op.3 ハルはリーダー①
サントラ少年隊、最初の任務は『聖地開発区域』の調査に決まった。
区域内に入り地図を書き進めながら、『聖地』を作るために必要な要素がどのくらい揃っているかを調査する。
そして区域内に生息しているであろう生物──通称『妖精』を探し出すことが、今回の最終目標だ。
「魔獣は『魔神』に使役された生物だと言われているだろう?」
ウィルが説明する。
「人間にとっては害獣だが、魔獣も一応は大陸世界と異なる世界で暮らす神秘のひとつであることに変わりないんだ。一方で妖精は、この大陸世界で生息している『メトリア』を発現させた生物を総じて指すのだよ」
「ああ……環境型ってやつ?」
メトリアが発現する条件──『遺伝型』『契約型』『環境型』の三パターン。
以前教わった言葉をきちんと思いだしたハルを一瞥し、ウィルは満足げに頷いた。
「それ、人間に限った話じゃなかったんだね」
「当然だろう? 人間も牛や鳥も、大陸世界で等しく存在する生命なのだから。大した違いはない」
昼食を終え、皿を片付けながら仕事の説明がさくさくと進んでいく。
そうして皿洗いも終わったあたりで、
「この任務は、お前たち少年隊のオリエンテーションでもある」
コーヒーを優雅にすすりながら、
「私からはこれ以上指示を送るつもりはない。場所を記した地図だけここに置いておくから、あとは四人で頑張りたまえ──お前たちの現状の力量を測らせてもらおうじゃないか」
告げるなりウィルは、紙コップを持って司令室へと消えていく。
地図だけがポツンと置かれた机を取り囲む少年少女を残し、ウィルはただ一人、壁を一枚隔てた部屋へと移ってしまった。
⁂
「……んで?」
閉じられた扉をしばらく眺めていたダイヤが、机に視線を戻して。
「どうすんだ? ハル」
「えっ僕!?」
名指しされたハルはびくりと肩を跳ねさせる。いつのまにか、ダイヤだけでなくマッキーナもムンクも空色の瞳を凝視していた。
「どうすんだって……どうすんだ!?」
台詞をそっくりそのまま返してきたハルに、ダイヤは苦笑いを浮かべながら。
「いやいや、それを決めるのがハルの仕事じゃん?」
「へえ???」
「お前『隊長』の自覚ある?」
──あああ、ありません!
とは言えないハルであった。なにせダイヤよりも、自分の向かいの席に腰掛けているマッキーナの視線がめっちゃ怖い。
そうか、リーダーか! 先生がいない時って、リーダーの僕が代わりに場を仕切らなきゃいけないのか!
「えっ、ええと……」
ハルはしばらく慌てた様子で、意味もなくきょろきょろと辺りを見渡していたが、やがて思いついて椅子の脇に置いてあったリュックサックへ手を伸ばす。
いつも町の地図を同封し持ち歩いている手帳を広げながら、
「えっと、今から何を持っていけば良いんだっけ……?」
ペンケースを取り出しながらハルが疑問を投げた。
ちなみに、登場したペンケースもまたパーカーに負けじと派手な異彩を放っている。きっと、いや間違いなくRe:birthブランドだろう。
「この間の『封印』作業と同じ持ち物かな?」
「そうだ」
ムンクが相槌を打つ。
この四人で初めて向かった『魔境』シグマでの記憶を掘り起こしたハルが、広げた手帳に必要な道具を書き出していく。
魔獣討伐任務に欠かせない三種の神器──『羅針盤』『探知器』『標識』。
未知の世界で迷わないように。
危機の接近に気がつくように。
そして、帰るべきところへ帰ってこられるように。
「テントも今回は用意したほうがいい」
魔境探索のプロフェッショナルこと、ムンクが言い加える。
