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ハルのメトリア 〜英雄の子、ふたたび英雄となる?  作者: 那珂乃
vol.3「少年隊結成」編

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op.4 ハルはリーダー②

 机の隅に放られた懐中時計が、七の数字を指している。


 倉庫を改築することで設置された、サントラ少年隊作戦本部には窓がない。

 密室でコーヒーを啜りながら書類を読み耽っていたウィルが、外ではもう日が沈んでいることを知るためには自ら懐中時計へ視線を向けなければいけなかった。

 しかし、実際にウィルが夜の到来を知ったのは時計ではなく、作戦本部への訪問者からだった。


「子どもたちは帰ったんですか?」


 四畳ばかりの司令室の扉を叩いたのは、サントラの町長・ノウドだ。

 相変わらず黒いスーツ姿を小綺麗に着こなしたノウドが、腕に抱えていたのはワインボトルと紙袋。


「たまにはコーヒーではなくワイン(こちら)も飲みません? チーズ持ってきましたよ」


 ノウドが作戦室から空いた椅子をズルズルと引きずってくる。


「そろそろ長老(ろうがい)の介護には飽きてきました。次は王子(ぼうくん)の接待にでも励もうかと思い至ったんですが」

「私は酒は社交の場でしか飲まない主義だから遠慮するよ。もっとも、社交そのものが私は好かんがね」

 書類に視線を落としたままウィルが答えた。

「あいつらは昼のうちに出発したよ」


 丸眼鏡のレンズ越しに、ノウドはいっそう目を丸くした。机の空いたスペースへ無造作に紙袋を置いたなら、


「もしかして、例の区域ですか?」

「ああ。出発を明日に持ち越すかどうかしばらく揉めていたようだが、結局ダイヤが野宿(キャンプ)したさに意見を押し通したらしい」

「はあ、そうですか。……別にそこまで慌てなくていいのに」


 ノウドは紙コップから、グラスふたつとチーズの包みを取り出す。

 遠慮し続けるウィルにも構わず、開封したワインボトルから二人分の赤紫を注いでいく。とぷとぷと水音だけが狭い室内に響いた。



「だってあれ、僕がもともと後回しにしていた調査ですよ」


 グラス片手にノウド──任務の『依頼主(クライアント)』が呟く。


「『魔法都市(アレグロ)』の連中が散々たらい回した挙句、結局は地方勤務(ぼく)に押し付ける程度の仕事じゃないですか。まあ、そういう比較的どうでも良い仕事が世の中では一番面倒なんですけどね」

「結構なことじゃないか。ご依頼感謝するよ、エレメント協会フーガ所属の術士(ライター)どの」

「いやいや……」


 仕方なく注がれたグラスを手にしたウィルへ、ノウドは苦笑いを浮かべながら両肩を上げる。

 苦笑したいのは勝手に酒を注がれたこっちなんだがね、と内心でのみ告げながら初めて自身に視線を向けてきたウィルに、ノウドは続けてこう言い返してきたのだ。


「あんなの、術士(ライター)の仕事じゃありませんよ」

 赤紫色の液体を煽る。

「雑務も雑務、茶番にもほどがある。あの区域は実質、とっくに()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 グラスを一瞬で(から)にし、ノウドは二杯目を注ぎながら──


