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【第9話】 苦しいときは神頼み

 私はその後荷物をまとめた。


 荷物と言っても、ほとんどがまどかの両親に買って貰った物ばかりだ。


 窓の外は雨。


 激しくはないけど、暗い雨だ。雨音は耳に残り、薄暗い屋外は気分を沈ませるに十分だ。

 田崎さんが施設まで送るよ、と気軽に言ってくれた。

 あの大きなピカピカの車を、雨に濡らすのは気が引けるな。


 まどかのご両親にお礼を言い、私は足早に黒塗りの車に乗り込んだ。


「送るわ」


 するりと、まどかまで乗り込んできた。髪が少しだけ濡れている。

 あ、珍しくジーンズだ、首から提げたポーチが可愛い。


「お父様、お母様、行ってきます!田崎さんGO!」


 にっこり笑ってそう言うと、まどかは強引に車を出した。


「何があったの?お姉さんに話してみなさい」


「え?」


「どんなにいい顔見せても、私には分るわ。なにか言われたの?まだ気分、晴れない?」


「それは……」まどかは私の両親のこと、知っているのだろうか?


 私が言い淀んでいると、まどかは解決策を提案した。


「よし、神社に行きましょう」


「は?」


「神社よ、神社!苦しい時は神頼みって言うじゃない」


「まどか、それ意味違うって!」


「??どんな意味??」


 まどか、頭に?マークが浮かんでいる。


「日頃お参りなんかしないのに、苦しい時だけお参りしてもご利益はいただけない、と言う意味よ、苦しいときの神頼み」


「え!?なにそれ!それこそ間違いよ!苦しい時、助けてくれるのが神様よ!」


「そ、そうなの?」

 

 まどかが断言すると、そんなふうに思えてくる。

 なんだか弱気になる私。これは、惚れた弱みか?さっきまでの陰鬱な気分はもうどこかに行ってしまう。


「そうなのよ!」


 そう言うことらしい。ああ、まどかと一緒にいると楽しくなる、ワクワクだ。


「田崎さん、駅の北側の神社にお願い」


「わかりました」


 田崎さんは音も無く、すっとハンドルを回した。

 田崎さんは武道の達人だ、たぶん。


 この人、音が少ない。


 歩く時、車の乗り降り立ち振る舞い、余り音がしない。ついでに気配も時々しない。いつの間にかまどかの傍にいたりする、忍者みたいな人だ。


 私は『スタイリッシュニンジャマスター』の称号を密かに贈った。


「着きましたよ」


 ニンジャマスターが渋い声で告げる。

 声も良いんだよなぁ、田崎さん。


「?」


 まどかが私の袖を引く、強引?


「田崎さん、亜紀は私のだから取っちゃ駄目だよ」


挿絵(By みてみん)



「私には妻と子供がいますよ」


「分かった亜紀?田崎さんは駄目よ、私だけにしなさい」


 冗談とも本気とも付かぬ台詞を読み上げるまどか。


 ちょっと尊敬の眼差しを送っただけなのに。

 す、鋭い!

 

 車を降りると、まどかが私の手を引く。


「こっちよ!」


 まどかは、楽しそうである。


 私もまどかの手を握れて楽しい。なんともまあ柔らかい手。ぷにぷにしている。

 にくきゅうが付いているのでは?と思うくらい可愛い手なのだ。


「さあ、頑張って昇ろうね、雨上がりでちょっと危ないかな?」


 にっこりとまどかが言う、え?あ、雨上がっている!


 空を見上げると、お日様が分厚い雲の隙間から少しずつ現れ始めている。そして私達の目の前には、数百段はあろうかという石段が、上へ上へと並んでいた。


「うわ、こ、この石段登るの?」


 まどかはニッコリ微笑んでいる。


「体力、落ちていない?松葉杖はもういらないし、軽いリハビリよ」


「か、軽い?」


 か、軽いか、これ?


 その神社は駅の北側の、ちょっとした丘の上に鎮まっていた。静まる、が正解か?

