op.2 オリエンテーション
結局、サントラ少年隊の作戦本部が完成にまで漕ぎ着けたのは昼を過ぎてのことだった。
作業に取り掛かって一週間……。
想定以上に時間がかかってしまったが、新隊長・ハル少年の精神力がなんとか最後まで保っただけ儲けものだろうと、ウィルは庭でひとり安堵する。
というのも、チームの司令塔にして指導者・ウィルから『Re:birthコレクションコーナー』なるものを却下されたときには、他のチームメンバー三人がかりでハルの暴走を食い止めた日とかもあったわけで。
「ぎぎぎ……僕の意見だけ通らなかった…………」
ウィルの隣りでいまだに文句を垂れているハル。
完成した作戦本部は発足したばかりとは思えないほど、かなり充実した設備を整えていた。家具の大半はニールセンから酒場で余っているものを譲り受け、メンバーたちの専用ロッカーはもちろん、きちんと各自の要望に沿った間取りを実現させている。
──ムンクの要望通り、倉庫の脇には弦を引っ掛けて立てる道場さながらの『武器庫』が。
──マッキーナの要望通り、よく使う資料や書物を所蔵できる天井まで届く『本棚』が。
──ダイヤの要望通り、任務や稽古の合間にメンバーたちとレクリエーションための赤カーペット敷かれた『休憩スペース』が。
そしてウィルの要望通り、部屋でいつでもコーヒーを嗜めるよう『給湯スペース』が……──
「ダイヤと先生の要望は要らなくない!?」
特に『給湯スペース』は要らなくない!?
そんなとこに机置くスペースがあるなら、僕のRe:birthを並べさせろっ!
「いやあ、ニールセンとノウド君に倉庫まで『電線』通してもらえて助かった!」
ハルの文句をまったく聞き入れないウィルが、
「湯が沸かせない部屋など、とても住めたものではないからな」
「いやいや、ここには住まないでしょ? 先生がサントラで借りた家、酒場から結構近いとこにあるって長老が言ってたよ……」
「私にとってはここが住処のようなものだよ」
長い髪をかきあげながら言った。
「私は昔から、仕事場にそのまま住みつく主義なんだ。軍隊にいた時もそうだった。毎日そこで働いているのに、王宮と軍の司令室を行き来するのは時間の無駄だからな」
働き者なのか、ただの横着なのかわからない理屈を並べるおじさんだ。
どうりで流し台や冷蔵庫なんて、『電源』での稼働を必要とする設備ばかりオーダーしていたわけだ、とハルは頬を膨らませる。
「ま、料理する場所があるのは便利で良いんじゃねえか?」
ハルの不満げな顔を見たダイヤが肩をすくめて、
「コンロもあるぜ! ちょうど腹減ってきたし、俺んちの野菜でなんかメシ作ろうぜ」
ハルはふと思った……すぐ隣りに酒場があるのに、わざわざ作戦室で料理を作る必要はどこにあるのか?
そして、もうひとつ確認したいのが。
「ダイヤって料理できるっけ?」
ハルにたずねられ、ダイヤはあっけらかんと答える。
「あー……まあ、やればできるんじゃね?」
──……うん。
やればできるってことは、まだやってないってことだよね? 店長のいつもの口癖を悪用するのはやめようか!?
「マッキーナはどうよ? お前って料理する系女子?」
──ごめんダイヤ、マッキーナには返事させなくていいから! 料理できませんってお母さんから証言もらってるから!
「あーじゃあ、皐月ちゃん呼んでこようぜ! あっちの女子はめっちゃ料理上手じゃんよ」
──わざわざメンバー外から料理人連れてくる必要性はいったいどこ!? それもう、ここじゃなくて僕んちで良いじゃん!
