番外 僕らはなんのために剣を振る? 前編
番外編のため、本編を読んでいない方でもお楽しみいただけます。
時系列は「op.30 春がきた」の前となっております。
『工業都市』モデラ──
ハルが暮らす辺境サントラから、最も近くにある『七都市』でその少女と出会う。
ベージュの髪をたなびかせ、小柄で可憐な剣士の少女。
白のブラウスに大きな赤いリボンを付け、チェック柄のミニスカートを履いた極東の少女。
ブラウスの上から金色の刺繍が入った黒ブルゾンを羽織り、スカートの中にジャージを重ねて履いたヤンキーファッションを愛する少女。
そんな少女──言葉いくみと、ハルは『工業都市』にて出会ったのである。
「今度はサントラへ遊びに行くね」という再会の契りを、言霊に乗せて紡いだ少女と。
⁂
「今度行くね、行けたら行く、いつか行く──とかの台詞ってさ」
竜暦一〇四五年、三月七日。
「だいたい伏線だよな。いつまで経っても来ないし、もう二度と会えないフラグっつうか?」
真昼間、サントラで唯一の酒場。
だん! だだん! と店長が台所で包丁を豪快に振るう音を聞きながら、ハルの友人・ダイヤは笑っていた。
丸テーブルにどかんと置かれた大皿の、その上に盛られたリゾットを黙々と頬張っている客人──いくみを、扉の近くから眺めて。
「いやあ驚いたぜ。いくみお前、本気で遊びに来るタイプだったのか!」
フラグを良い意味で裏切ってきたいくみに、ダイヤが賞賛の声を上げる。
ハルは今日も、酒場と駅をスクーターで行き来しながら町中に荷物を届ける仕事に励んでいた。
その最中に駅で見つけたのが、停車した『電車』からひょこりと町へ降り立ったいくみだったのである。
「サントラって、思ってたよりもずっと近いね!」
いくみは山盛りのリゾットをスプーンで掬いながら、
「電車で数駅って聞いてたけど、二時間もかかってないんじゃないかな」
大きな口を開けて放る。
そのリゾットは、大盛りどころの騒ぎではなかった。大人が何人か集まっても食べ切れるかどうか怪しく、ましてや小柄ないくみの腹にはとても収まらなさそうな量だった。
それを見る見るうちに平らげていく異様な光景を、ハルもダイヤもただ呆然と眺めるしかない。
「朝から道場の稽古してて、ここに来るまで何も食べてないんだよ〜。超美味しいね、ここのご飯!」
「そ、そっか……」
ハルはおそるおそる問いかけた。
「いくみちゃんって……普段からそのくらいご飯食べてるの?」
「僕んちはこれが普通だよ。まど姉もパパも、お椀で三杯は絶対食べるから」
──いや、リゾットは間違いなく七杯は入ってるから!
ハルが内心でツッコんでいるうちに、いつのまにかリゾットは残り一口と言うところまで減量している。……ていうか、一食三杯のご飯が当たり前の家庭ってどんだけ!? 知り合いには一日一食すらきちんと食べているか怪しい先生だっているのに!?
