番外 好きなものを好きだと言ってなにが悪い? 後編
番外編のため、本編を読んでいない方でもお楽しみいただけます。
時系列は「ハルのメトリア編」より、「ep.8 分裂する魔法都市」「ep.12 英雄:マイスター伝説」の最中の出来事となっております。
──これは、ハルが人生初の『ひとり旅』を経験してまもなく、ウィルと『ふたり旅』を経験している最中のお話。
「まだ飲むの?」
竜暦一〇四四年、十二月二一日。
ビブリオ図書館の地下室で一晩を過ごすことになったハルが、黒コートのポケットから紙コップを取り出してくるウィルに声を投げる。
ウィル──長身で細身、痩せこけた肌。古びた黒のロングコートを襟立てては、くすんだ藍色の長髪を後ろで雑多ばらんに束ねている中年の男。
ハルがウィルと出会ってからまだ二日ほどしか経っていないが、その二日間でハルが強く印象を残すくらいには、ウィルは四六時中コーヒーばかり飲んでいる謎のおじさんだった。
四六時中と言えば、サントラの長老・ハモンドも四六時中お酒を飲んでいる。
コーヒー中毒のウィル、アルコール中毒のハモンド。
「一日三杯は飲む主義だと言っただろう?」
「一日三食みたいな感覚で言われても……」
「君も飲むかね」
重ねた紙コップを二枚、机上に並べたウィルがコーヒー豆とお湯をコップに注ぐ。
ちまたで流通しているコーヒー豆は、旅先でも簡単に淹れられるよう、あらかじめ挽いてある豆を缶や紙袋に詰めて売られていることが多い。ウィルが日頃から持ち歩いているコーヒー豆も、コップに入れたらお湯を注ぐだけですぐに完成する形式になっていた。
ハルはベッドから起き上がり、ゆっくりした足取りで椅子へ近づく。自分に用意された黒い液体をしげしげと眺めては、
「……牛乳か砂糖は無いの?」
数時間前に喫茶店で飲んだカフェオレを思い出しながらたずねる。
するとウィルは、眉をわずかに垂らし、
「知らないのかね、少年? コーヒーは何も手を加えず飲んだほうが、本来あるべき嗜みかたと言えるのだよ」
『大人の階段』ってやつらしい。
ハルは以前、サントラの町長・ノウドもコーヒーを飲んでいるのを目にしたことがある。確かノウドは、コーヒーにウイスキーを加えていたような。
大人はどうしてそこまでして、お酒やコーヒーを飲みたがるんだろう。しかも大人たちは、お酒は子どもの内は飲んではいけないと戒めるくせに、コーヒーはむしろ飲むことを強く推奨してくる。……早く大人になって欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ?
ウィルから不当に子ども扱いされているような気がして、なんだか癪だったハルは頬を膨らませながらも紙コップを受け取った。
十五歳にも満たない少年が、黒い液体を口にするなり──
「熱い! 苦いぃ!! 不味いぃぃっ!!!」
──コーヒー初体験あるあるを綺麗にかましたハルが、椅子からばたんとひっくり返って倒れる。
床に転がって暴れるハルをウィルがへらへら笑っている間に、机へ置いてあったウィルの懐中時計は日付の変わりを静かに知らせていたのだった。
⁂
そして竜暦一〇四四年、十二月二三日。
ビブリオ図書館の後継の少女・マッキーナが合流したことで、ハルとウィルの冒険はさらに賑わいを見せたころ。
泊まりがけだった夜行列車の車内で朝食を摂っていれば、
「マッキーナ、コーヒー飲めるの!?」
マッキーナが注文した飲み物を一瞥し、ハルがあっと驚いた。
ビュッフェ形式だった朝食でも、ハルの向かいの席へ腰掛けたウィルは相変わらず自前の紙コップでコーヒーを飲んでいる。
「しかもブラック!?」
「何よ、悪いの? 朝の目覚めによく使っているのよ」
齢十六の少女がマグカップ片手に、
「まあ、ときどき居るわよね〜。コーヒーをブラックで飲めないやつは大人じゃないとか、銘柄もまともに答えられないやつがコーヒーを語るなとか、飲み物ごときでマウント取ろうとする不毛な人間が」
