op.24 空と蒼の決闘
茜色の空が失われつつある『魔法都市』アレグロ。
ピュウゥ、と吹き抜ける冬風に当てられながら、ハルたちは運命の舞台へと足を運ぶ。
赤レンガ連なる術士たちの町と言えども、広場と呼べる吹きさらしの大地はちゃんと残っていたらしい。
広場の中心で仁王立ちしている──『蒼色』の少年。
「……あん?」
カイーザは姿を現したハルの、戦う前からやつれかかった表情を見て。
「何しけた面してんだ? てめえ」
怪訝そうにたずねてくるカイーザに、なははと苦笑だけを返したハルだった。
言えない……つい数分前まで、無理矢理服をひっぺがされては上半身に落書きされたり技名を暗記させられたり、年頃の近い有識者たちによってさんざん実験されてきたばかりなんて。
一方ウィルは懐中時計を取り出し、待ち合わせ通りの夜七時であることを確認する。同時に内心でのみ呟いた。
(……まだ彼らは戻ってこないか)
彼らとは、もちろん王宮に呼び出されたというビブリオ家現当主のご夫婦だ。
そもそもカイーザは、あの夫婦の不在を狙って図書館を荒らしにきたのである。決闘こそ受けたものの、勝敗に限らずカイーザは必ず彼らによって弾劾するべきだと、ウィルはひとりでに考えていた。
つまり、この決闘は時間稼ぎでもある。
カイーザをアレグロに押し留めておくための──逃さないための、時間稼ぎ。
すでにへとへとだったハルが、それでもピンと背筋を伸ばす。
『星剣』アストロを鞘から抜けば、前方数十メートル先で笑うカイーザに切っ先を突きつけて。
「ぼ……僕が勝ったら、もうビブリオ図書館には手を出すなよ!」
はっはは! と、のけぞったカイーザが豪快に笑った。
「面と口だけはマイスターだな!? ただまあ、マイスターはそんな勇者みてえなことは絶対に言わねえ英雄だったらしいけどな」
「なんだって?」
勇者だって? 出てくる単語までダイヤみたいだな!
面白おかしそうに笑い転げたカイーザは、睨む空色を物ともせず。
「マイスター伝説はあくまでも伝説だからな、伝記じゃねえ。そこのおっちゃんが着色しまくってるんだよ」
カイーザが顎で示したのは、もう一人の蒼色だった。
ハルは愕然とする……まさか、例の『マイスター伝説』の筆者って!
「は、初耳なんだけど!?」
驚いて振り返れば、両肩を上げたウィルだけでなく、つんとしたマッキーナと無表情のムンクの顔も視界に入ってくる。そもそも伝説の存在すら把握していないダイヤはともかく、マイスターのことを少なからず知っている、この二人がてんで驚かないということは──
「まあた僕だけかよ! 何も知らなかったのは!?」
教えろよ、と抗議するハルに対してマッキーナの反応はいたって冷ややかだ。
「むしろ、マイスターの息子のくせに、何も父親のことを知らない自分を恥じるべきなんじゃない? この無知無能」
決闘する前からふるぼっこ。ハルの味方はいったい何処に。
⁂
そして、カイーザが言葉を続けた。
「いいか? この世界は弱肉強食だ」
つつと『竜刃』スカイブルーの鈍色をなぞる。
「弱い奴は喰われて当然だ。強い奴が弱い奴を助けろ? 馬鹿言うんじゃねえ、ゴミカスども。てめえら弱者は俺様に媚びへつらって、黙って命令に従い尽くすのが道理ってやつなんだよ」
「そ……そんなの、お前の都合だ!」
「ああそうだ。当たり前だろ? ここはシャラン王国ドーラ王朝、俺様たちドーラの国だからな」
竜暦一〇四五年の歴史が積み上げた、大陸世界の西勢力・シャラン王国──ドーラ王朝。
一度たりとも玉座を譲らなかった王国最強の術士が端くれに挑むは、王国最弱の術士が後継と、王国最強の剣士……が息子。
ハルは決心した。そのどうでもいい階級、僕がひっくり返してやる!
ただし、ハル自身の力だけでなく──マッキーナたち、四人の力で!
必殺技を勝手にいじられたり身体に落書きされたり、三人の協力あっての現状である。これで勝てなかったら、これで勝てなかったら──
「──全然『割り』に合わないからさあ!」
「いや知らねえよ!? 何の話だてめえ!?」
数分前まで痛い目に合っていた腹いせで、まったく身に覚えのないキレ方をしてくるハルに、カイーザが『水』を纏い始める。
ダイヤとムンク、そしてウィルが背後で見守る中。
『魔法都市』アレグロの地にて、空色と茜色、ハルとマッキーナの運命を分ける戦いが始まる!
