op.27-1 星の契約者たち①
【前話までの登場人物】
ハル:金髪碧眼の少年。王国の辺境サントラで暮らす。メトリアは『星』。
ウィル:くすんだ藍色(縹色)の中年の男。自称『指導者』。メトリアは『水』。
皐月:亜麻色の髪と桜色の瞳の少女。ハルと同じ家で暮らす。メトリアは『花』。
ダイヤ:サントラで暮らすハルの友人。メトリアは『大地』。
マッキーナ・ビブリオ:アレグロで暮らす術士の少女。メトリアは『炎』。
ムンク:ソルフェで暮らすハンターの少年。メトリアは『風』……?
カイーザ・ドーラ:王国の王子。メトリアは『水』で、竜と臨時契約している。
クラウス:『マイスター』と呼ばれていた、王国最強の青年剣士にして英雄。故人。
これは、まだ『マイスター』が地上に降りていた頃の記憶。
王宮前の大広場で、何百、何千もの兵士が一堂に揃っている中。
「何だ。……うん? クラウスがいない?」
王都を出発する間際、慌てて駆けてきた兵士の声を聞いた私はため息混じりに頭を掻く。
またか、と小さく呟いてはすぐに思考を巡らせた。
王国軍部が王都内で抱えている敷地は非常に広い。人手を使って探し出すのは非常に億劫だ……いや、もしかすれば軍部の敷地すらも出ているかもしれない。王宮に入り浸っている可能性も捨てきれなかった。
……大して珍しくもない事件とはいえ、二十八歳の迷子など可愛さのかけらもない。
実につまらん。
「あいつは置いていこう」
私の返事に蒼白する兵士。いやいやそうはいくまいと、『水』を読む間でもなく兵士の顔が物語っている。
「うぃ、ウィンリィ司令!」
がちがちと歯を鳴らしながら、
「ご無礼ながら申し上げますが……わ、我が軍の最高戦力を、それも単身で有する彼を置いていくというのは……」
「馬鹿を言うな。いかなる戦力を持とうが、居るべき戦場に居ない奴はただの無能だ」
すでに手にしていた紙コップでコーヒーを煽る。
空になった紙屑をその兵士に預けながら、私は言葉を続けた。
「そもそも、今回あいつは必要ないね。私の部隊と他数隊で事足りる。あの戦闘狂が勝手に付いてくるだけだ」
そもそもクラウスは私の管轄ではない。あいつが頼んでもいないのに勝手に付いてくるだけなんだ、本当に。
最近、国王から『マイスター』という称号を得たクラウスは、そんな国王の直属にして王宮直属の剣士ということになっている。今や特定の部隊に属することもない。極めて体系的な『軍隊』という組織下で、クラウスのみが唯一、実質的に単独行動が許されているご身分だった。
大層なご身分だな、と私は嘲笑した。
「良い機会だ。あの馬鹿に身の程を分からせてやろう」
私はあえて、周囲にいた他の兵士にも聞こえるような声量で。
「我々に『英雄』など不要だ! あんな税金泥棒の手を借りずとも、我が国の軍事体制はすでに万全であると此度の戦場で証明してこようじゃないか」
うおお、と何人かの兵士が私の声に士気を昂らせている。
そうそう、その調子だ。あいつに聞かせてやろう、私の演説という名の挑発を。
「そしてあいつの給料を幾分か減らしてやろう。王宮も日頃から迷惑しているが、エレメント協会からもなあ、余計な出費と必要以上の被害による術士の緊急派遣があまりに多すぎると、近頃は苦情が殺到しているのだよ」
ちなみに、必要以上の被害とは戦場や王都内外だけでなく、『魔境』での破壊行動をも含まれている。魔境を『封印』するよりも早く、魔境の『目』ごと一閃して薙ぎ払ってしまうからだ。
そんな税金泥棒にして営業妨害なクラウスへの苦情を、いったい誰が処理していると思う? 苦情の大半はなぜだか、私のところへと回ってくるんだ。なぜ私がエレメント協会に怒られなければならないんだ? 私はただ、あいつの魔境探索へ一緒に『遊び』に行っているだけなのに。
「諸君!」
私はいっそう声を弾ませた。
「このウィンリィ・ドーラが通達する! 此度の戦場にて勝利を収めたならば、山分けだ、『マイスター』に今しがた分配されている王宮からの報酬を、君たちに丸々流してやろう!」
「う、うおおおおおっ! 本当ですか、司令!」
「シャラン王国に栄光あれ! ろくに働かない駄目英雄には、ドーラ序列『元』第七位が、この『権限』を以って裁定を下す!」
そして『マイスター』とかいうあのクズに不相応な称号など、さっさと返還させて無職にしよう!
すると。
「だ――駄目だ駄目だ駄目だ!」
どこからか。
非常に聞き馴染みのある焦った声が、私の耳でこだました。
盛り上がる兵士たちの隙間から姿を見せたのは、白目を剥いた金色の青年。
「この鬼! 暴君! ろくでなし!」
取り乱した『水』の流れに身を任せたクラウスが叫んで、
「最低だウィル! 俺の唯一の名誉称号を奪い取ろうだなんて!」
「どうした、クラウス。迷子なんじゃなかったのか?」
ようやく出てきた二十八歳の迷子を鼻で笑う。ふん、この構ってちゃん、案の定わざと隠れていやがった。
息を切らした演技をしながら、クラウスが私に訴えかけてくる。
「もう少しこの『マイスター』を丁重に扱ってくれないかなあ。こないだの戦場では大活躍だっただろう?」
「確かに大活躍だったなあ、ただし戦犯としてだがね。命令違反の特攻をした挙句、捕虜にできる敵兵が一人たりとも残らないときた」
戦争とは、ただ敵を蹂躙するのみが正義とは限らない。
時には次の戦場に向けた情報収集も必要だ。こいつが先日暴走したおかげで、これから向かう戦いの相手は完全に未知だ。
悪戯がすぎる青年剣士が、むうと頬を膨らませた。
「……そんな顔をしても駄目だよ『マイスター』」
腰に手を当てて、さまざまな感情が入り乱れた兵士たちに見つめられている主人公へ確認する。
「それで、結局付いてくるのか? 英雄もどき」
クラウスは満面の笑みを、晴天の下で咲かせながら答えた。
「もちろんだよ、『俺の王』」
──お前の上司は私ではなく国王だろう、と冷静なツッコミを入れる暇もなく。
「ウィル在るところにクラウス在りさ──何せ俺は、手を引かれた先で剣が満足に振れなかったら、すぐに死んじゃう身体だからね」
だから──『英雄』を導いてほしいと。
そう告げたクラウスに、さっさと死ね、と冷たく突き返してやれば広場に兵士たちの笑いが込み上げた。
生命がめまぐるしく散りゆく殺伐とした時代、王国の中心部で、なははと呑気に笑っているクラウスの空色が眩しい。
⁂
……そういえば、どうしてクラウスは。
『マイスター』の称号を得て、自由を許された身となってもなお。




