【第107話】 あるゴブリンの死
少し早めの投稿になりました。
「どう言うこと?あなたは何者なの?魔族チクリ?」
「我か?我は知りたがりの魔族だ。本来、この地に我は近づくこともできない存在だ。お前には感謝しているぞホルダー阿騎。ここは天地創造、星々や宇宙世界を作り出す高次元世界の雛形だ!」
エノンの目が少しだけ動く。
「ああ、そうだよ私が亜紀だよ、これが私だよ」
「……」
そっとエノンの手を握る。
(阿騎くん?女の人?)
(ええ、そうよ。ここでは私、女の子なんだ)
(エルフさんみたいで綺麗)
(綺麗!?ありがとう)
(うち、死ぬのかな?)
(!)
(故郷で阿騎くんと決魂して、赤ちゃん沢山産んで、育てて、仲良く、楽しく暮らす予定だったのだけれど……うち残念)
怒りと悲しみが全身に満ちる。
「ちょうどいいではないか!物質の接触行動ではなく、心のふれあいで子が出来るのだ!お互いを思う気持ちが強ければ強いほど、能力の高い子が生れる!さあ我に高次元の奇跡を見せよ!」
おもいっっっきりこいつをぶん殴りたいっ!!と思った瞬間、それが現実化した。
周囲の力が、一斉に魔族チクリに集中する!
魔族チクリの周囲の空間が異様に歪む。
魔力を、大きくまき散らしながら吹飛ぶ魔族チクリ。
「げはっ」
そして魔族チクリは消えてなくなった。
「ねさま、すごい。魔族チクリ、言っていたよね?ここで起きたことは現実世界に反映されるって。可哀想に、現実世界に戻ったらあの魔族、どうなるんだろう」
しるか。
不届き者のド変態め、赤ちゃん作るところ、我に見せよ、だと!?神楽ならいざ知らず、秘め事は見せるモノではない!
その時、九州で見た神楽を思い出した。
まどかとの旅行、楽しかったな、数少ない安らぐ思い出の一つだ。
あ!?
私の手を通し、エノンの何か?が流れ込んできた!?
それと同時に、私の中の何かが、傷ついたエノンの身体に流れていった。
花の渦?
綺麗な花の渦巻き?それに何これ?梅の花の香り?
((か、身体が、身体が熱い!))
エノンの身体が小刻みに震え出す。
棘が貫通し、ボロボロだった身体が徐々に回復し始める。
エノン、助かった?
(阿騎くん、お腹が暖かい)
え?
エノンの目は潤み、優しいため息を一つ。
「ねさま、この子が生れたとき、魔族チクリに利用されないように、僕の意思も少しだけ、エノンちゃんに渡すね。僕の記憶が、この子達の役に立つはず」
え?この子!?この子達!?
「ねさま」
「?」
ルカトナちゃん?雰囲気が?
「さよならだ。サイザンお兄ちゃん、頑張っているけど間に合わないみたい」
え?
「飛龍隊も3機しか残っていないし、ハーピーさん達も皆、倒れたみたい」
「ルカトナちゃん?」
飛龍隊?
「流石の元帥さんも、不通り島の援軍は、気づかなかったみたいだね。粒の兵器が動き出したみたいだから、僕が中和して無効化するよ。余った僕の魔力はサイザンお兄ちゃんにあげる……敵の数は……3000か」
「待って!ルカトナちゃん!」
「駄目だよ、このままだったらニトお父さんとリュートお母さん、死んじゃうよ。僕、あの二人、好きなんだ」
そう言ってルカトナちゃんは消えた。
「え!?待って!待ってルカトナちゃん!」
亀さんは何も言わない、鶴さん夫婦も沈黙している。
彼らは、アドバイスはする、が、私達の選択に是非は言わない。
私達がどのような選択をしようと、彼らはそれを尊重する、そんな存在なのだ。
だけど、亀さんも鶴さん夫婦も何か悲しそうだ。
ふっ、と焦点が合う。
轟音が響く。
戦っている?
どこだ!?ここ?
あ、魔木!
今までどこにいた?夢の世界?
覚えているか?
うん!覚えているっ!
