op.6 未知との遭遇
バスタオルを巻いた姿で颯爽登場した、サントラ少年隊のヒロインが助けを求めてくる。
「湖になんかいる! 魔獣だか妖精だかよくわかんないやつがいるのよお!」
マッキーナの声は普段よりくぐもっていて、未知の怪物相手に少し涙を見せたのかもしれない。
……もっとも。
もし何かの弾みでタオルが剥がれたら、裸体がお披露目となること間違いなしな彼女の状況は、十代半ばの少年たちに言わせれば「怪物に泣くより己の恥に泣け!」って感じだが。
「あっちゃ、いけねえなあ……」
ハルが何か口にするよりも早く、ひっくり返っていたダイヤが額を抑えながら起き上がった。
「いけませんよお、マッキーナ選手。ヒロインの『お色気』は第三者からもたらされた不可抗力だから燃えるのであって、ヒロイン自ら提供しちゃったらエロさもウマさも半減なんですわ。う〜む、ヒロインポイントマイナス百点!」
「黙れ。あんたを先に燃やすわよ、ヒーローポイントマイナス二百点!」
からかうような口ぶりのダイヤに、マッキーナが茜色の瞳を潤ませる。
本当に自身のメトリアで全身に『炎』を吹き上げるんじゃないかってほどの剣幕で、
「ありえないありえないありえない、あんなの絶っっっ対妖精じゃない! 間違いなく魔境か、別の世界の生物だわ!」
「お、落ち着いてマッキーナ……」
「あんな大きくて気色悪い見た目して変な動き方してぬめっとしてる生物なんて、大陸世界に生息しているはずがないわ、っていうか絶滅しろ!」
大きくて。
気色悪くて。
変な動き方して。
そして、ぬめっとしてる生物……っ!?
「も、もしかして触っ──」
「接触したのか?」
またもハルの言葉を遮ったのはムンクだ。
いつのまにかテントの中から、自身の寝巻きとして持っていていたジャージを運んできている。
「そいつ、皮膚や体液に毒は持っていないだろうな? 身体にどこか異常は?」
あまりに慌てていたのだろう、マッキーナは湖のほとりに寝巻きを置いてきてしまったらしい。
代わりに自分のジャージを羽織るよう促しながら、ムンクがマッキーナの身を案じた。
「あ〜、そういうのは平気よ。少なくとも魔獣の毒なら、あたしはある程度耐性持ってるから」
ジャージを受け取りながら、
「もし万が一のことがあっても、『炎』で体内の毒性を燃やせば良い」
「そうか。で、メトリアの発現は確認したか? 人間への敵意は?」
ファスナーを外し、タオル越しにジャージの上着を羽織り始めるマッキーナ。
ハルはその様子を遠目で眺めながら思った……裸同然の女の子に平然と接近して、平然と自分の服を渡しながら未知の生物について聞き出す、ムンクプロのメンタルはいったいどうなっているんだ。
ダイヤもおそらくハルと同じ心境だったのだろう、またもやからかい半分で、
「ムンク選手いいっすね〜、ヒロインへのさりげない気配り。ヒーローポイント二百点! ただし、ヒロインに自分の服着せる行為からむっつりスケベが透けてしまったためマイナス百億点!」
「黙れ。こめかみ射抜くぞ、ヒーローポイントマイナス五千兆点」
そんなやりとりをしている間に、マッキーナがジャージを着終えてタオルをさっと外した。
解けていた髪を再びツインテールに縛り直す、その袖の長さからしてジャージのサイズが彼女にはやや合わなかったらしい。
……しかしまさか、チーム結成してわずか数週間足らずで、マッキーナの生着替えを拝むことになるとは。
「さっさと行くわよ、男ども!」
微塵も恥じらう素振りを見せないマッキーナが、
「くれぐれも仕事の内容を忘れないで。区域内の地図作成と生態調査! もしあのヤバい生き物が魔獣なら即討伐! あれが妖精だとは考えたくないけど、妖精なら逆にありがたいわね、保護の観点からそのまま放っておけるもの。触らぬ神秘に祟りなし!」
やや大きめのジャージを着込んだマッキーナが、高圧的な口調で男子三人衆を急かしてくる。
……ここまでの道のりで、三十分おきに足止めて休憩をせがんできたヒロインの態度なんデスカ、これが?