あっという間に数人前のリゾットを腹に収めたいくみは、スプーンをテーブルに置き両手を合わせて、
「ごちそうさま! 店長、超美味しかったです!」
おう、と店長のぶっきらぼうな返事が台所から帰ってくる。
銀貨を一枚テーブルに置いたいくみが、椅子から立ち上がって満面の笑顔で。
「ハルくん、ダイヤくん、久しぶり!」
食事をまるまる自身のエネルギーへと変換した、勢いそのままでいくみは言った。
「ねえ、手合わせしよ?」
「……へ?」
「こないだの闘技大会ではダイヤくんに負けちゃったけど、次は負けないよ? ハルくんも、まど姉に見せてためっちゃ凄そうな技、あれ、僕にも見せて!」
「…………へ、い、今?」
「うん、今!」
満面の笑顔で、さも当たり前のように。
求めていた栄養を満足に取り終えた剣士の少女が、次は闘争の相手を求め、その言霊を持ち前の明るい声に乗せたのだった。
⁂
──そして、広場。
「【言ノ葉拾弐花月流・肆ノ花】」
いくみの振るった『剣撃』が。
「【杜若】」
やっぱりハルの『星撃』をも超える刹那で。
「こ──降参降参降参っ!」
必殺技を放つ間もなく、真っ先に音を上げたのはハルだった。
ぶんぶんと木刀と剣技を振り回されて、とてもじゃないが目前の少女に敵いっこない。
「降参? 何言ってるんだよ、ハルくん」
ひらりと宙を舞ういくみが、
「今は大会じゃなくてただの練習、お稽古なんだよ? この身が続く限り戦わなくっちゃ、僕たち剣士はいつまで経っても強くなれない──っと!」
雷鳴がごとく床に打ちつける勢いで、木刀をハル目掛けて振り下ろす。
ガギンッ! とやっぱり木刀から発されてはいけない音が広場でこだました。
「ひ、えぇえっ!?!!?」
寸でのところで、ハルは自身の『星撃』によっていくみが放った剣撃を、剣の全身でいなす。
らんらんと瞳を輝かせるいくみの、楽しそうに木刀を振るう姿はまさに──
「戦闘狂デスカ!?!!?」
ハルの叫びを聞くなり、いくみは少し不満げに頬を膨らませる。そして、すとんと着地するなり、
「剣士なんだから、戦うのが好きなのは当たり前じゃん?」
言い返してきた。
「モデラ自衛団はもちろん、特に僕んちは全員『剣士』だもん。『剣』を持ち『義』を為し、ここに『全霊』を示すのが僕たち言葉一族の理念なんだ」
──言葉一族、恐るべし!
闘争を魂に刻んでこそ彼らの生き様!
「三つ子のお姉さんお兄さんもそんな感じなんだ……?」
まど姉、イル兄、いづ姉の三つ子と合わせて四人姉弟らしい。
ハルの問いかけにいくみが顔を綻ばせながら、
「うーんでも、まど姉は僕たちの中では一番優しいほうだけどね」
──ど、どの辺りがデスカ? ウィル先生におもいっきしガン飛ばしてたよね、あの美人お姉さん?
「剣が一番強いのはイル兄かな、やっぱり男の子だから。で、喧嘩が一番強くて怒ると超怖いのはいづ姉だよ」
──ごめん、剣の強さと喧嘩の強さってイコールじゃないんデスカ? 僕、素人だからよくわからないデス。
⁂
すると、今度はいくみがたずねてくる。
「ハルくんって、あれなんでしょ? この国の『英雄さん』の子どもなんでしょ?」
──へえ、僕の父親のことを『英雄さん』って呼ぶ人は初めて見た。
あと僕は英雄っていうか、ウィル先生が言うところの『英雄の子』なんだけどね、えへへ。
「ハルくん、あんまり戦うの好きじゃないの?」
ハルは返答に迷う。
天文台で手に入れた英雄の証──『星剣』アストロを片手に、
「好きじゃないっていうか、得意じゃないっていうか……」
金色の髪を掻きながら、ハルは苦笑いを浮かべた。
ハルは英雄としても剣士としても未熟だ。
宿したばかりの『星のメトリア』の使い方もまだまだ深く理解しておらず、剣に至ってはいくみどころか、幼なじみのダイヤにも遅れをとるほどに。
もともと無いと思っていたメトリアを宿し、無いと思っていた剣才を磨き始めたばかりの未熟な少年。
それでも──
「戦う『理由』は、できちゃったからね」
剣士としての闘争心では無い。
誰かと争うためではなく、誰かを守るための戦いならば。
ハルの返事を聞いたいくみは、木刀をくるくると片手で回しながら。
「だったら僕たちと同じだね」
どの辺が同じなんだ、とハルが聞き返せば。
「僕だって、守るために戦ってるんだよ」
「いくみちゃんたち、自衛団だもんね。町の平和ってやつ?」
「それだけじゃないよ」
いくみは答えた──揺るぎない瞳で。
その言霊、意志に心のすべてを乗せて。
「僕たちは剣士だから。剣士としての誇りを守るために戦っているんだよ」
ハルが英雄でもあり、剣士でもあるように。
いくみは──言葉一族は、文字通り『全霊』を以って剣を振っている。
後編も近日に公開します。