「ゴブッメイドン!!」
「はいデス!!」
「プラン変更ゴブ!私が魔木にあらゆる手を使って、とどめを刺すゴブ!エノンを連れて避難、もしくは首都を目指せゴブ!敵の数は3000に増えているゴブ」
「了解デス」
ここを早く終わらせて、お兄ちゃんの援護に向わないと!
ルカトナちゃん!
(元帥さん!魔法部隊の召喚はできますか?)
(いつでもよかよ、俺っ達ん所の魔法部隊は一つじゃなかけん、何時でも喚びなっせ)
「アクセス!!」
スケルトン100名の戦士はあと少しで時間切れだ。
召喚が重なるけど、魔力的には問題ないな。
明らかに私の魔力使用上限が上がっている。
多分、瀕死から回復したことが原因だろう。
召喚した魔法使いは100名、黒頭巾の女性スケルトンだ。
(同調いいかしら?海水を竜巻で巻き上げ、大量の酸素を含ませ、魔力飽和させる。その竜巻で魔木を包み、枯らします。これで駄目ならもう一度雷を使い、そのあと炎を使い焼き払う)
(分かった、ホルダー阿騎。あの魔木、エノンを傷つけた、ゆるせん)
(ホルダー阿騎、エノンは無事なんだろうな?)
エノン、人気者?
(メイドンが護っているから心配ない。ドライアド・トルクさま、魔木を枯らします)
私が宣言すると、私達もフォローします、と答えが返ってきた。
更に強まるドライアドの結界。
ん?黒い種に動きが?
黒い種はむくり、と起き上がり、黒い液体を撒き散らしながら、割れ始める。
中から這い出てきたのは……何だ、あれは!?
カラカラに干からびた、三面六臂の……鬼女?
目は赤く、口は耳元まで裂け、短刀のような鋭い牙が不揃いに並ぶ。
口を閉じたら怪我するのでは?と思うくらい恐ろしく長い牙だ。
触る前に切れそう!
右の顔は傷だらけで、天と地を、人族を、妖精族を、生きている者全てを呪っていた。
「私を見捨てた天と地よ、呪われよ!ドライアドとして世界をこんなにも慈しんだのに!消えてしまえ、生きとし生けるもの達よ!全て消えてしまえ!滅んでしまえ!」
左の顔は涙や鼻水、嘔吐物を吐き出しながら、自分を呪っていた。
「私は慢心していたのであろうか?己の力に溺れていたのであろうか?魔族に捕まり、生きていけないほどの辱めを……こんな自分、消えてしまえ!」
そう言って自分を何度も何度も、叩き続ける。
腕も、身体も壊れては、再生、これをを繰り返している。
そして、真ん中の顔は、虚無的な赤い目でポツリ、ポツリ、と小さな涙を零しながら……私を見た。
その目は虚空の目だ。
見るもの全てを破壊する目だ。
事実、強い破壊力秘めた魔力の塊を、際限なく周囲に放っている。
まるであの頃の自分を見ているようだ。
その怨念は周囲の大地を、ドーム基地を腐敗させ始めた。
根の瘤から生れた分身も、もだえ苦しみ、腐敗していく。
ボロボロと崩れ去る基地、悪臭を放ち、毒沼になる大地。
ああ、私が虐められていた時の思いと、同じだ。
私は沢山の男性や女性から、とても酷い目に遭わされた。
両親への憎悪は、私に向けられた。
理不尽な暴力、私が何をした?
被害者の私は、加害者になろうとした。
世界を呪った。
世界を壊そうとした。
それは孤独だった。
私が立ち止まったのは、思い出があったからだ。
目の前のドライアドは、あの頃の私ではないのか?
私は少し、いやかなり、躊躇った。
このままでいいのか?このドライアドさん。
しかし、打つ手がない。こんな途轍もない毒念の塊みたいな存在、OVERKILLを使用したところで、簡易転生できるか?
亀さん鶴さん夫婦の答えはNOだ。
誰かが止めないと、世界が壊れる、このドライアドさんは危険すぎる。
お兄ちゃん、ルカトナちゃん。
ニトお父さん、リュートお母さん、エルフさん、ボンバーズ。
そしてエノン、コロ隊長、おばばさま、ナイダイさん。ちびちゃんズ。
ああ、ちびちゃんズ、みんな無事かな。
空から風が巻き下ろしてくる。
海に接したそれは、轟音と共に海水を巻き上げる。
周囲を破壊しながら、海水の竜巻が種を包む。
あらゆる物を巻き上げ、その渦で粉々にする巨大竜巻。
「がっ……………」
魔力を帯びた酸素と海水が、巨大化し始めた魔木を粉々に粉砕していく。
魔族チクリ、嘘ではなかった。
アイツを信じることができていれば、被害も少なく出来た。
アイツを素直に見ることができていたら、粒の兵器も……。
前世の記憶が邪魔をしたのか?いや、記憶が無くても同じだったろうか?
