op.9 妖精の正体
【前話までの登場人物】
ハル:金髪碧眼の少年。サントラ少年隊リーダー。メトリアは『星』。
ウィル:くすんだ藍色(縹色)の中年の男。自称『指導者』。メトリアは『水』。
皐月:亜麻色の髪と桜色の瞳の少女。ハルと同じ家で暮らす。メトリアは『花』。
ダイヤ:ハルの幼馴染みでサントラ少年隊メンバー。メトリアは『大地』。
マッキーナ:術士の少女でサントラ少年隊メンバー。メトリアは『炎』。
ムンク:魔獣ハンターの少年でサントラ少年隊メンバー。メトリアは『風』…?
ノウド:サントラの町長。エレメント協会の術士でメトリアは『風』。
ニールセン:サントラの酒場の店長。王国軍の兵士でメトリアは『大地』。
早朝。
酒場の店長・ニールセンが庭で薪割りに励んでいる。
全身を硬い筋肉で覆う彼にとって、木の幹を砕くのに刃物などまったく必要ない。
「ふんっ!」
一手ずつ右拳にためていく『大地のメトリア』。
バギンッ! パキボギッ!
太い幹がニールセンの目前で木屑と化していく様を、ウィルは紙コップ片手に遠目で眺めていた。
「……おや?」
複数の足音に気が付いたウィルが振り返れば、ぞろぞろと庭へ歩いてくる少年少女の姿があった。
四人とも全身ずぶ濡れ、重い足取り。『水』を読むまでもなく淀みきった空気。
「もう帰ってきたのか? 早いなあ。調査はすべて終わったのかね?」
「……」
「うん? どうした?」
四人の中でも特に不機嫌そうなリーダーに代わり、司令官へ現況報告を行ったのはマッキーナだ。
「地図がまだ書き途中よ。妖精の生息は確認したから、今日のうちに再度探索するわ」
ダイヤが抱えていたのは、悪戦苦闘の末にようやく捕獲した、群れた妖精のうち一匹である。
網に包まれた妖精が、ぴちぱちとダイヤの腕の中で暴れていた。
マッキーナの報告を聞いたウィルは、優雅にコーヒーを嗜みながらにやにやと。
「そうか、ご苦労。では第二回探索を始める前に、捕獲した妖精の生態調査も兼ねて、本部で昨日の反省会でも執り行うか?」
「……」
「まだ朝だからな、『聖地開発区域』の調査なんて簡単な任務は、さっさと今日のうちに済ませようじゃないか。知っているかね少年少女諸君? 仕事というのはな、いかにしてより早くより多く回せるかが鍵なんだ」
もしこの場に町長がいたなら、彼は間違いなく突っ込んでくれたはずだ……「あなたもたいがい仕事効率度外視気まぐれワーカーですよね?」とかなんとか。
しかし今の満身創痍な彼らには、ウィルの自分を棚上げする言動に突っ込む余裕などあるはずもなく。
「……店長」
薪割りを続けているニールセンに、ハルが言った。
「お風呂……貸してください…………」
まずは、この全身ぬめぬめを何とかさせて欲しい。
話はそれからだ、と少年一同は静かにウィルへ訴えかけたのだった。
⁂
午前九時を迎えたあたりで、今回の依頼主であるノウドも作戦本部へやってきた。大きな机を少年隊と大人たちで取り囲み、その中心にどっしりと構えているのは今回の成果──『妖精』が一匹。
その妖精を一目見たニールセンが、扉のそばで両腕を組んだまま、一言。
「『ナマズ』だな」
──ナ、マズ?
