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op.25 竜の契約者

 ドーラの一族には、二つの側面がある。

 一つは『水』を司る術士(ライター)の一族であるということ。

 そしてもう一つは──『竜』と契約する一族であるということ。


 炎の中から現れた、カイーザの全貌にハルは慄く。

「なんだあれ……なんだ、あれ!?」

 纏っているのは明らかに『水』ではない。ぴきぱきと、得体の知れない蒼の結晶がカイーザを取り巻いている。

 その姿、その鱗。人間よりもむしろ──()()()()()()


「『竜の鱗』」よ


 答えたのはマッキーナだった。きぃと睨みつけ、術書サラバンドを握る両手が強張っていく。


「ううう鱗!?」

「水を結晶化させているのよ。カイーザ・ドーラが扱っているのはただの淡水じゃない──海水なのよ」


 海水──『塩水』と評したほうがより正確か。

 結晶と化したのは全身だけではなく、『竜刃(りゅうじん)』から作り出された刃もぴきぱきと氷彫刻が如き形へと変貌し始めている。


 しかし、これはあくまでも『水』のメトリアの応用の一つに過ぎない。


「見せてやるよ、俺様たちドーラの本懐を」


 ここからが本番だと宣告する。

 カイーザの足元から、蒼い光が円を描き、瞬く間に術式(コード)が展開されていく。

 うおおお魔法陣!? などと騒ぐダイヤの声を背後に受けながら、


(や……やばい。やばそう、それ!)


 ハルもまた、未だかつて見たことのない景色に汗を流す。とにかくやばそう、絶対やばいよあれ。僕の言語力(ボキャブラリ)ではやばいとしか言えないけど、間違いなくやばい技が繰り出されようとしているのだけはなんか分かる!

 再び昇竜した『水』が、潮が、カイーザの持つ刃へと力を漲らせていく。





 めぐる、めぐる、めぐる。


【迎合セヨ】


 少年の口から放たれるは──『竜』の咆哮。


【我ガ『憤怒』ノ魂二迎合セヨ】


 これは契約されし神秘なる存在から、自身と契約し人間への呼応。


【天空ノ加護ヨ、永久(とこしえ)ニ潰エル事勿レ】


 遥か彼方に棲まう、竜・スカイブルーが与えし権能。


 大陸世界に顕現せしめるは、天空の番人──『竜』スカイブルー。



「──【竜人一体(ドラグニアモード)】」


 結晶の鱗を纏ったカイーザの右腕は、明らかに人間のそれとは大きく乖離していた。

 完全に姿形を変えた『竜刃』スカイブルーの、さらに上回る強度を得た『竜の腕』がそこにはあった。


 ハルはその姿に戦慄する。ドーラの一族が宿していたのは、はじめから『水のメトリア』だけではなかったのだ。

 契約する神秘から直々に与えられる、()()()()()()()()()──『竜のメトリア』が、目前にあった。


「俺様はまだスカイブルーとは『臨時契約(アクシデント)』の関係だけどなあ」

 獣が如く歯を剥き出しにしたカイーザが。

「この夏『ドーラの儀』に参加すれば、俺様は晴れて真のドーラになれるんだよ」


 竜と『本契約(キーサイン)』するための祭事──『ドーラの儀』。

 シャラン王国の玉座に着くための、国王継承する権利を得るための儀式。


「竜と契約した人間だけが、この王国の頂点に立つことができる」

 ずしりと重量を得た竜鱗の姿で。

「なあ、おっちゃん──ウィンリィ・ドーラ。なんで契約をやめちまったんだ?」


 カイーザが声を投げたのは、ハルでもマッキーナでもなかった。

 広場の片隅で茜色のコートに手を差し入れ、顕現した『竜』の鱗を見据えているウィルの、その表情は決して笑っていなかった。



「……私のことは『ウィル』と呼びたまえ」


 ウィルのお決まりの台詞も、今のカイーザには届かない。


「インディゴとの契約を解消しなければ、あんたは今ごろ間違いなくドーラ序列第一位だったろうになあ」


 インディゴ──()()()()()()()()()()()()()()の名前だ。

 どうやら星獣(せいじゅう)や炎霊とは違い、竜と呼ばれる神秘はスカイブルーとかインディゴとか、かの天空世界には何頭も存在しているらしい。


「一位どころか、あんたならひょっとすれば、とうの昔に国王まで上り詰めてたかもしれねえ」

「過大評価も甚だしいな」

「過大評価なわけあるかよ、ドーラの『神童』が!」


 荒ぶるカイーザの瞳孔は、すでに少年らしさの欠片も残っていない。獰猛な獣のように、鋭く光る蒼色の眼光がウィルを捉えている。


「かっけえよなあ、ドーラの掟も『竜王律(ドラグニアスケール)』もガン無視で、一人でどんどん突っ走ってよお。あんたみてえなアウトローなスタイリッシュさに、俺様もほとほと惚れちまうわけだよ。親父みてえなシケた面より遥かになあ」


