番外 好きなものを好きだと言ってなにが悪い? 前編
番外編のため、本編を読んでいない方でもお楽しみいただけます。
時系列は「ep.1 終点と始点」の前となっております。
シャラン王国辺境・サントラ。
とても綺麗な星天だった。
広場で町のみんなと一緒に夜を仰ぎ、金髪碧眼の少年・ハルは遙か彼方の流星へと手を伸ばす。
そして流星に願いを込めた。
このどこまでも綺麗な『空』が、いつまでも続いてくれたなら。
そんなハルの思いが届いたのか否か。
流星は真っ逆さまに、金色の頭へと急降下してきて……──
「ハルっ!?」
ハルの隣にいた少女・皐月が悲鳴を上げる。
──流星の直撃を受けたハルが、広場の真ん中で伸びてしまう大事件は、竜歴一〇四四年十二月十五日の出来事であった。
⁂
そして、竜歴一〇四四年十二月十八日。
流星直撃事件から、三日ほど経った昼下がりのこと。
サントラの町長・ノウドが黒スーツ姿で殺風景なあぜ道を進んでいた。
(天候、晴天。風向き、平常。今日も『結界』に異常なし……っと)
ノウドは『探知器』片手に、自ら町中に張り巡らせた魔獣除けの術式を点検していた。
術式は音が鳴らない『鈴』に数列として書き込んであり、その鈴を各所の木柱に紐で括りつける。それらの鈴を介して空気中に流れる『音波』をノウド自身が聞き分けることで、魔境の位置特定や魔獣の集落への接近を感知するための『結界』として、ようやく機能を果たすのである。
要するにノウドは音波──『風』の音を操る術士だった。
(あれから大丈夫かな……)
そんなノウドが気にかけているのは、『結界』よりもハルの状態だ。
流星が誰かの頭に落ちてくるなんて大事件にして珍事件、サントラではもちろん、ノウドにとってもまったく初めての経験だった。
もっとも、前例をまるで知らないわけではない。
ノウドが属しているエレメント協会で厳重に残された、見聞録の中であればすでに聞き及んだことがある。
流星──『星』に選ばれた人間。
それはすなわち、大陸世界の創造主・星神セーラから選定を受けたという証に他ならない。
かつてシャラン王国に存在していた青年剣士──『英雄』のように。
(やっぱり……彼も『マイスター』なんだろうか)
あるいは、『マイスター』へと羽化する前のさなぎみたいなものだろうか。
ノウドは巡回の終わりに、自宅療養しているハルの家へと足を運ぶ。ハルは一年ほど前から異国の少女・皐月と共に、少年少女には不相応なほど立派な木造二階建てに住んでいた。
そして、家の玄関前で立ち止まったノウドが耳にする。
玄関の壁越しに聞こえてくる、少年少女の喧騒。
「……──が、…………だから、お願い……──よ! ……もん…………──」
「別に良い…………だって、……──すが…………さあ! …………から──」
明らかに言い争っている声を聞きつけたノウドが、たまらず玄関の扉を開けた。
鍵すら掛かっていなかった扉が開いたなら、目前に広がる廊下でぎゃあぎゃあ騒いでいたのは──包帯ぐるぐる巻きの金髪頭。
「ちょ、ちょっと! 何をして──」
「町長!」
真っ先に叫んだのは皐月だった。
「ハルを止めて!」
ハルは大きなリュックサックを背負っていた。いつにも増して意気揚々とした面持ちで、ぐるぐるに巻かれた頭の包帯はそのまま、履いている白スニーカーは新品さながらにぴかぴかだ。
何より目を引くのは、ハルが来ているパーカーの色合いだ。赤とか青とか緑とか黄色とか、同じ服の中では共存してはいけない色たちが堂々と喧嘩しあっている、極めて前衛的なデザイン。
その姿──さながら『冒険者』がごとし。
「何をしているんだい?」
ハルの旅支度に驚いたノウドが、
「どこかへ出かけるつもり? 仕事はサボって良いって、店長にもお墨付きもらっているじゃないか」
そう問いただしてやれば、ハルはらんらんと空色の瞳を輝かせて答えた。
「Re:birthに会うんだ!」
Re:birth──ノウドはすでに知っている名前だ。
サントラへ移住しておよそ五年。いったいハルから、その名前を何度聞かされてきたと思っているんだろうのか。
Re:birthはアパレルブランドでありながら、少数精鋭の社員によって音楽活動も展開している、若者の反骨精神を揺さぶってくるようなアヴァンギャルド・グループだった。
普段はカタログ販売しかしておらず、めったに客前に姿を見せず、『王都』に事務所があると噂の奴ら。
そんな奴らに──ハルが、会う?