少年隊一同、四人とも同じ角度で首を捻る。
「大陸東部で生息しているという淡水魚だ。でかい腹、口元の髭、湖で発見。ナマズだな」
「……こいつ、ナマズって言うのか? 妖精の『ヌシ』じゃなくて?」
「メトリアがあるから妖精だ。メトリアがなければただの魚だ」
飛べない魚はただの魚らしい。
魔獣ならともかく、少し『空のメトリア』を宿した程度の魚群を相手に手こずったという事実が、いっそう少年たちの気分を憂鬱にさせていく。
一方でノウドもまた、不思議そうに首を傾げていた。
「大陸東部……ですか? ナマズとかいう魚、僕は初めて聞きましたけれど」
「極東にも生息していると聞く」
「東部は東部でも、本当に極東付近ということですか? それって要は、シャラン王国領土内では今のところ生息が確認されていない生物ということでは……」
ウィルはノウドの言葉に相槌を打つ。
『魔獣』は大陸とは異なる世界から現れる生物だが、『妖精』はあくまでも大陸世界で生息している生物が変異することで神秘となる存在だ。
つまり神出鬼没な魔獣とは違い、妖精が何もない空間から突然現れることはない。
「外来種ですか……だとしたらウィルさん」
「ああ。人為的にあの区域まで持ち込まれた可能性があるな。それも、王国外の人間からだ」
「妙なのはそれだけじゃないわよ」
大人たちの会話に口を挟んだのもやはりマッキーナだった。風呂上がりの彼女は、すでにムンクの借り物ではなく自分のジャージに着替えている。
「妖精は確かに、実在する生物から突然変異で生まれる神秘だけれど、魚が妖精化するってんなら大抵は『水のメトリア』が発現するわ。環境型であればね。ましてや『空のメトリア』なんて……」
「確かに変だね。メトリアの発現で生態や身体強度がまったく変化しないわけではないけれど……それにしても」
網越しで暴れ続けている机上のナマズに触れながら。
「元が魚でありながら、こうして水上に長時間出していても全然平気みたいだ」
どういうことかとハルが聞き返せば、ノウドもマッキーナも顔を見合わせたまましばらく黙ってしまう。
やがて重い口を開いたのはウィルだった。
「にわかには信じがたいが、この目で確認してしまった以上、仮説は立てなければなるまいよ」
「へえ?」
「この妖精──自然発生ではない。人間に作られた可能性がある」
⁂
妖精という神秘を──人間が作る?
ウィルの言葉を疑ったのはハルだけではない。ムンクは怪訝そうに眉をひそめ、マッキーナは「はあ?」と声を漏らした。
対してダイヤはお気楽な様子で、
「ま〜とにかく、妖精見つかってよかったな! 一匹ちっこいのは捕まえられたしさ。うっかりヌシの取り巻きごと焼き殺しちまうとこだったじゃねえか」
「……焼く?」
「妖精殺すなっつったのはマッキーナのくせにさ、ぬめぬめぶっかけられてブチギレて、いやいやお前が『炎』出してるじゃねえかってな! 止めるの大変だったぜ〜?」
確かに、とハルとムンクが力強く頷いた。
深夜の惨状を思い出す。術書サラマンドを開きながら「触らぬ神秘に祟りなし、ただし先に祟ってきた神秘は放っておくべからず!」とか叫んでいた数時間前がついさっきの出来事みたいだ。
「ちなみにおっちゃん、ナマズって食えるの?」
「おう」
ダイヤに尋ねられたニールセンが肯定する。
「天ぷら、たたき、蒲焼き、刺身。干しても美味い」
「よっしゃ蒲焼きで! タレ多めな!」
──妖精を食うな!
左脇腹をハル、右脇腹をマッキーナにど突かれて椅子から転げ落ちるダイヤであった。
そんな微笑ましい光景を眺めながらも、ノウドは額を押さえる。
「食べるのは論外ですが、真面目な話どうします? ……まさか、生態調査するのは僕ですか? 僕なんですか? ああ面倒臭い!」
「まだ何も言っていないだろう? まあ君がするべきだと私は思っているがね」
協会本部への持ち込みではなく、とウィルが言い加えた。
そして、
「ハル」
ウィルは指名した──おっさん髭を生やした、奇妙な妖精の世話係を。
「生態調査が済むまでは、この妖精はしばらく皐月に預かってもらえないか頼んでくれ」
「……へっ? 皐月に!?」
「ノウドくんは管理者の仕事で忙しいし、少年隊は今からもっと忙しくなる。ニールセンに動物の世話は向いていないからな、彼女とあの広々した家が置き場としては最適だろう」
「ええ……」
勝手なことを言う暴君だなあ、とハルは深い息を吐く。
ただでさえ留守の多さでご機嫌斜めな皐月を、帰ったらいったいどう説得すればいいんだ……と臨時ミッション追加に大きく頭を悩ませた午前九時であった。
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