 わずかに震える声色は、ウィルへの憧憬を孕んでいるのだろうか。


「だから……さっさともっかい契約しろよおっちゃん。インディゴでも別の竜でもどいつでも構わねえ、あんたの貯蔵限界(ストレージ)なら何度だって再契約(リサイン)できるだろうが」


 それがドーラの定めだと言わんばかりに。

 日頃の傲慢な態度も、乱暴な言動も、すべては目前に佇む男の背中を追うがためであると。

 朽ちた蒼、くすんだ藍色──『(はなだ)』の男に訴えかける少年がそこにいた。


「足りねえんだよ……なんもかんも足りてねえ」

 不満を募らせた少年が、

「俺様の渇いた『水』を満たす奴が、この王国(くに)にはどこにもいねえんだよおぉっ!」

 爆発させる──海の大波を。





「【死海の上空(シーデッドスカイ)】ぃぃぃっ!」


 カイーザを中心に、全方位へと溢れ出す大波。

 圧倒的な水量を前に、マッキーナの炎も、ハルの星をも飲み込まれて。


「ぐ……ま、マッキーナ!」


 波に宙へ放り出されたハルが、自分の脇にいたはずのマッキーナを懸命に探す。

 海水でできた『水』の檻が、竜の尾がごとくとぐろを巻いて華奢な少女を飲み込んでいく。視界に収めた癖っ毛へ、ハルは左手をぐぐと伸ばした。


 ──メトリアの威力も、範囲も、何もかもが圧倒的。

 決闘どころの騒ぎではない。モデラの闘技大会などとはまったく規模の違う攻撃。



(どうしよう……どうしよう!?)


 いくらダイヤやムンク、マッキーナが自身の『星撃(アスタ)』を開発してくれたところで、ハルの稚拙な知識や技術ではカイーザの攻撃を受ける手立てが思い浮かばない。

 波に飲まれながらも、げらげらとカイーザの笑い声がかすかに聞こえてくる。

 完全に見失ってしまう寸でのところで、ハルは離れかけたマッキーナの腕をなんとか掴んた。


「マッキーナ! 大丈夫!?」

「だ……め、だ……」


 小さく。

 小さな声で、弱々しく。


「こんなやつ……勝てない……」


 カイーザ・ドーラは、空をも海をも味方につけている。大地の上でしか燃えることがない『炎』は、容易く彼の波に飲まれてしまう。

 弱い人間は、大きな波に飲まれるしかないのだと。

 強い力に抗う術など、自分には何もないのだと。


 変えることなんてできない──階級(ヒエラルキー)も、未来(あした)の運命も。





「そんなこと……僕が許すかあっ!」


 ハルは、波に身体を持っていかれそうになりながらも、マッキーナの腕を決して離さない。

 もう片方の手では、『星剣』アストロが強く握りしめていて。


(くっそう、何が王子だ! 何が竜だ! ウィル先生もあの王子(カイーザ)も、みんなみんな勝手なことばっか!)


 かの天文台で出会った──『星獣(せいじゅう)』でさえも。

 誰もが自分の都合、自分の理由で、他人の運命をも巻き添えにしていく。

 その先の未来で、巻き添えとなった相手が──たとえどんな結果をたどろうとも、きっと彼らにはどうでも良いことなんだろう。


 ──かつての父親(クラウス)も、王国や国民の都合で酷使され続けていたように。


「だ〜か〜ら〜あ……」

 自分のことをやれミニスターだ、やれマイスターの息子だと呼ぶ連中に向かって。

「僕は『英雄』になんかなりたくないって言ってるだろおっ!?」


 もちろん、今も『英雄』などではない。魔神? 大陸秩序? 知るかそんなもん!

 ただハルは、自分の目的を果たすためだけに、再びアレグロへ舞い降りた。


「僕は──今日はっ!」

 叫ぶ。


「マッキーナと友だちになるために、ここへ来たんだあっ!」


 だからこそ、負けられない。

 一度たりとも笑わない少女に、氷のように冷たい『炎』の少女に。

 今度こそ、笑って欲しいから。





 空色の瞳が、大きく見開かれた茜色の瞳を貫く。


「だから……だから、君が諦めないでくれ!」


 ()よりもずっと賢くて、この世界のことを深く知っている君が、僕よりも先に諦めてしまっては開く道も開かない。


 まだ何もかもが未熟な僕に、どうか君の知恵を。

 術式(コード)でも何でもいい、どうか君の持つ力を──『炎のメトリア』を、僕に。


 必ず、僕が──(ハル)と『一緒』に、その願いを叶えよう!





 この冬、『流星』に選ばれた少年が。

 一人の少女を選んだアレグロの地で、いったい誰が彼らに魔法をかけたのだろう。


 竜という神秘の力をも凌ぐ光が──『炎』が、少年少女を包み込む。

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