「ま、まさか……『王都』へ行くつもりか!?」
「違うよ、コーラルだよ」
仰天するノウドに対して、ハルは平然と言葉を返す。
コーラルは『電車』で数駅のところにある、サントラよりも多少は賑わっている近隣の町だ。
「奇跡だよ、町長! あのRe:birthがこんな田舎まで出てくるなんて!」
ハルの空色がとてつもなく眩しい。……ついでにパーカーもぎらぎら眩しい。
「チケットはもう取ってあるんだ。このライブを逃したら一生会えないんじゃないかなって思う!」
「……」
「僕はさ、いつもカタログでモデルやってる女の人も好きだけど、一番好きなのはギターの人なんだよね。デザイナーの人。ギターも超上手いけど、Re:birthの服はほとんど全部あの人なんだよ。昔っから大ファン!」
⁂
ハル少年──当時十二歳。
かの『魔法都市』からノウドが町長として派遣されてきて間もない時期だったろうか。サントラに一軒しかない本屋で、ハルはたまたまレコードを手に取った。
人口二千人余りの田舎で退屈を持て余した子どもたちのために、ノウドが近隣の町から真新しい本を取り寄せるようになった頃だ。
そのレコードが入った厚紙は、赤とか青とか緑とか黄色とか、色とりどりの絵の具で塗りたくられたような極めて破壊的なデザインで。
「…………か…………」
──ハル少年。
「かっこいい…………!」
──ハル少年、一目惚れ。
ハルはすぐさまレコードを買い上げるなり、家のリビングへと駆け込む。そして放置された再生機にレコードを置いた。
くるくると回る黒い円盤に、針をそうっと掛けて。
「…………ふ…………」
──ハル少年。
「ふおおおぉおぉおぉおおぉおぉおぉおおぉおぉおぉおおおおおっ!!」
──ハル少年、大興奮。
何だこれ何だこれ何だこれ、超かっこいい!
外見通りの破壊力じゃん! うおお、音もうるさっ!
当時は皐月ではなく、長老・ハモンドと生活を共にしていた。
レコードの爆音に寝室から飛び起きてきたハモンドが、魔獣の襲撃でも受けているのかと勘違うほどに。
音楽とも騒音とも聴いて取れるそれを、耳にしたハモンドが。
「おお、ハル……」
あごにぶら下がった白ひげをさすりながら、ぼそりと。
「Re:birth……絶対に夜には流すんじゃないぞい……?」
──ちなみに、時刻は夜の九時過ぎだったとさ。
⁂
そして、現在に至る。
かれこれファン歴二年ちょいのハル少年は、Re:birthとの運命の出会いを果たして以来、ひたすらにレコードと服を買い漁る日々を送っていた。
「カタログ販売しかしてないってのがオツだよね!」
「……ハルくん」
「ファッションでも音楽でも、真の芸術家は人前に簡単に出てきたりしないんだよ。作品そのもので自分を語るって奴かな!」
「ハルくん」
「絶対行くよ、Re:birthのライブ!」
ノウドの困り顔も、皐月の叱り声も。
今のハルにはまるで関係がないといった様子で。
痛々しい頭の包帯にも構うことなく、ハルは右手のこぶしをガッと握りしめた。
「それで、会ったら絶対に言うんだ! 一生付いていきます、大好きですって」
「ハルくん……」
「結局こういう気持ちって、直接会って言葉にしないと伝わらないと思うんだ。いっぱい服やレコード買って、カタログをいっぱい取り寄せていてもさ。電車で数駅、日帰りでRe:birthに会える? 行くっしょ、もちろん!」
ぷくう。むむぅ。ぶぐむむぅむう。
ハルの背後で不規則に鳴り続けている謎の擬音など、この金髪碧眼にはまったく聞こえちゃいないだろう。
日頃からRe:birthの信仰を布教えてもらっている皐月の、ハルに関する最大の悩みだ。
皐月がはじめてサントラに来訪してから、かれこれ一年が経とうとしている。ハルと一緒に暮らしはじめたのも同じような時期だった。
……ハル、とってもいい子なんです。優しいし、皐月と違って人見知りしないし。
皐月が作った料理も全部、美味しいって笑顔で食べてくれるし。
ただ、皐月にはひとつだけ分からない。
ハルの服と音楽の『趣味』だけが、皐月の唯一にして最大の悩み。
⁂
流星が頭に落ちてきたくらいで──『星神』に選ばれたくらいで。
ハルの意志が揺らぐことはないと、ノウドはきらきらな空色を眺めてため息を吐く。
これは、ハルがまだ何も知らない頃のお話。
大好きなブランドの憧れのライブへ赴いた人生初めての電車旅、その帰路からはじまる、ハルという『英雄の子』の英雄譚。
ハルがこの物語の『語り部』にして、かつての『英雄』を知る男──ウィルと運命の出会いを果たすまで、まもなく。
後編も近日に公開します。




