力が必要です」
「ならお願い、開発、設置を許可する」
「「「イエス、マイ・ロード」」」
水圧発電は特殊な磁石と液体スプリングを使用した発電機だ。海溝に沈め、機器に加わる水圧を利用して発電するシステム。校長先生が生きていれば早々と実現していたシステムだ。
海に沈めるだけで発電、夢のような発電機!
「期間はどのくらいかしら?」
「シミュレーションでは10日です」
「と、10日?それだけ?期間短くない?」
「いえ、十分です。内2日は予備日です」
「それだけの日数で施工できるなら、何故校長先生はしなかったの?」
「ナツの演算が大きく影響しています」
「一日20秒でフル活動しているのね」
「はい、それでナツからの伝言です」
「私に?」
「明日は登校するな、休めば虐めは終わる。登校すれば不確定である。以上」
「なにそれ?」
「さあ我々には……ナツのみが見た未来図でしょう。どうされますか?」
「行くわよ」
「即答ですか」
「ダチと約束したからね」
「ではハンカチーフを必ず持参してください」
「なんで?」
「ナツからの指示です」
「……わかった持参する」
さて明日はどうなる?まどかの治療の目途が立った、あっさりと。これは神社にお礼参りしなければ!神様ありがとうございます。
それに、いじめも終わるとは、どういうことだ?とりあえず、明日も頑張って生きるとするか。その時、ブンッと音を立てパソコン画面が切り変わる。
画面に金髪の騎士が登場する
「アキ、明日のログインは20:15だ。まどかが楽しみに待っている。忘れるなよ」
「……ローロンサ、あなたも楽しみにしていない?」
「私はAIだ。感情は無い。あるのは独自の方向性とその対応だけだ」
「ほんとかしら?」
「感情があるように見えているだけだ。プログラム以上のことはできない」
「3体でお互いにプログラムし合っているのでしょう?」
「それでも限界がある」
「ナツはどうなの?」
「彼女は特殊プログラムだ。限りなく人に近い。我々から見れば、彼女はバグの塊にしか見えないのだが。解析もできない個所が多くある。コアAIや我々旧AIとも違う別系統の存在だ」
「基本のプログラムは校長先生よね?」
「違う」
「え?」
「アークマスター(校長先生)は見つけた、と言っていた。何処で何を見つけたのか我々は知らないし、アークマスターは答えてくれなかった。アークマスターとマスターのプログラムはナツのコアを目覚めさせる呼び水、刺激でしかない」
「見つけた?何を見つけたのだろう?それにリングって言っていなかった?リングって何?別系統のコアのこと?」
「リングとはインフィニティーリングのことだ。すまんアキ、これ以上は話せない」
「ナツは危険?」
「危険ではない、アキしだいだ」
「私?」なんで?
「そう、ナツはマスターに基本服従する。アークマスターがリングに刻んだ言葉だ。それにアキは我々より優秀で未知のリズムを使用しているが、弱い」
「は?強くないの?」
「スペックは我々3体を軽く凌駕しているが、ハッキング等戦闘に向いていない。ルカトナと私が一部ナツと融合して強化しているが、攻撃性がほとんどない。対象を傷つけることを極端に嫌っている」
「大丈夫なの?」
「問題ない。そのうち我ら3体と完全融合し、我ローロンサ、アトロニア、ルカトナ、ナツは一つになる。更に、一つでありながら同時に4体でもある、そんな存在になる予定だ」
「アキが弱い存在なら、皆で守ってあげてね」
「了解した。アークマスターもフォローしろと言葉を残している」
これから一年後に彼らは融合する。融合して変わったか?確かに彼らは変わった。より高性能ではなく、より人類に近づいた感じに。
そして私にとってけじめの日が訪れる。
その日はよく晴れていて、施設の木々に小鳥が止まり、忙しくも楽しそうに囀っている、そんな長閑な朝だった。
次回投稿は2022/06/04予定です。