『メトリア』の種類でマウント取るみたいに、と言い加えるマッキーナ。
そんな彼女の視線にいたのは、もちろん青髪のコーヒー中毒おじさんである。
「別にマウントを取った覚えはないが?」
マッキーナの視線に気がついたウィルが、
「ハルがやたらと服のブランドを気にする行為と大差ない。マッキーナ、君だってこだわりのひとつやふたつくらいは有しているだろう?」
「メトリアや『術式』みたく、仕事に直結する話だったらね? ママが前に言ってたわよ。お金がない男とブランドにうるさい男なら、お金がない男と付き合った方がまだマシだって」
どういう意味だ、とハルはマッキーナの発言を聞き返した……マッキーナから遠回しに、ウィルだけでなくハル自身のRe:birthへのこだわりをも鬱陶しがられたことに気がつかないまま。
そしてマッキーナが指差したのは、ウィルが持ち歩いているコーヒー豆の缶。
「それ、異国のブランドらしいわね」
「へっ?」
「大陸南部で作られている豆だから、本当はシャラン港を介した『王都』でしか流通していないのよ。だけどウィルが、王都内外の知り合いの店に無理やり取り寄せてもらって常備させているってわけ」
旅先でも決して豆を切らさないように。
ちなみに、そのブランドを知っている人間や実際に飲んだことがある人間に言わせれば──
「『こんな粗悪品はコーヒーとは呼ばない』ってパパが言ってた」
「評判最悪!?」
「ど〜してもウィルが確保しとけってうるさいから、仕方なくビブリオの喫茶店にも置いてるだけ。こいつ以外に飲んでいる変人はまず見たことがないらしいわよ?」
要するに不味いらしい。
ハルは仰天した……じ、自分の好きなブランドのためにそこまでする!? いやまあ僕も人のこと言えないけどさ! 町長にめっちゃRe:birthの服とかレコードとか取り寄せてもらってるけどさ!
ウィルが少し不機嫌そうに、
「失礼だなあ、諸君。他人の趣味嗜好を、あたかも人間として劣っているかのように印象操作するのは止めたほうが良い」
「そ……そーだそーだ! 好きなブランドを好きだと言って何が悪いんだ!」
なぜか便乗して頷いているハルを、マッキーナが鼻で笑う。
「その趣味嗜好を他人に押し付けるのも勘弁してもらいたいわね。こっちの視界に入らないところで楽しんでもらえる?」
「それじゃ意味ないじゃん! 服は外で着てなんぼなんだけど?」
「まったくだよ。服にしろ食事にしろ、優れたものは正当に評価し世に広めるが、『指導者』としての正しき在り方だとは思わないかね?」
なぜか意気投合しはじめるハルとウィルを、マッキーナは交互に見比べて大きなため息を吐く。……そんな少女の目前に置かれていたのも、いつもの朝食だと彼女が自負している『チョコレート』の山だけれど。
⁂
──おっと。
結局、私は何が言いたいんだったかな?
つまりだ。
十人揃えば十通りの『色』が存在するように、同じ大陸世界、同じ王国でも三人集えば三通りの『好き』が存在している。
何が正しいとか何が良いかなんて、実はさほど重要ではないということだ。
趣味の違いに他ならないんだよ、結局ね。
そう──たとえ『英雄』や『英雄譚』であろうとも、だ。
さあて。
諸君らはいったい、どんな物語がご所望かな?
(Fine?)
コーヒーをブラックで飲む習慣って、実は海外よりも日本人に多いらしいですね。
「ファンタジー小説」と言えば西洋の文化をモデルにした世界観で描かれている場合が多いですが(本作も一応西洋モデル)、ヨーロッパではむしろ牛乳や砂糖を入れて飲むほうが主流なんだとか。
実はこの番外編を書くまで知らなかったです。調べて良かった……。
番外編を読んでくださりありがとうございました。
次エピソードも、引き続き「サントラの春編」から番外編をお送りする予定です。




