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ep.3-2 15年遅れの真実②

 案内された部屋は、ノウドにとっての仕事場、いわば書斎だった。


 ノウド自身の清潔さとは裏腹に、床では本が散乱し、書斎の本体であるはずの長形の机では、酒場さながらにワインボトルが並んでいる。

 ウィルよりもさらに輪をかけて痩身なノウドが、片手では丸眼鏡をしきりに掛け直しながらもう片手で机の空いたスペースに茶封筒の中身を広げていく様は、妙な器用さと若干の滑稽さが両立しているようで、案外悪い光景ではなかった。


「良い町ですね、ここ」

「そうか? 君には退屈かと思ったが」

「うるさくなくって最高ですよ。もう一生、ここで事務やってたいくらいで。はは」


 乾いた笑みをこぼして。


「とりあえず、『魔法都市』には二度と戻りたくないですね」

「集会くらいは出席しているんだろう?」

「行きませんよ、あんな老害介護茶会。あなたこそ、最後に議会に出席したのはいつなんです?」

「出ないよ、あんな税金泥棒同好会」

「自覚があるなら税金返してください。協会も議会も全部解体して、更地に変えちゃったほうが王国のためですよ」


 関係者に聞かれれば大事になりそうな猛毒が、六畳あまりの空間に撒き散らされていく。


 ノウドによって提示されたのは、三種類の紙の資料だった。

 ひとつめは、サントラの住民票。

 ふたつめは、すでにウィルが受け取っていた、『流星』に関する報告書の複製(コピー)

 そして──ウィルは、みっつめの資料を持ち上げ、その文章に目を通す。



 ──【『マイスター』育成に基づく『天文台』の調査書】。

 表紙にはそう、記されていた。



「……まさか、本当にこれを使う羽目になるとはな」


 パラパラと、気怠げな様子でホッチキス留めされた資料をめくっていくと、そんな速度では読めないでしょう、とノウドから指摘を受ける。


「読める代物かね? ろくに要点がまとまっていない。素人に理解させる気がないな、これを作ったやつは」

「あなたは素人じゃないでしょう。それに、調査書というものは中身を省くほうがまずいんですよ」

「あいにく『術式(コード)』の作成は専門外だ」

「……あなた、本当に学院、卒業したんですか?」


 この資料は借りていいか、と雑に資料をはためかせる。

 読んでも分からないものを借りる意味があるのか、なんて馬鹿にされればウィルは笑って答えた。


「読んでわかる術士(やつ)に読ませれば良いだろう?」


 室内でも羽織ったままだった黒コートの、内ポケットへと茶封筒ごと資料をしまうウィルを眺めていたノウドが、ふいに机の引き出しから灰色の薄布を抜き取っていく。

 自身の顔から丸眼鏡を外したかと思えば、布で懸命にレンズを磨き始めた。


「……本当によろしいんですか」

 ノウドはいっそう困惑した面持ちで、

「本当に──『協会』には報告しない、と?」

「ああ」

「……『王宮』には……」


 両肩を上げて否定すれば、ひゅ、とノウドの喉から頼りない風が吹く。悲鳴にも近い風の音を聞きながら、ウィルはかの少年少女の家と同様に給湯をねだった。





 湯が沸く音を聞きながら、今度はウィルが表情を暗くする。

 ウィルの視線にあったのは──サントラの住民票。

 金髪碧眼のぶっきらぼうな少年が、黄ばんだ厚紙に貼られては口を尖らせている。



『ハル』──三月生まれの十四歳。

 身長百六十四センチ、体重四十八キロ。

 現在は運送業に従事し、『極東』の漂流者の少女と二人で生活。

 そして、血縁者は──誰もいない。



「なあ。皐月はいつからサントラに?」


 たずねるとノウドは、一つのファイルにまとまった、他の住民票をぱらぱらとめくっては、


「一年前ですね。お姉さんと一緒に来たんですが、姉の方はすぐに出て行ってしまって」

「大陸に着くするまでの経路は聞いていないのか?」


 首を横に振るノウドに、ウィルは少しだけ思案したのち、


「……(ハル)の母親も、漂流者だったんじゃないか?」


 ウィルの視線の先にあったのは、親族の名前を記すための住民票の項目欄だった。ウィルはその項目を指差して、


「名前の響きが極東のそれだ。その姉貴とやらと知り合いだったのかもしれないな」

「そ、そうなんですか? まあ、彼の母親はもっと前に亡くなってますが……へえ、極東の響き……」


 初めて尊敬の意を示したノウドが、問いかけた。


「ウィンリィさん、詳しいんですね?」

「……まあ。『専門』だからな」


 学院にそんな分野はないはずですが、というノウドの返事には耳を貸さず、ウィルはしげしげと母親の名前が書かれた──さらに左隣の欄を眺めた。



 母親ではなく──『父親』の名前を書くべき、その空欄を。



 ノウドも、ウィルが空欄を気にかけていることを視線のみで悟ったらしい。

 再び丸眼鏡を磨き始めては、それまで無遠慮に毒を吐いていたノウドが急に声を詰まらせる。


「…………その……ウィンリィさん」

「なんだね」


 意を決したノウドが、ついに喉を震わせて。


()から、何か事情は聞いてはいないのですか?」


 彼──とはいったい誰のことなのかは、ウィルにはすぐに見当がついた。

 数秒の沈黙を何度も重ねた末に、


「いいや」


 それだけ答えると、書斎の窓から、一枚の枯れ葉が滴り落ちていったのを一瞥して。

 ……深い深い、ため息を吐いた。

 白い息が、一瞬だけ辺りに霧を作る。その霧も、胸に秘めた憂鬱の雨も、決して自身が持つ『水のメトリア』とは関係がないものだと知りつつも。


「……何も聞いちゃあいないよ。むしろ、私が一番裏切られた気分だ」


 かつての、青年の言葉を思い出す。

「後のことはよろしく」とは。「もし次に俺みたいな奴が現れたら」とは。


 ウィルは舌打ちする。

 おいおい、それは予言して──いや、『予告』して然るべき話だろう、と。





「あの愉快犯め……!」


 十五年越しにあのろくでなしを呪う。


「『星』って、遺伝するメトリアだったんですね?」


 頭を抱えるウィルに、ノウドの途端に間の抜けた声が鳴り響く。


「これは後世に残すべき貴重な情報ですよ、ウィンリィさん。やっぱり協会に報告した方が良いんじゃないですか。しかも、この住民票が正確なら彼は極東との『混血(ハーフ)』なんでしょう?」

(こちら)では私のことは『ウィル』と呼びたまえ。信じられん……あのろくでなしが結婚なんて」

「どうなんでしょうね。婚姻関係がなくとも子どもは作れますからね」


 ──術士(ライター)らしい分析をどうもありがとう。

 ノウドの言葉を嘲笑していれば、沸騰の音を立てた給湯器が、書斎の一時の静寂に再び喧騒をもたらしたのだった。





 ……ああ、ちなみに。

 この中年と壮年が、二人揃って生涯独身であるという事実は、あの少年の成長とこれから向かう新たな『冒険』には何ら影響を及ぼさないはずだと、()は強い信念を持って主張しておきたい。

2022年3月15日:「ep.3」を分割&改行調整しました。


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