op.1 チーム結成
星暦二〇六七年。
その夏、戦場で『魔神』マーラと対峙したのは一人の青年だった。
シャラン王国で最強の剣士と謳われていたその青年は、大陸世界の創造主・星神セーラに導かれ戦場へ舞い降りた。
剣を片手に単身でマーラに立ち向かった青年剣士の勇姿は、のちに『マイスター伝説』として後世まで語り継がれていくこととなる。
王国の英雄だった青年が、この大陸世界の『英雄』となってから早十五年。
ついに王国の辺境・サントラでは、彼に代わる新たな英雄が生まれようとしていた──
⁂
──のは良いのだが。
「ぎぎ……」
竜暦一〇四五年、三月某日。
「ぎぎぎ……」
次代の英雄、小さな星──『英雄の子』と呼ばれた少年・ハルが。
「ぎぎぎぎぎ……!」
自身の新天地にて、謎の奇声を発しながら斜め六十度に首を傾けていた。
サントラでただひとつの酒場、その裏庭で放置されていた大きな倉庫。
この倉庫こそ、春から新たに結成された『英雄の子』擁する部隊の作戦本部となる建物だった。
そんな作戦室の準備作業に明け暮れる毎日で、ハルがしかめ面を浮かべる回数も時間も日に日に増している。
はてさて。
かれこれ一週間が経とうとしているのに、一向に作業が終わらないのはなぜだろうか?
「だあ〜かあ〜らあ〜……」
倉庫前の庭で、語尾の伸びた声を上げているのは茜色の瞳をした少女だ。
マッキーナ・ビブリオ──部隊のメンバーにして新たなサントラの住人。
癖っ毛が強いツインテール、その前髪に赤いヘアピンを携えた少女が小さな両手で抱えていたのは、厚みがある古びた書物。
「これもそれもあれも、どの本も術式作成につかう資料だって言ってるでしょう!?」
ぶんぶんと書物を上下に振りながら、
「必要な資料はどれも仕事場に置いておかないと、すぐ使いたいってなった時に困るじゃない!」
マッキーナが主張するは、彼女が実家の図書館から持ち込んだ書物の作戦室への保管。ついでに本棚の追加。
しかし、そんな主張を却下する人物がいた。
同じく部隊のメンバーにしてサントラの新住人・その二──ムンクだ。
「必要性を感じない。仕事場の荷物は最小限に留めるべきだ」
ぱっつんに切り揃えられた前髪が、両腕を組んでマッキーナの正面に立っている。
「視界に余計なものが映っていると気が散って仕事にならない」
「だあから、全部あたしの仕事道具だって言ってるでしょうが!」
「君の仕事道具は術書一冊で足りているだろう。趣味の本は自分の部屋に置いてくれ」
その前髪と同じくらいバッサリ切り捨てていくムンクに、マッキーナがきりりと目を尖らせた。
そしてマッキーナが指差したのは、倉庫の入口付近で立てかけられている──
「じゃあ聞くけど、弓ってあんなに使うわけ?」
ハルは知らなかった……ムンクが魔獣討伐に使っている漆黒の弓が、実は何本も存在していたことを。
長さのあるものからやたら曲がっているものまで、弓ってこんなに色々な形状があるのかと感心してしまうほどに。
ムンクもマッキーナも、サントラへ移住してきた時は全然荷物なんてなかったのに、あとからじゃんじゃん新しい本とか弓とかを実家から持ってくるよ、この二人!
「弓によって引ける軌道が違う」
顔色ひとつ変えないムンクが、
「必要な時に持ち出せなければ意味がない。全部作戦室に置いておく」
──マッキーナとほとんど変わらない理屈を、平然と並べ立てるムンク先生であった。
本マニアと弓マニアを交互に見比べて、ハルは内心でのみクレームを垂れる。
ごめん、二人とも。いくら大きな倉庫だからって、本も弓もそんなに置けないと思うよ? 自分たちの借家に戻してクダサイ!
何分も睨み合っている二人に声をかけたのは、倉庫からさらに出てきた最後の部隊のメンバー──タンクトップと半ズボンを正装にしている、ハルの旧友・ダイヤだった。
「なんだよ、お前らまだ喧嘩してんのか?」
へらへらと笑って近寄ってきたダイヤが言った。
「いいじゃんかよ、置けるもんを置けるだけ置けば! それよりさ、早いとこ掃除済ませて遊ぼうぜ! 俺さ、四人集まったらやりたいゲームがあるんだよな〜あ」
そんなダイヤが手にしているのは、間違いなく部隊としての仕事では使わないだろうカードケース。
ハルは知っていた……すでに倉庫の中は、ダイヤが持ち込んだゲームや漫画で溢れかえっていることを。
マッキーナもムンクもやっぱり文句があるのだろう、悪びれもせずへらへら笑うダイヤをじとりと睨んでいる。
⁂
では、改めて紹介しよう。
漫画脳ゲーム脳にして運動馬鹿・ダイヤ。
実は漫画も嗜む魔獣狩りの達人・ムンク。
漫画は絶対読まない活字至上主義の術士・マッキーナ。
以上三名が、ハル擁する新チーム──『サントラ少年隊』のメンバーである。
「楽しくなってきたなあ、ハル?」
ハルの背中から声が降ってくる。
少年少女たちのやり取りを眺めていた中年の男──ウィルが、にやにやと悪い大人の笑顔を浮かべていた。
ウィルはシャラン王国の王子でありながら、王都でも『七都市』でもない田舎町で新チームの結成を打ち立てた、すこ〜し風変わりな自称指導者である。
すでにトレンドマークになりつつある無地のロングコートを羽織ったウィルが言った。……ちなみに、今日のコートはハルの瞳の色に合わせたのか、あるいは自身の宿したメトリアに合わせたのか『水色』だ。
「作戦本部が完成したらさっそく任務に入るぞ。この一週間、私がどれだけ各地で人脈をかき集めてきたと思っているのかね?」
「……」
「ようやく『英雄の子』としての活動が始まるんだ。次代の英雄としてチームのリーダーとして、せいぜい気張りたまえよ少年?」
「……ぎ」
ぎぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎ。
歯車が錆びついた機械みたいな音を立てながら、ハルの首が右へ左へと揺れている。
英雄だって? リーダーだって? この四人で町の平和を守るんだって? あわよくば『魔神』とか倒すんだって?
ハルは思った……魔神なんてものを相手する前に、彼ら奇人変人の相手をしただけでぶっ倒れてしまいそうだと。
赤とか青とか緑とか黄色とか、混ぜてはいけない色が共存しているパーカーを着込んだ少年が、内心でのみ苦悩している午前十時過ぎ。
……とまあ、サントラ少年隊はこんな調子で。
作戦本部の設置と時を同じくしてなんとな〜く結成されたのであった。
新たな部隊、もしくは次代の『英雄』の誕生なんて、その開幕は言うほど大仰なものではないのかもしれない。
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