op.12 極東の女たち①
「なあ〜んだよお、英雄くん? ちょっと遊んだくらいでへばっちまってえ。お前さん餓鬼かい? しゃんとしなあ! 男は度胸、女は愛嬌とおっぱいって言うじゃんよお〜〜〜! あ〜……もしかしてえ、足りなあい? あたしじゃおっぱい足りてない? いやだねえ、これでもあたしバスト八十は超えてるよお? へっへえ、英雄くんてばけっこー欲張りさんなんだ〜〜〜!」
「だあずうげえでえええええええええええええっ!」
世紀遅れな思想と格好をぶらさげ、サントラ少年隊によってどうにかこうにかハルの家へ連れ込まれたのは、すっかり酔いを回した『黒』の女だった。
ウィルとノウドが二人体制で、ハルにべったりくっつき離れない女を強引に引き剥がし、リビングの床へごろんと寝そべらせる。……こういう緊急事態に限って、なぜか町一番の剛力であるはずの店長は手を貸してくれない。
そして妖精に然り謎の痴女に然り、厄介ごとに限ってなぜか、対処に追われるのはハルと皐月の家だ。
「ま、お前らの家が一番広いからな。どんまいハル!」
「そんな遠巻きに見てないで助けろよダイヤ!?」
「良かったじゃない、イイ女に抱きつかれて。心身ともに開けっ広げな性格の異性と絡める機会は、選ばれし男にしか訪れないって昔パパが言ってたわよ?」
「じじじ自分の娘にどんな教育してるんだよマッキーナのお父さん!?」
「……ご褒美」
「何がだムンクすわぁん!?」
突然ぞろぞろと玄関を上がってきた来訪者たちに、台所で包丁を握っていた皐月が、その包丁を手放さないまま呆然と床を見つめている。皐月の足元には例のナマズ妖精・げっぱも、ぼてっぼてっと小さく跳ねていた。
皐月は来訪者の中でも、自己申告バスト八十超の胸をハルの顔面に押し付けながら登場した、見知らぬ女をしばらく凝視して──
「……今日は『串』かな…………」
「さっ皐月さん?」
「右の胸と左の胸で串焼き……」
「皐月さん、やめて? 超やめて!? 包丁下ろして! ステイ、ステイぃっ!」
ぷくう、ぶむぅとげっぱにも劣らぬ擬音を頬から鳴らし、両目も包丁もぎらっぎらに光らせている皐月を、ダイヤとムンクが両脇で何とか静まらせるまでに数十分。
そうこうしているうちにようやく、女の意識が切れたかと思えば、床で仰向けに倒れたまま「ぐがぁ〜」とおっさん臭いいびきをかき始めた。
「ぜえ、はあ……うぃ……ウィルさん…………」
汗水垂らしたノウドが、額を布でぬぐいながら問いかける。
「誰ですか……どっから連れてきたんだ……見損ないました生涯独身王子……議会と協会では波風立てても、女性関係のスキャンダルだけは一度も耳にしないと世間で評判だったのに……」
「ありがたいんだか悲しいんだかよくわからん世論は結構!」
額を押さえているのはノウドだけではなかった。ウィルは深いため息と共に、羽織っていた『赤紫』のロングコートを脱ぎ、女の上半身へ優しくコートをかけてやる。
「まいったよ。ここまで剛気なお嬢さんとは思わなかった。人間観察の一環としては面白いがね。テーマは……そうだな、彼女といいノウドくんといい、なぜ下戸なやつに限って酒の加減を知らないのか?」
「とぼけないでください、歩く事件簿。あと僕は下戸じゃありません」
「彼女とは出張先でたまたま知り合ったんだ。話が想定よりも盛り上がってしまってね……いや、酒はともかく話術は達者なお嬢さんだったよ」
ウィルが肩をすくめているのを鼻で笑ったのはマッキーナだ。
コートがかかる直前までは、少し胸元がはだけかかっていたのを思い出しつつ。
「こういうふしだらな女がタイプ? ウィンリィ・ドーラ、趣味わっる……」
