番外 僕らはなんのために剣を振る? 後編
番外編のため、本編を読んでいない方でもお楽しみいただけます。
時系列は「op.30 春がきた」の前となっております。
ハルは、サントラに来訪した剣士の少女・いくみを自身の家へと招く。
木造二階建ての一軒家。
玄関でいつものようにハルの帰りを待っていたのは、同居人にして極東の少女・皐月だった。
皐月といくみ──同じ極東の血を引く少女たちの再会。
「皐月ちゃんだ! 久しぶり〜」
黒ブルゾンの裾をひらひらと舞わせ、いくみはとてもにこやかな表情を向ける。フレンドリーそのものの笑顔を見た皐月も、桜色の瞳をわずかに輝かせた。
いくみだけではない。一緒にハルの家へとやってきた少年・ダイヤも笑顔で、
「よっしゃ、ゲームやろうぜゲーム!」
「何のゲームがあるの? 極東から輸入したやつ?」
「カード系とかボード系とか、俺はRPGのシナリオシートも持ってるぜ」
ずかずかと玄関の廊下を進んだダイヤといくみが、リビングのソファに腰掛けるなり手持ちの遊び道具を床に広げはじめる。
そんな二人を見ていたハルは静かに思う……ねえ君たち、遠慮って言葉を知ってるかな?
そのとき、いくみが急に顔色を変えた。きょろきょろとリビングを見渡して、
「なんか……良い匂いするね? なにこれ、香水?」
果物の匂いだ、と呟くいくみ。
ここでハルはようやく、目前の少女に伝えるべき一番の用事を思い出した。
そうだ──果物!
「い、いくみちゃん!」
血相を変えたハルが、がしりといくみの両肩を掴む。
先ほどまで温和だった少年が急に態度を翻したものだから、さすがのコミュ強少女も戸惑いを隠せず、
「な、なに? どうしたの?」
「君に見てもらいたいものがあるんだ!」
例のブツを持ってこい! と皐月に指示を送るハル。
片やアヴァンギャルドな派手色パーカー、片やヤンキーな黒ブルゾン。少年少女のやり取りとは思えないほど物騒な雰囲気を醸し出している、午後三時のお茶の間でござ〜い。
さあさあとくとご覧じろ。
物知りで滅多な事件じゃ動じないウィル先生ですら仰天した、ハルと皐月の家で栽培している橙色の伝説を!
⁂
「…………み」
庭から採ってきた橙色を視界に入れて、数秒。
「みぃ〜〜〜〜〜かあんだあ〜〜〜〜〜ぁっ!?!!?」
──そのリアクション、想像以上。
「これ知ってる! 『みかん』だよね? パパとか自衛団のおじさんたちからめっちゃ聞いたことある!」
「僕ね僕ね、みかん食べたことないんだよ! 大陸生まれ大陸育ちだから! みかんって王国でどの町でも作ってないってパパがっ!」
──ウィル先生。
モデラにみかんを持ち込めば売れるって話、今まで先生がいろいろ教えてくれた中で一番有力だったよ!
「うわあ、初めて見た! 皐月ちゃん、もしかして作ってるの?」
興奮冷めないいくみが、ソファの上でぴょんぴょんと腰を跳ねさせている。
食べても良いかと聞かれれば、もちろん皐月はうなずいて。
「そのまま食べても美味しいけど、焼くともっと甘くなるよ」
「マジで? あ〜でも、コタツの中であっためると甘くなるってどっかで聞いたことある!」
「みかんパイ、焼いてあげる」
「マジで! 皐月ちゃん、良い『シノギ』するねっ!」
──仕事のことを『シノギ』って言い方する女の子に、僕は初めて会いマシタ。
皐月はそそくさと、みかんが入ったカゴを抱えて台所に消えていく。
いくみが「今日は夜まで帰れないねっ! この町って『電話』はどこにあるの?」と嬉しそうにたずねている間にも、ダイヤはいそいそとすごろくを広げ始めた。
……いやあ、噂には聞いていたけれど、極東の島国の人間たちにとって『みかん』という果物がそんなにも貴重品だとは。
「『電話』は町長の家と酒場にあるよ」
ハルが答えた。
「うちでご飯食べてくなら、ついでに酒場で何かお惣菜をもらおうよ。お肉系で」
こうして、少年少女たちの晩餐は順調に決まっていく。
再びソファから立ち上がったいくみが「まど姉に連絡入れなくちゃ」と呟いたのを、ハルは少しだけ不安がった。
思い出されるのは、闘技大会の閉会後で交わした刃──言の刃と、剣の刃。
いくみの姉──言葉まどか。
あの鋭い眼光を持った気性荒い美女は、なぜだかウィルのことをひどく嫌っていて、ハルのことも……正確には『英雄』の存在をとても疎ましく思っているらしかった。
そんな彼女がもしも、自身の妹とハルの交流を知ったら。
(……ぶち切れでは?)