キッチン作った意味ないじゃん、とハルが頭を抱えていると。
武器庫に弓を並べていたムンクが、庭で談笑しているハルたちの元まで歩み寄りながら。
「……野菜炒めで良いか?」
ハルたちは一斉に、有能なハンター少年へと視線を集中させる。
ムンクはがらがらと扉を引いて、室内へ涼しい顔で消えていく。やがて水音や、ぱちぱちと火の音が室内からは聞こえてきて。
そしてわずか数分で扉を開けると、けろっとした様子のムンクが──
「できた」
──やればできる男であることを、ドヤ顔ですらない、やれて当然といった涼しげな顔でハルたちにきちんと示したのであった。
⁂
酒場で使われていたテーブルを二台並べた、作戦室でメインを張った空間にはじめて置かれたのはムンクお手製の野菜炒めだった。
少し遅めの昼食をとりながら、ウィルは少年少女たちに司令官として初めて『任務』を言い渡す。
「さっそくお前たちに行ってもらいたいのは、最近サントラの近場で発見された『聖地開発区域』だ」
大皿から野菜を取り分けながら、ハルは聖地という響きにどこか懐かしさを覚えた。
メトリアを発現させ、星剣を聖地『天文台』へ取りに行ってからすでに三ヶ月は過ぎている……実感が湧かない。
「聖地の……開……区……ええと?」
「『聖地開発区域』」
聞き返してきたハルに、ウィルに代わって返事したのはマッキーナだった。
マッキーナは自身のマグカップに、ウィルがいつも持ち歩いている缶とは違う銘柄のコーヒー豆を注いでいく。
「エレメント協会が管理している、この先『聖地』になるかもしれない地域のことよ」
『聖地』はメトリアによって築かれた、人間──特に『術士』と呼ばれる職業の人間たちによる、叡智という名の技術の結晶だ。
魔獣の巣窟である『魔境』とは違い、聖地は自然発生するものではない。
しかし、神秘と繋がりを有している以上どこにでも自由に聖地が築けるわけではなかった。
「開発区域として選ばれる地域には条件があるのよ」
「条件?」
「そうよ。空気中のメトリア濃度が高い地域……特に『妖精』が生息している可能性のある地域が候補に選ばれるの」
──『妖精』?
またも聞き慣れないワードが出てきて、ハルはフォーク片手にその場で固まった。
いや、聞き慣れないわけじゃないんだけどね? 羽根が生えてて空飛んで、ちっちゃくて可愛い女の子で、ダイヤから借りる漫画にときどき登場する空想上の生物ってことくらいしか……。
「いやいや、現実にも存在しているんだよ? 妖精は」
──うわ、この先生。
まあた僕が何も言わないうちから『水』の流れとやらで心読んできやがった!
ピーマンを小皿の脇へと追いやりながらウィルが言葉を続ける。
……その様子を見ていた隣りの席のダイヤから「おっちゃん、もしかしてピーマン嫌いなのか? ははっ、ガキみてえだなあ!」とストレートな指摘を受けても、まるで聞こえていないふりをして。
本っ当この駄目王子、自分にとって都合の良い空気しか見ないし聞かないし読まないなあ。
「お前たちの最終目標は、その妖精を区域内から探し出すことだ」
ナイフとフォークで行儀良く野菜を持ち上げたウィルは、
「つい最近協会で登録されたばかりの区域だから、まだ地図もまともに書き上がっていないらしい。区域内を探索し、地図を書けるだけ書いて、ついでに妖精の生息の有無を調べる……それが今回の任務だ」
「区域内って……結構広さあるんじゃない? 一日で終わらないわよ」
「だろうな」
マッキーナは自分の小皿に、ウィルが残したピーマンをひょいひょいと移していく。
……え、ちょっとマッキーナ。先生はもう大人なんだから、ピーマンくらい自分で食べさせなよ!
⁂
「だからお前たち」
ウィルは子どもじみた悪戯な笑みを浮かべながら。
「区域内の地図と調査書をすべて書き終えるまで、お前たちはこの作戦本部からお家へは帰れないと覚悟しておきたまえ」
その言葉に、少年少女たちが脳裏に浮かべたのははてなマークだ。
しばらく沈黙が続いてから、ウィルの言い放った司令の意味を紐解いたハルは──
「……泊まり込みってこと?」
「ああ。しばらくは作戦本部と『聖地開発区域』を行き来する生活になるぞ」
さあっと、ハルの顔から血の気が引いていく。
この倉庫の中から出られないってことは、お家にしばらく帰れないってことは。
「そ、それ……皐月にあらかじめ相談させてもらっても……?」
ハルは自分の帰りを今か今かと待っている、桜色の少女を思い浮かべる。
そして、ぷくう、むくう、ぶくむむむむむむむむむうむむむぅ……とかいう皐月の頬から発される苦情が、ハルには今からでも容易に想像できたのだった。
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