「私のことは『ウィル』と呼びたまえ。男に性的嗜好をとやかく言う女性こそモテないよ、マッキーナお嬢」
「ああん?」
「まあ確かに、彼女が天然魔性であったならばさすがの私も遠慮願いたいがね。しかし計算された誘惑であったなら、私はむしろ嬉々として応じる主義だ」
「……あんたの思考回路は正常運転?」
生涯独身男性の不可解な言動に顔をしかめるマッキーナ、そして後方で頬を膨らませ続けている皐月に、ウィルはようやく弁明した。
「彼女の格好をよく見たまえ」
「……格好?」
裾が無駄に長い黒のドレス。玄関へ脱ぎ捨ててきた、ヒールの高い靴。長髪を後ろで束ねたガラス玉かビーズだか、淡い紫色の髪飾り。
色彩こそ全体が黒で統一されているとはいえ、どれもちまたでは見かけない、ウィルにも負けじと風変わりなファッションだ。
⁂
「カエデ」
既に聞き及んでいた女の名前を口ずさむ。
「カエデ・コチョウと言うらしい」
「ええ、と……ど、どういうことデスカ?」
「『極東の島国』出身だ。この格好も、かの島国で着られている衣装なんだよ」
ウィルの紹介に驚いたのはハルだけではなかった。
女の名前を聞いた途端、さあと青ざめた表情で握りしめていた包丁を机に置いたのは──
「──『胡蝶』」
皐月──同じ極東の風土を知る少女が。
「胡蝶…………胡蝶一族…………っ!?」
家に連れ込まれた同郷の女を、大粒の瞳で見下ろして。
なぜか態度を大きく翻した皐月はあっさりと、それこそナマズ妖精の世話役を二つ返事で了承したのと同じくらいあっさりと、リビングで転がっている女の宿泊を認めたのだった。
⁂
竜暦一〇四五年、四月一日。
女──胡蝶楓が素面の状態で目覚めたのは、翌朝七時を過ぎたあたりである。
酔っ払いを少年少女のもとへ放置するのはさすがに気が引けたのだろう、その夜は少年隊の面々が帰ってからも、ウィルだけはリビングのソファで一晩居座った。
「……もしかして、あたしってば迷惑かけちった?」
酒が抜けてもなお軽口を崩さない楓が、
「悪かったねえ、ウィルの旦那。王国に来てからさあ、あんたほど極東に詳しい男と出くわしたことがなかったんでさあ。つい一人で盛り上がっちまったな」
微塵も悪びれていなさそうな態度で、コップいっぱいの水を一気に飲み干す。
普段はお寝坊さんなハルでも、今日という日は二階の寝室から自ら降りてきて、楓の素性に関心を示さずにはいられない。
皐月や『工業都市』で出会った言葉一族と同じ、極東からの来訪者。
「えっと、あの……お、お姉さん?」
楓の顔色を伺いながらおずおずと声をかけてみれば、楓は目を丸くするなり、朝一番とは思えぬほど豪勢な笑い声を上げた。
「あっはは、お姉さん!? お姉さんだってよウィルの旦那! いやだねえお前さん、あたしはとっくに三十路のおばさんだよ?」
「は、はあ……」
「女は若いうちが華だとか思われてるんなら、そいつはとんと大間違いさ。おばさんにはね、おばさんにしか出せない味ってもんがあるわけよ」
ハルがどこぞの自称お姉さんと真逆の主張をされ困惑しているうちに、楓は藤色の瞳を、やはり起きて食卓にいた皐月へ向ける。
皐月もまた、桜色の瞳で同郷の年上女性を見返した。
そう──『桜色』の瞳でだ。
「へえ。旦那の話通りじゃないかい」
その瞳を確かに見定めた楓が、艶やかな唇をにぃと歪ませる。
楓は初めて自らの声で名乗りを上げた……ただし。
これが実質初対面であったはずの皐月を、あたかも知っているかのような口ぶりで。
「お初にお目にかかります──桜皐月様」
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