op.27-2 星の契約者たち②
……そういえば、どうしてクラウスは。
『マイスター』の称号を得て、自由を許された身となってもなお。
(──私の部隊で剣を振ろうとしたのだろうな)
はるか昔から『流星』の導きがあったにもかかわらず。
ウィルがそんな過去の記憶に浸っているうちに、昼と見間違うほど明るかった空が、次第に本来の夜へと時間を巻き戻していく。
静寂に包まれたアレグロの広場にて、立っていたのは──カイーザだった。
⁂
ぴき、と大きく割れた結晶の中から。
「あ〜あ……さすがの俺様でもこいつはきっついな」
低めた声色で見下ろすカイーザ。
その視線の先にいたのは、少しだけ自分とは離れた地面で伏しているハルだった。
「『ハル』!」
──今までで、初めて。
ハルの名前を呼んだマッキーナが、金色の元へと駆けていく。
「う、ぐ……」
多少の泥こそ付いているものの、ハルの身体には傷らしきものも火傷も無い。
立ち上がってこられないのは他でもない、ハル自身のメトリア切れが原因だった。
「なんだあ? まさか……もうおしまいかよ、てめえ!?」
戦いへの欲求が溢れ出して止まらないカイーザが、
「もっと戦ろうぜ! 全然足りねえよ。てめえの親父だったなら半日は戦場に残り続けるぞ」
そんな戦闘狂と一緒にするな、とハルが倒れたままカイーザを睨みつける。
むしろ、ハルの貯蔵限界にしては随分と長い時間を継戦できたものだった。たくさんの新技もちゃんと使えたし、何よりも一番の目標だった、『炎』のメトリア最弱というレッテルを剥がすきっかけも作った。
それでも──それでも、まだ届かない。
⁂
(この……このおっ!)
ぎぎ、とハルは両手を地に付け、強引にでも立ち上がろうと奮起する。
無理をすれば身体に触るとマッキーナの忠告も聞かず、
(頑張れ僕、やればできる!)
この場にすらいないニールセンの口癖なんかも真似ながら、目前の相手に立ち向かおうと、戦い続けようと。
そんなハルを目の当たりにしたウィルは、かの『マイスター』と比べずにはいられなかった。
クラウスは確かに、剣士として優れていた。誰よりも強く、誰よりも戦果をあげ、二十歳で入隊したとは思えないほど短い期間で誰よりも多くの戦場を経験した。
本当に戦うことが好きな青年だった。
同じ血が流れていながら、剣才も日頃の戦意もそれほど持ち合わせていない息子とは、全くの別人だ。
それでも──それでも、もしかしたらハルは。
(……ハル)
ウィルは決して、声には出さないが。
(お前はもしかしたら、クラウスよりも遥かに──『英雄』には向いているのかもしれないな)
たとえ実力が伴っていなくとも、強大な敵に立ち向かおうと奮起する気持ち。
弱き者、救いを求めている者、仲間を助けたいと願う気持ち。
ハルから感じられるのは、ハル自身やメトリアの強さではない。
自分自身のためではなく──誰かのために、戦おうとする意志の強さ。
とはいえ……。
これ以上の継戦は不可能だと、ハルの指導者たるウィルは判断を下した。
『竜剣』インディゴから『水』の刃を生成し、まだ戦意が衰えていない二人の少年に割って入ろうと、厚底のブーツを一歩前へ。
⁂
「──『竜矢』レイニー」
ふいに夜空を劈いた、男の声。
その声はウィルのものでも、カイーザや他の少年たちの声でもなかった。広場にいた一同が空を見上げる。
いつからか夜空で煌めいていたのは──数多もの弧を描いた蒼色の虹。
「【雨の樹】」
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!
声とともに降ってきたのは、流星群のような雨だった。
ぐぐんとカーブを描いた雨が嵐へと変貌し、広場にいた少年少女を襲う。
無数に飛んできた『水』の矢をハルの代わりに受け止めたのは、マッキーナが懸命に振り絞った『炎』の壁。
カイーザもまた、自身の『竜刃』を以って攻撃をいなす。
すべての雨が地面に落とされて、静まり返った広場に──かつ、と。
⁂
「──サラバンド本部長はお見えでしょうか」
革靴の音が彼方から鳴り響いて、赤レンガの建物の狭間、その黒いコンクリート上を悠々と進んでいる男。
「緊急を要する事態と判断しましたので、大変失礼ながら、本部への記帳よりも現場への直行を優先させていただきました」
青を基調としたスーツ姿で、細身の眼鏡男が言葉を紡ぐ。
「記帳に関しては後ほど。まずは取り急ぎ……今しがた発生している事態の状況確認を取らせていただきます」
その男もまた、『蒼』を全身に纏ったような男だった。
淡白な態度と生真面目そうな雰囲気を匂わせた、その顔立ちは──カイーザと、非常によく似ていて。
広場の端でぴたりと歩みを止めた男が、スーツの胸ポケットから懐中時計を取り出しながら。
「シャラン王宮所属ドーラ序列第一位──スーザ・ドーラ。ここに参上いたしました」
自ら名乗りを上げて、同時に自ら時刻を確認した。
八時を控えたアレグロの地。
繰り広げられたハルとカイーザの決闘に終止符を打ったのは、本人たちでもウィルでもなく。
王宮の住人にして、カイーザの父親にしてウィルの弟、そして、国王に次ぐ『権限』を有した、次期国王最有力の男。
そんな男──スーザは、広場の惨状をレンズ越し見据え、誰に問うわけでもなく。
「早速伺いましょう。こちらに、僕の馬鹿息子は来ているでしょうか?」
そう言っては指を揃えた片手にて、眼鏡をくいと押し上げたのだった。
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