 駅そばで、車や人の騒音に満ち溢れ、昼間でも薄暗く感じる人の街、その中で、そこだけ切り取られたように静かなのである。


 名前は、駅北側の丘の上にあるから、取敢えず北丘神社としておこう。石段の両脇に樹齢数百年?千年?と思われる楠の巨木が立ち並び、綺麗な雨の雫と、木漏れ日を作り出していた。


 私は石段登りの疲れも忘れ、ポカーンと口を開け立派な夫婦楠を眺めた。


「亜紀、大木よねこの御神木。ねえ、何か住んでいそうに見えない?」


「うん、凄く綺麗。可愛い妖精が枝に座っていても、天女が腰かけていても違和感ない」


 神社や仏閣とは無縁な生活をしてきた。

 両親や祖父母、誰もいないからかな?お墓参りすらしたことが無い。それ以前に両親のお墓が何処にあるか私は知らない。聞いても、誰も教えてくれなかった。


 世界は悪意の塊で、憎悪に満ちていて、全て私の敵だった。


 その象徴が祖父母たちであり、学校の先生であり、クラスメイト達だ。


 こんな世界、滅びてしまえ!と叫んだら、皆笑うだろうな。

 

 お参りの作法は、全部まどかの真似をした。

 参拝者は私達の他に一人もいない。神様独占だ。


 そして、まどかは声を大にして、お願いごとを口にした。


「神様、どうか、亜紀の気持ちを晴れにしてください。私も、友達として友情や愛情を惜しみなく注ぎますから、神様も私の大切な親友に愛情を沢山注いでください」


「……ねえ、まどか」


「なに?」


「お願いごとって、密かにするものではなくて?」


「え?声に出して、お願いした方が聞こえるのではなくて?」


「そ、そんなものなの?」


「そうよ、亜紀知らないの?」


 いやおかしいだろう?まどかさん!口に出せないお願いだってあるでしょうに。


 あれが、こうなりますように、とか、それが、ああなりますように、とか……かなり疑問に思ったが、私もまどかに習うことにした。


「神さま、どうか、まどかの病気を治すのに、必要な知識と時間を下さい……もし願いが叶ったなら、まどかの病気が完治したなら、今進めている人類絶滅計画は破棄します」


「!……亜紀、なにそれ?」


「だってまどかの病気を治しください、って簡単にお願いするのはなんか嫌。私の方も条件を出したい。打つ手が全て無くなったら他力本願に走るけど、今の私の手にはカードがある、取引条件がある」


「そ、そこじゃなくて、その、恐ろしい計画よ」


「世界は私を苦しめている。そんな世界に復讐を考えているだけよ?」


 でも、友達できたし、田崎さん優しいし、先延ばしかな?


「さらりと怖い事を……」


「中二病とか言わないの?笑わないの?」


「言わないし笑わない。私の本気に本気で答えたのでしょう?」


 うっひゃぁ~この子、どこまで信じているのよ、この私を?


 自慢じゃないけど、私、けっこう歪んでいるのよ?


「で、その計画にローロンサ様は参加されているの?」


 ギクッ!す、するどい!


「参加されるのですね……」


「……参加する」


 主力です。まどかに嘘は言いたくないから正直に答える。


「ならば、私は何があってもこの病気を治さないといけませんね……そうしないと大切な友人、二人を犯罪者にしてしまいますもの」


「まどか、お薬どころか、病気の研究すらされていないのよ?どうするつもり?」


「亜紀はどうするつもり?」


「怒らない?」


 私は恐々とまどかに尋ねる。かなり上目遣いである。


「?私が怒ることしたの?」


「勝手に遺伝子調べた」


「えっ」


「あと少しでまどかの遺伝子解析が終わる。それを比較検討して、そのバグを取り除くか、組み替えをする予定」


「比較って」


「電脳世界に存在している、全ての遺伝子情報との比較」


「そ、そんなこと出来るの?やっていいの?」


「決め手が後一つ足りない。そこを神様に頼みたい」


 そう、あと一歩なのだ。


 普通遺伝子、DNAは二重らせん構造だが、まどかは三重らせん構造だった。ちなみに校長先生も三重らせん構造の持ち主だ。


 この複雑怪奇なDNAを解析しているのだが、不明な点が多すぎる。


 校長先生のノートには二重も三重も基本的には変わりなく、一長一短がある、と書いてあった。


 ただ三重らせんは二重らせんより、より包括的だとも記してある。


 あのノートは専門用語のオンパレードで私には半分も理解できなかった。

 