ぶった斬られるのでは?
廊下を進みながら、ハルはぎぎぎと笑顔を浮かべているいくみを見下ろした。
いくみはそんなハルの心情を察したのだろう、笑顔のままで。
「だいじょーぶだいじょーぶ、まど姉は本当はすっごく優しいんだよ」
「そ、そうなんデスカ……?」
そういえばハルは、ウィルが今サントラのどこにいるのかを把握していない。
自分の借家にいるなら良いのだが、最悪、酒場でばったり出くわすなんてことも……。
すると、いくみが少し首を傾げながら言った。
「『ウィル』さんだっけ? 実はね、あのおじさん王子のことを悪く言うのは自衛団ではまど姉だけなんだよ」
「へっ?」
「パパはむしろ、あのおじさんには昔お世話になったんだ〜って言ってたし、いづ姉からは何も聞いたことないけど、イル兄もなんか、あのおじさんにリスペクトあるっぽい」
──同じ家庭内で、ウィル先生の評価がそこまで大きく変わったりするものなんだろうか?
脳内にはてなマークを浮かべたハルに、つまりね、といくみが言葉を続けた。
⁂
「その人がどんな人かなんて、実際に自分で会って話してみないとわかんないよ」
それが英雄だろうと、王子だろうと。
「本当はめっちゃ悪い人かもしれないし、逆にめっちゃ良い人かもしれない。自分じゃない誰かから聞いただけの話って、あんまり信用しないほうが良いと思うんだ」
外見だけで人を判断することができないように。
第三者の見聞よりも、己の目で見て耳で聞くほうが大切なんだと、いくみは主張した。
齢十五歳にして、モデラ自衛団では近隣都市との『交渉』担当に抜擢されているコミュ強少女らしい主張だと、ハルは黒い瞳を見据えながら思ったのだった。
⁂
午後四時を回るか否か。
ハルといくみが酒場に到着すれば、そこには例のおじさん王子がいた。
「おや?」
ウィルはカウンター席でいつものように紙コップでコーヒーを嗜みながら、いくみを見つけるなり声を掛ける。
「言葉一族のお嬢さんじゃないか」
「こんにちは、おじさん!」
いくみは久しぶりに出会った縹の男に、
「サントラの野菜と、皐月ちゃんが作ってる『みかん』を分けてもらいにきました!」
「ああ、みかんね。ようやくモデラの目に留まったか」
「超びっくりした! パパはもっとびっくりすると思います。今から皐月ちゃんが、みかんでパイを焼いてくれるって……──」
何の躊躇いもなくカウンター席へ駆け寄ったいくみの背中を、ハルは視線でのみ追いかける。
およそ刃など交わされる気配がない、中年の男と少女の会話を背景に。
(……イル兄にいづ姉、かあ…………)
まだ見たことのない少女の家族、そのひとひらの花に思いを馳せる。
可憐な容姿と苛烈な剣撃を有した、剣士の一族にして『言霊』の一族。
またいつか、どこかで会える日が来るだろうか──いや。
きっと会えるだろう、ハルという少年が『英雄の子』である限り。
(Fine?)
番外編でさらっと重大なネタバレをさせてもらいますと……漫画とかゲームとか、作中で登場するファンタジー世界らしからぬ現代的な娯楽品は、かなりの確率で『極東の島国』から持ち込まれた可能性が高いです。
また、同じくファンタジー世界らしからぬ『電車』『電話』といった類の製品は、大陸世界、特にシャラン王国で独自に発達した文明技術から作られたものです。『電気』に代替するエネルギーを新たに開発したことで……おっと、これ以上はマジでネタバレになってしまいます。。。
最後まで番外編を読んでくださりありがとうございました。
次ページからはいよいよ新編に突入します。お楽しみに!