「協会が本来優先すべきは、現地の調査ではなく()()()()()()()()でしょう。遠方に出現した魔境をいつまでも放置しておくより遥かにタチが悪い」





「結構なことじゃないか」


 ──まったく同じ返しでも、ノウドは二度目ばかりはウィルを睨んだ。

 酔いで少し充血した黒目がくすんだ藍色を見据えている。


「へえ。さすが関心がない仕事はとことん後回しにする、ウィンリィ司令は言うことが違いますね」

「私のことは『ウィル』と呼びたまえ。なあに、サントラ少年隊の地力を測るにはちょうど良い塩梅だと思わないか?」


 ウィルはグラスを傾けた。

 別に酒が飲めないわけではない。コーヒーよりも優れた嗜好品をウィル自身が有していないだけだ。

 もっと言えば、ウィルは酒そのものを好かないのではなく、大して酒への免疫力がない人間が酔い潰れているのを面倒みなければならないのを億劫に感じているだけだった。

 そう、たとえば……目前の丸眼鏡とか。


「そういう司令官は現地にも行かず何を読んでるんですかあ?」


 少し語尾の声色を上げたノウドが、机上の書類を覗き込んでくる。

 その資料は明らかに、サントラ少年隊が請け負った『聖地開発区域』とは関係がなさそうなものばかりだ。


「……優先度の高い情報ほど鮮度が命だからな」

 葡萄の香りを鼻の上で転がしながらウィルが答えた。

「次の任務の候補を洗い出しているのだよ」

「へ〜、さすがですねえ。そうやってあなたがひっきりなしに仕事を持ってくるから、部下たちが過労死するか逃げていくんだあ」


 ……部下を過労死させた覚えはない。酔いに任せて勝手に私の印象(イメージ)を下げるな!

 ウィルが捏造された情報を訂正させるには、今のノウドは理性がいささか不足しているだろう。

 諦観の面持ちで、再び広げた資料に視線を落とす。



 近隣で作った人脈を頼りに引き出した仕事の候補。

 しかしウィルが最も目を引いたのは、それらの候補よりも、サントラから一番離れた町──王都で起きている『事件』の捜査資料。


(連続通り魔……『トロイメライ』か)


 ウィルの弟・スーザを主導に、各地で捜査が進められているという。

 本当は国家機密の資料であり、捜査に協力したビブリオ家との関わりがなければ、()()()()()()()であるウィルの手元には絶対に届かない類の情報だけれど。


「酔っ払いに聞いても仕方ないかもしれないが……」

 チーズを手に取って、

「なあノウドくん。『炎』にせよ『風』にせよ、何らかのメトリアを応用すれば、ときには人体を完全に破壊することが可能なんだろうか?」


 丸眼鏡を外し、なぜか羽織っているウィルのコートで眼鏡を吹き始めたノウドが答えた。


「壊すのはいつだって誰にだって簡単ですよお」

「ただ壊すんじゃない、完全に壊すんだ。メトリアだって種類によって性質がまるで異なるというのに、人体を構成している水質、脂質、気質……そしてメトリアのすべてを、何のばらつきもなく等しく無に還すような真似が果たして可能なのか?」


 ()()()()()()()()()、完全な存在など決して存在しないのに。

 完全破壊という行いを、かの連続通り魔は可能としていた。

 ひとつの生命を完全に破壊する『未知』の存在──通称『トロイメライ』。



「人間は無駄に複雑に作られてますからねえ」


 レンズを自身の顔に戻しながら、ノウドは答えた。


「身体は複雑に作られていて頭でも小難しく考えるくせに、その結果導き出された答えとか、実際に行動したその原理や動機は案外単純だったりするのが、人間の愚かでどうしようもなく救えない要素(ポイント)ですよねえ」

「……なるほど」


 ワインで思考が麻痺しているからこそ、この毒舌家の分析は不思議と素直で明快だ。

 普段ならメトリアの性質がどうとか術式(コード)がどうとか、もっと長たらしい分析を続けてきそうなノウドが、自ら司令室に引っ張ってきた椅子の上で寝息をたて始める。

 本棚にもたれかかったまま意識を失ったノウドの肩に、ウィルは羽織っていたコートを脱いでは掛けてやった。


(さて。そろそろ、ハルたちもテントを張っている頃合いか)


 再び静寂を取り戻した空間で、ワイングラス片手にウィルはひとりごちる。

 ……術式(コード)のみならずワインの知識にも明るいノウドが持ち込んだ品は、なるほど、確かに美味だった。

次エピソードの更新予定は【4月18日】です。

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