op.30-1 春がきた①
竜暦一〇四五年、三月十日。
王国の辺境・サントラで吹く風は、月が『三』に変わったあたりから急速に温度を持ち始めた。
同居人にフライパンで叩き起こされる朝。
「持ってけ」と無愛想な店長に重い段ボール箱を担がされる午前。
午後は町長に地図の読み方を教えてもらったり、友人と一緒に広場で遊んだり武術の稽古をしたり。
そんな、変わり映えのしない日常を送り続けてきたハルだったけれど──
──夕方の五時ごろだっただろうか。
ハルは長老からの知らせを受けて、皐月やダイヤ、そしてウィルと一緒にサントラ駅へ急行する。
汽笛の音とともに近づいてくる電車。停車して開いた扉から姿を現したのは──
⁂
「ムンク! マッキーナ!」
その姿を一目見るなり、ハルの笑顔があっという間に晴れていく。
サントラの地に降り立ったのは、新しいサントラの住民にして、ハルの新しい『仲間』となる少年少女だった。
一人は、隣町で魔獣ハンターをしていたモノクロな少年・ムンク。
ムンクは相変わらず真っ黒な格好をしていて、ガラガラと車輪を鳴らしたキャリーケースも、普段のクールな素振りに見合うかなり控えめな荷物だった。
……それにしても。
「部隊に入る気になったんだなあ!」
ハルの疑問を、代わりに言葉にしたのはダイヤだった。
「前は断ってたじゃんよ。どうした?」
「……別に」
深い理由なんてない、とムンクは答えをはぐらかす。
しかし、ムンクが無表情な胸に秘めていたのは、あの『魔法都市』で目撃したハルの新技──『星繋ぎ』だった。
もともと判明していた『集約』という星の性質を応用した、他者のメトリアと繋がり自身に取り込む技。
その性質に名前を付けるとしたら──『性質拡張』といったところか。
一度あの『星繋ぎ』を目にしてしまったことで、ムンクの胸中で吹いていた風は途端に向きを大きく変えた。
ウィルに説得されるまでもない。
ムンクは知りたくなってしまった──もっと深く。
『星のメトリア』のことを、なにより、ハルという新しい『英雄の子』のことを。
⁂
ハルは沈黙を貫いているムンクから、今度はマッキーナに視線を移した。
マッキーナは橙とか黄色とか、比較的暖かな色で統一された服装を選んでいて、図書館にいたときとは違い『黒』のポンチョは羽織っていなかった。おそらく黒色は、彼女の趣味ではなく『魔法都市』という土地柄に合わせた正装だったのだろう。
そしてマッキーナもキャリーケースを持ち込んでいたが、ムンクに輪をかけて荷物量としては控えめだ。
そしてそして何よりも、ハルが一番驚いたのは──
「あれ? 髪、縛ってる……」
マッキーナはいつも、癖っ毛の強い長髪をそのまま伸ばし切っている少女だった。その身だしなみが目に付いたハルが、出会って早々にアクセサリを手渡してしまいたくなるほどに。
しかし今日は、なぜだろう、その髪を左右で縛っている。前髪には、赤色のヘアピンもちょこんと飾られたままだ。
「あんたみたいに、余計な世話を働く男には二度と出くわしたくないからね」
ハルの心情を悟ったマッキーナが、自ら疑問に答えた。
「そ、そういう理由デスカ……ていうか、荷物少なくない?」
「荷物なんかないわよ別に。あたしは本さえあれば生きていけるから」
本すらまともに入ってなさそうな荷物を一瞥したハルが、あの図書館で見た本棚づくしの光景を思い出しながら。
「ここ……本屋は一応あるけど、そんなにいっぱい置いてないよ?」
「本なんて現地になくても、他所から取り寄せればいいじゃない。サントラ、ちゃんと管理者がいるって聞いたわよ?」
「そ、そういう感じデスカ……」
マッキーナの言い分に、実は結構漫画を読んでいるらしいムンクも、静かに頷き肯定している。
……都会暮らしに憧れるハルとは違って。
マッキーナもムンクも、自分にとって必要な娯楽さえあれば、サントラがどれほど田舎だろうと別に問題ないらしい。
⁂
そんな新しい住人たちを、ハルの後を付いてきた皐月が、やっぱり人見知りを発動させながら。
「……ハルのお友だち?」
ハルの背中に隠れたまま、おそるおそる声を発した皐月をマッキーナがまじまじと眺めて──ただ一言。
「……………………へぇ〜え?」
──皐月か、例の『契約相手』は。
声にこそ出さなかったものの、そんな言葉があとに続きそうな感嘆を上げたマッキーナに、ハルは冷や汗でしか反応を返すことができなかったのであった。
ウィルは、駅に集合した少年少女たちを見渡して。
「ムンク、マッキーナ。──サントラへようこそ」
いやいや、先生もつい最近移住してきたばっかじゃんとハルが突っ込む暇もなく、
「君たちの新居はすでに長老殿から用意してもらっている。だがまずは、君たちの歓迎会も兼ねて酒場で夕飯にしようじゃないか」
店長がすでに用意してくれていると、歓迎の言葉を告げたウィルが羽織っていたのは、何の変わり映えもない『紺色』のロングコートだった。
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