⁂
すると。
「……やっぱり身勝手な連中だ」
ムンクがぼそりと呟いた。
「自分の都合しか考えていないんだ。連中にしてみれば、精霊と契約していることがよほど偉いらしい」
「……連中って?」
その言葉に引っ掛かりを覚えて、ハルが聞き返す。
まあ確かにマッキーナは面倒くさそうな子だよ? 僕んちの同居人とどっこいどっこいだよ?
けれど、あれ? マッキーナ個人ならともかく……『連中』?
「……」
ムンクは数秒だけハルの瞳を見返したが、無言ですたすたとテントへ歩いて行ってしまう。
そして自分の弓を運んでくれば、
「行こう」
ただそれだけ伝えて、勝手に湖へ引き返し始めたマッキーナの後を付いていく。
ハルは少しの間ダイヤと顔を突き合わせていたが、それぞれの武器を手に二人の背中を追った。
⁂
──結局のところ、ハルはまだ『妖精』という生物のことをほとんど何も知らないままだった。
魔獣との区別もまともに付けられる自信がない。
「要はメトリアを発現させていれば大抵『妖精』に分類されるから」
マッキーナが言った。
「特に妖精特有のメトリアがあってね。馬とか豚とか、空を飛ぶはずがない生物が空を飛んだら、そいつはまず『空のメトリア』だと思って良いわ」
飛べない豚はただの豚、飛べる豚は妖精さんらしい。
絵本に出てくるような可愛い女の子ならまだしも、豚が空中飛行しているシーンなんて現実ではあんまり目撃したくないなあ……とハルは顔をしかめる。
「で? マッキーナが見たのはどんな感じよ」
ダイヤが銛を構えて、
「俺たちが知ってる動物っぽかったか? つーか、全然知らない動物だったからマッキーナもびっくりしたんだろ?」
その通りだ、と神妙な面持ちでマッキーナが頷く。
さらにマッキーナは、今更になってこんな不安な証言を持ち出してくるのだ。
「それに、なんだか変よ。大きいのが一体しかいないなんて……」
マッキーナ曰く。
「魔獣ならともかく、特に妖精には探索上のセオリーがあるのよ。一体見つけたら十体は見つかるはず」
「へー、どゆこと?」
「妖精の生息できる地域なんて限られているんだから。一度住み着けば子孫もどんどん残していくはずだし、普段から同じルーツの妖精同士で、群れて行動するはず」
ハルはいっそう不安に駆られた。
もしかして……今から僕たちが相対するのは、妖精じゃなくって本当に魔獣なのでは!?
⁂
そうして、サントラ少年隊は湖にたどり着く。
まもなく発見されたのは、マッキーナが放置していた自身の寝巻き。ハルと旅した寝台列車でも着ていた灰色のジャージだ。
……て、いうか! おいおいマッキーナ選手、白の下着も置いてあるんじゃん!?
まままさか! ムンクから借りたその黒ジャージの中身って!
「本当に『すっぽんぽん』なんじゃ──」
────ザ、パァアァァァァァンッ!!
ハルの叫びと重なったのは、湖から放たれた盛大な波打つ音。
すっぽんというか、ずっぽんというか。
湖の中心が大きな山を作り、透き通った水面に影を生む。
頭を出した。その全貌が見えた。
大きくて気色悪い見た目して変な動き方してぬめっとしてる生物。
その全貌を見るなり、ハルは絶叫した。
「な……なななななんだこのよくわかんないやつぅ!?!!?」
次エピソードの更新予定は【4月22日】です。
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