「今までの探索であがっている調査書から、おおよその区域の広さを計測する。『聖地開発区域』は魔境よりも範囲が広いから、一度区域内に入ったら仕事の進捗次第では野宿になる──」
「ええ〜〜〜っ、あたし嫌!」
野宿という言葉にすぐさま癇癪を起こしたのはマッキーナだ。
ぐぐんと首を伸ばして天井を仰ぐ。ツインテールが羽織っていたポンチョの上でふんわりと揺らめいた。
「絶っっっ対日帰り。お外で一晩過ごすなんて最悪。今日はとりあえず日帰りで行ける距離まで進んで、さっさと地図書いてさっさと引き上げましょ」
「……」
隣の席から発された、やる気ないマッキーナの言葉にムンクは少し眉をひそめる。対してダイヤは「いやいや、いいじゃんか野宿! キャンプ! なんかそーいうのチームっぽくて良いじゃん!」と胸を弾ませている様子。
ハルにはわかる……ウィルみたく『水』の流れを読まなくてもわかる。
この空間では今、「野宿をしてでも早いうちに仕事を終わらせたい」派と「多少仕事が伸びても良いから野宿は絶対に避けたい」派と「仕事なんかどうでもいいから野宿したい」派の三派が存在している。
──三人しか作戦室にはいないのに、早くも意見が三つに割れている。
⁂
「どうすんだ? ハル」
再びダイヤに名指しされ、ハルは作り笑いで呼びかけに応じた。
「へ?」
「探索自体は今日から始めるよな? 俺、キャンプとか初めてだぜ! 超楽しみだな〜」
「あ、ええっと、うんそうだね──」
「今日は行かない」
ハルが頷こうとすれば、ムンクが首を横へ振る。
「へ??」
「準備が足りていない。万が一魔獣が出現した時に命取りになる。実際に区域内に入るのは地図の想定をある程度組んでからだ」
「あ、ええと、そっか、そうしよう──」
「いいじゃない、とりあえず行ってみれば」
再び頷こうとすれば、今度はマッキーナがつんとした態度で。
「へ???」
「とりあえず行けばどうとでもなるわよ、あんたが『星撃』さえちゃんとキープしていれば。でも野宿は嫌。日帰りで行ける範囲まで、下見気分でちょっとのぞいてきましょ」
「ええと、そう……か…………?」
三度。ハルが顎を引こうとすれば、ムンクが細目でマッキーナを睨んでいるのを見付けてしまう。
遊び気分のダイヤと下見気分のマッキーナ、二人の調子の軽さを無表情でありながら嘆いているのが伝わった。ていうか、無表情じゃないってこれ! 絶対ちょっと怒ってるってムンクプロ!
たぶんこれ「根拠も理屈も伴わない発言をする女は嫌いだ」とか、いつぞやにマッキーナが僕に言い放った台詞をそっくりそのままムンクに返される展開だよ!?
「ははっ、どうする? 『隊長』」
──僕は今、試されているのか?
空色の瞳を凝視してくるこの三人に『英雄の子』として、そしてチームのリーダーとしての裁量を測られているのか、今!?
(三人ぽっちじゃあ多数決も取れないじゃん……?)
ここにいる全員がマイノリティ、いやマイペースでござ〜い。
カチカチと、静寂の空間で壁掛け時計の秒針だけが進み続けている。
会議の進行も任務の方針も委ねられた、サントラ少年隊のリーダーは何度も沈黙を重ねた。
そして──
「…………マッキーナ」
「なによ?」
ハルが指差したのは、マッキーナが自分のポーチから取り出してきたコーヒーのつまみ──チョコレートの山。
沈黙を重ねた末にハルが下した、ひとつの選択。
「チョコレート……僕にもちょうだい……」
──思考停止した脳を動かすための糖分補給をさせてください。
前途多難、とはこのことか。
指導者不在の作戦本部ではゆったりと、じんわりと嫌な空気が出来合いのチームを包み込んでいくのだった。
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