苦しみながら消えていくドライアド。
それでも世界への攻撃はやめない。
魔族チクリ、人族、ゆるせないなあいつら。
世界を呪うように仕向けた。
だけど、これでいいのか?よかったのか?
(ホルダー阿騎)
ドライアドさん?
(我々は聖と魔の属性を持ち合わせています、あの妹は魔の属性が強かった。魔に惹かれ、共振したのでしょう)
共振?
(植物は力を持っています。少量、適量で薬、多ければ毒。魔族チクリと人族はより多くの毒を使ってモ・カとド・カを虜にしたのでしょう、恐ろしいことです)
もう一人のドライアドが言葉を添える。
(許したくないな、魔族、人族。私の大好きなお姉さん達を)
(ユ・ミ、モ・カだけでも助かったのです。ド・カは強力なドライアド、トルク一族の中でも強者です。それこそ勇者か魔王クラスの力がないと、簡易転生は無理です。真名をもって異界に送りましょう)
まことな?私は気になって聞いてみた。
(真名って?)
(ス・ミ姉さん、それは迷信でしょう?遙か昔、本当の名前は隠さないと悪意の者に支配、利用されるって、言い伝えだよ)
(ホルダー阿騎、遙か昔、私達は名前の一字を隠していたのです。今では隠す者はいませんし、真名の言葉自体、伝わっていませんが。私の真名はドライアド・トルク・マスミ、同族の者はス・ミ、と呼んでいます)
(私はドライアド・トルク・マユミ、ユ・ミよ)
あ、私の世界が震えだした、そういうことか。
(彼女の名前はドライアド・トルク・マドカ、皆はド・カと呼んでいたわ)
バチン、霊音が響く。
何かが弾けた。
騒ぎ出す魔法部隊のスケルトンさん達。
(!ホルダー阿騎!危ない!回線が切れた!)
一瞬、私は止まった。
竜巻も止まり、霧散する。
私を見ていた虚無的な目が一瞬光ったように見えた。
あ、マズイ。
魔力に刺し貫かれる私。
(阿騎!)
誰かが叫んだ。
魔力還元が始まる。
ああ、前世の記憶、邪魔だな。
まどかの名前、単なる偶然の一致かも知れないのに。
私のまどかと、目の前のマドカ、何の関係がある?
「ゴブ、でもその名前、聞いたからには、助けずにはいられないゴブ」
身体に3つほど穴が開いて、拡散し始める私。
もう私は助からないな、ならば。
全魔力を解放した。
誰かが何か言っているけど、もう何も聞こえない。
手に持っているドライアドの杖は、赤色に染まり、まるで朱槍のよう。
上限を無視した重速術は私の身体を壊し、私は意思だけの存在になった。
恐ろしいドライアド・マドカの顔が迫る。
まどかはもっと、優しい顔だ。
これはきっと別のまどかだ、私の知らないマドカだ。ああ、前世の記憶邪魔だな、この記憶さえ無かったら、私は死ぬことはなかった。でも後悔はしていない……いやしているかな、この世界にまだ、さよならはしたくなかった。喩え5年の命でも。
(菌糸算譜さん、今からOVERKILLを使うわ。当てられるでしょう?お願い)
(嫌な役だな、私がお前に引導を渡すのか?)
(あなたにしかできないことよ)
OVERKILL。
私の魔力を目掛け、空から巨大な隕石が落ちてくる。
拡散していく私の意思。
ボロボロと崩れていくドライアド・マドカ。
あなたが誰か知らないわ。
でも、その名前の持ち主に、私は不幸になって欲しくないの。
あ。
一瞬、黒髪の女の子が見えたような気がした。
簡易転生を確信し、私は消えていった。
次回投稿は2022/11/30の予定です。
サブタイトルは 闇の中の巨人 です。