 で、アトロニアにノートを読ませ、分かりやすく説明してもらったのだ。


 え、私?私は二重らせんだよ。


「亜紀にローロンサ様、あなた達って何者なの?」


 まどかは青ざめ、少しだけ震えてその言葉を口にした。


(後日の話だが、この時点で、まどかはローロンサが特殊なAIでは、と思い始めたそうだ)


「私?私はまどかの友人、そしてローロンサは、まどかのガーディアン」


「友人……良い響きね。でもそこはマブとか親友とか言ってほしいな。亜紀の病気は治らないの?」


「え、わ、私?私の病気は呪いみたいなものよ。遺伝子は至って正常。髪が生えない方がおかしいらしい。精神的なものかもしれないけど、あらゆる治療は無効だった。最新医療をローロンサがいつも調べているけど決定打は無いみたい」


「呪い?呪いとか信じているの?数学得意で飛び級している亜紀が?そんな亜紀が言うと、なんか怖いわ」


 いま神社の境内ですけど?とは言わない。


 私は空気が少しだけ読める女の子だからね。


「そう?数学は得意で好きだけど、世界は数学だけじゃないわ。全て計算出来たら嬉しいけど」


 ま、目指してはいるけどね、世界の数字化。


「呪いかぁ、お寺は詳しくないのよ」


 おいおいまどかさん、そこですか?ずれていないですかな、会話が。


 私達はお参りをしっかりとすませ、そんな会話をしながら社務所に着く。


「亜紀、お守り、買おう!」


「え?まどか、私お金無いよ。全部お賽銭箱に入れたから。見てなかった?」


「は?」


「さっき神様に所持金全部納めた」


「ど、どうして?」


「どうして?まどかの病気治したいからよ」


 まどかは大きな眼を更に大きく見開き私を見た。

 私の行動、人は笑うかしら?馬鹿だと言うかしら?


「……」


 まどかは笑わず、泣いた。


「じゃ私が買ってあげるね。私のは亜紀が選んでね」


 そう言ってまどかは赤い目を軽く手で擦り、御守りに目を走らせた。


「これ」


「?」


 まどかが選んだのは縁結びの御守りだ。


「なんで縁結び?」


「沢山の人と出会って、亜紀が幸せになりますように。飛び級のしすぎで、大切な人との出会いまで、飛ばしそうだから」


「親友は一人いれば十分。まどか、自分亡き後のこと考えて、この御守り選んだのならなら怒るわよ」


「……わははっ鋭いねぇ~亜紀」


「では私はこれ」


「!あ、あ安産?なんで?」


「私とその眷属がまどかの病気を治し、生まれ変わらせてあげる」


「う、生まれ変わり?」


「そう、新生まどか。新しいまどかの誕生!だから安産」


「……ありがとう」


 まどかと一緒にいるとすごく楽しい、そして楽しい時間は直ぐに過ぎる。

 瞬く間に施設前に着く。


「じゃ明日学校で」


 そう言って私達は別れた。


 恋人同士だったらハグ?キス?まどかはさりげなくウインクだった。


 何故似合う?どうして、かっこいいのだ!惚れた贔屓目だろうか?


 ちなみに私はウインクが出来ない。え?いらない情報だった?


 車が止まった。


 え?

 まどかが車から降り、天を指さす。


 ?


 その先には、

 大きな、大きな虹が大空に横たわっていた。

 まどかが叫んだ。


「綺麗ねっ!きっと明日は晴れよ!」


 私は、その虹の大きさに圧倒されながらも「そうだねっ」と返事をした。


 あの虹は今でも思い出す、忘れることができない思い出の虹だ。


 虹を背に、私は数ヶ月ぶりに施設の門を潜る。


 施設は変わっていた。色々な物が充実し新品になっていた。訊けばまどかの両親から、かなりの寄付があったそうだ。


 そして皆の私への対応が変わる。


 施設での私の地位が上がったのだ。まどかの両親は資産家、お金持ちだけあって、お金の使い方を熟知している。これは藤木家からの援護射撃だ、感謝しよう。


 恩返しも含めてまどかの病気を治さなければ。何年掛かるか……急ごう。神様、お願いっ!


次回投稿は2022/06/02の予定です。


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