op.5 小さな不安
エレメント協会指定『聖地開発区域』──仮称『KAPPA』。
「河童って魔獣だっけ? なんかの漫画で見たことあるよな!」
「……架空生物じゃなくて文字の『Κ』だから」
人間ひとり包めそうな大きさの布を広げ、木枝で天井を作っては杭を打つ。
晩飯を終えたハル、ダイヤ、ムンクの男子三人衆は野外で夜を過ごすためのテントを張っていた。
区域はサントラから徒歩圏内のところに位置していた。
もとよりサントラが山あいの町であるため、その区域も背高な木々で覆われている。登山というほどの標高ではないものの、見つけた川をたどっていけば、次第に自分たちの身体が集落の家よりもずっと高いところを進んでいることを自覚した。
小川だった水の幅もやがて広がっていき、日が沈んだあたりでちょうど湖を発見したから、ハルたちも野宿の地点をここだと定めたのである。
そして、男子三人衆がテントを張っている頃。
サントラ少年隊の紅一点、マッキーナは──
「──よっしゃ、健全なる同胞諸君!」
いつものお調子者はどこへやら。
最後の杭を打ち終えると、ダイヤは途端にキリッとした目つきで。
「マッキーナの『水浴び』をのぞきに行こうか!」
「マッキーナって言うほど色気ないだろう」
……待って? ちょっと待って??
ダイヤに「のぞきとかいう漫画のお約束は別になぞんなくて良いから」的なツッコミ入れたかったのにちょっと待って???
ムンクのその、本人に聞かれたら絶対焼き殺される切り返しはなんなんだ!?
「はは。ムンクさあ」
持っていた金づちを鞄に戻しながらダイヤが言った。
「マッキーナにちょっと厳しすぎじゃね?」
「……」
指摘されても涼しい顔をしているムンク、その横顔を、ハルは不安げに見つめた。
⁂
──いったいサントラ少年隊に何があったのか?
端的に言えば、昼過ぎに出発した四人の探索活動は予定していた範囲の『半分』も網羅することができなかった。
別の探索者の手によって書きかけとなっているが地図から、より正確かつ新しい情報を上書きしていく作業を請け負ったのはマッキーナだった。地図を読むことすら最近まではままならなかったハルやダイヤには絶対に務まらない仕事だ。
そして道中では万が一の魔獣出現や区域内での遭難に備えて、ムンクが魔境の時と同じく『標識』を地面へ刺していく。ハルに与えられた役割といえば、『探知器』で魔獣の気配を見張っている程度だろうか。
ダイヤは四人の中で一番の力持ちだから、主な仕事はキャンプ道具の運搬である。
「まあしょーがねえじゃん? あいつ女子なんだから」
ダイヤが肩をすくめて、
「MPと一緒だろ? HPが俺たちよりもちょっとぐらい低いのは当たり前だし、そうすぐに能力は上昇しないって」
「……ちょっとじゃないだろう」
テントの皺を伸ばしながら、ムンクは言い返した。
「自分が今日中に出ると主張したくせに、出てみれば三十分おきくらいに『もう疲れた、休憩』とか愚痴りやがって」
ハルは思い出した……ウィルと共々、聖地『天文台』にたどり着いた時のことを。
そういえば確かにあの時も、高々と天まで続く螺旋階段を心底嫌がっては、数段おきに「あたしやっぱり帰る」とか散々に喚いていたのをウィルが宥めていたような。
「まあ、マッキーナはつい最近まで図書館暮らしだったしね……」
引きこもり少女の弱点が浮き彫りとなってしまった。
普段から力仕事ばかりしていそうなムンク、初めから体力には自信があるダイヤ、そしてひ弱そうに見えても実は運送を生業としていたハル。
彼ら三人と比較してしまったら、確かにマッキーナは性別を抜きにしても肉体労働が相当不利だろう。
それに、ハルが少し気になっていることもある。
(確かにムンク、マッキーナにはちょっと『当たり』強いかも……?)
ダイヤが指摘している通りだ。
体力不足は否めないが、マッキーナは術士としてはとても優秀な、チームに決して欠かすことができない少女である。地図も手際よく書いてくれているし、もろもろ知識や経験が足りないハルなんかより、ずっとずっと仕事がデキル女の子……のはず。
魔獣討伐任務の時と比べても、やっぱりムンクの彼女への態度には少し違和感がある。
(もしかして、ムンクって……マッキーナがあんまり好きじゃない感じ……?)
あくまで直感、なんとなくの違和感だ。もともとムンクは素っ気ない振る舞いが多いけれど、それにしてもマッキーナに対しては特に愛想がないというか、どこか冷たい雰囲気が出ているというか。
……王国やメトリアに関わることならまだしも、個人の問題とか心のこととか、この手の疑問は解消しようにもなかなか本人の口から聞き出すことが難しい。
少年隊が結成されて、まだ数週間も経っていないのに。
わずか四人ぽっちの『人間関係』が、リーダーのハルを小さな不安に駆り立てる。
⁂
ハルが一人でもやもやしていると、ダイヤが首をぽきりと鳴らしながら。
「なあ。やっぱりのぞきに行かねえ?」
「いやっだからさダイヤ、そういうお約束は別に守らなくても──」
「さっきから全然帰ってこないじゃん、あいつ。遅くね?」
──静止。
男子三人衆だけが静まり返って、辺りの木々はいっそう喧騒を増していく。
「三十分は経ったくね? 女子の風呂ってそんなに長いもんなのか?」
俺の母ちゃんは五分だけどな! とかめっちゃどうでも良い情報を付け加えるダイヤであった。
ハルは思考を巡らせる……皐月だったならば三十分風呂場から出てこなくても大して違和感がないが、確かマッキーナと一晩明かした寝台列車の時は、彼女は十分足らずで戻ってきた気がする。
しかも今回は野外、しかもしかも冷や水だ。春とはいえまだまだ寒さが残るこの時期に、長々と水浴びなんてするだろうか?
──そのときである。
慌てふためいた足音がどこからともなく聞こえたかと思えば、三人のところへ駆けてくる人影があった。
「お、戻ってきた……って、うえぇえっ!?」
人影を見るなり、ダイヤがその場でひっくり返る。
駆けてきたのはハルたちの予想通り、革靴を履いた茜色の少女だった……ただし、なぜか寝巻き姿ではなく、白いバスタオルを巻いた状態で。
息を切らしたマッキーナが、ぽたぽたと水滴をその肌や茶髪にしたらせたまま。
「ねえちょっと来て!」
「ふふふふ服を着てえっ!?」
──僕たちが来るんじゃない、マッキーナが着るんだよ! 服を!
白目を剥いてしょうもない駄洒落を決めたハルにも構わず、明らかに動揺の色を浮かべたマッキーナが叫ぶ。
いや、動揺してるのはこっちなんだけどね? のぞくまでもなく『お色気』シーンもらっちゃってるんだけどね? もっと恥じらいを持とうよマッキーナ先生!? あの寝台列車に引き続き、今日も下着の色は『白』でゴザイマスカ!?
「湖になんかいるのよ!」
「な、なんか?」
「魔獣!? 妖精!? ああもう、とにかくよくわかんないやつ!」
僕たち男子三人衆は硬直した。
魔獣? 妖精?? よくわかんないやつ???
ままままさか……ほ、本当に『河童』だったりして!?!!?
次エピソードの更新予定は【4月20日】です。
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