⁂
めぐる、めぐる、めぐる。
魔法都市を取り巻く蒼い渦。
その渦に割り込まんと、術書サラバンド片手にマッキーナが放つは炎の達磨。
──……じゃうゅうぅ。
ぶつかりあった水と炎が広場の中心で掻き消える。そして消えた後に残るは、灰で銀色に輝く水溜りのみ。
文字通り火の粉しか残らない。
「何度やろうが結果は同じだ、ビブリオ!」
猛るカイーザが、水の刃で全身を覆いながら地面を蹴り上げ、駆ける。
その足元から──再び『炎』。
「ああん!?」
その炎がカイーザを完全に包むよりも、踵が再び掻き消す方が早かった。
しかし時間差で爆発した火達磨は、カイーザの進む足を止めるに十分な灰だ。夜空が瞬いて、掲げられた鈍色の剣。
『星剣』アストロから発せられる──一本の『流星』。
「【五番星】っ!」
放たれた流星は、一本から空中で五本へと枝分かれする。襲いくるハルの攻撃を、しかしカイーザは躱そうとはせず。
「甘えよ、雑魚!」
突然、纏っていた『水』をしまったかと思えば、刃渡りの短い『竜刃』で、自身を目掛けて飛んでくる一本のみを──シュンッ!
残る四本は彼方へと飛んでいき、星屑となって空に消える。
あっさり攻撃をいなしてのけたカイーザに、観戦するダイヤが内心でのみ。
(すげえ……そうか! メトリアの『密度』を集めたのか!)
ニールセンが以前披露し、それをダイヤが闘技大会で真似した時と同じだ。
メトリアの放つ向きを拡散させればさせるだけ、命中率は上がるものの一本あたりの威力は落ちていく。
逆にメトリアを一箇所へ集中させて凝縮すれば、攻撃にしろ防御にしろ、それだけメトリアの強度が跳ね上がるのだ。
特にカイーザが持つ『竜刃』スカイブルーは、刃が非常に短いからこそメトリアの加減を顕著に出すことができる。
(なあるほどなあ……!)
ダイヤは広場を眺めながら、ハルやマッキーナを心配すること以上に、自分よりも数段も経験や技術の利を持つカイーザの身体運びに感心していた。
メトリアの『強弱』を完璧に使いこなすカイーザが、面倒な相手から崩そうと駆けていくのを──マッキーナの『炎』が阻む。
⁂
【聖なる『炎霊』の移し児が、大陸秩序に通達を為す】
マッキーナの張り上げた声に空が呼応して。
【貴の加護しかと承らん】
蒼色の行く手を阻む炎の檻が。
【天地の城門此処に有り。我らが『炎霊』に栄光あれ!】
それは門というよりも、城壁のような炎の檻だった。
ハルへと続く道を分断し、水を打ち消すためではなく水ごと囲うための──獲物を捕らえるための檻。
(フィールドの転換と技の連結を両立させる)
狩りの専門家・ムンクが静かに広場を眺めて。
(一人ずつでは技の発動にタイムラグが生じるけれど、二人が絶えず交互に発動させれば、これまで生じていた隙が一気に埋まる)
作戦通りの、カイーザの動きを誘導するため──攻撃を制限するための『炎』。
ただのメトリア合戦では敵わないというなら、メトリアを駆使した『戦術』に切り替えてしまえばいいんだ。
ムンクは、魔獣ハンターとして普段からそういう戦い方を積み上げてきた少年だった。自分よりも体格やメトリアが勝っている相手を、如何にして攻略し足元をすくうか。
自分の思惑がうまくハマったことに、満足して頷いているムンクを、
(……やはり君は部隊に加わるべきだよ)
ウィルもまた、横目で観察しては満足したように笑っている。
そんな外野たちの心理など図る暇もない広場では、ハルの第二撃が打ち出されようとしていた。
「【二番星】ぃっ!」
つい先日仕留めた魔獣と同じ名の、二本に分かれた流星を放つ。
今度は枝のように分かれたりしない。左右に割れた光が、カイーザを挟んでは──一つに合流して。
「ちいっ!」
多彩な攻撃に、さすがのカイーザでも対応しきれない。
剣を持っていた右側は受けたが、左側を守らんとした『水』の盾をも凌ぐ威力で。
「うおおおおっ!」
昇竜する水よりも、とぐろを巻き始めた星と炎が見栄えで勝った瞬間。
──じゃうゅうぅううっ!
明らかに先ほどとは全く違う、互いのメトリアが衝突した音にハルは遠目でも手応えを感じる。
⁂
(これ……いける!)
切っ先を空に掲げ、自慢の必殺技【僕の一番星】を──
「まだだめっ!」
──簡単に付け上がるハルを、マッキーナがぴしゃりと制止した。
「なな、なんだってえ!?」
「まだだめ! 『一番星』と『星撃』は一度や二度でメトリア切らすポンコツ技でしょうが!」
──ちなみに。
ただ『星撃』とのみ呼ばれていたそれは、ダイヤによって新たに『星撃』と名付けられることとなりました。
ハルは剣を振り上げたまま硬直する。
ああああ『僕の一番星』がポンコツだとう!? 僕が唯一、自分で考えた技なのに! 『星撃』に至っては父さんがこれひとつで戦場を無双したっていう、いわく付きの技なのに!
しかし、確かにマッキーナの指示は的確だった。ハルが必殺技を放って力尽きるには、まだ時期尚早な相手だったのだ。
「ノってきたじゃねえか」
──檻から。
包まれた炎に影をゆらめかせ、不気味な声が辺りを揺らす。
ざく、ざくと炎の中を進み始めた音。姿を現したカイーザには、火傷も傷ひとつも付いていない。
「今日はいい日だなあ、三下ども」
その顔、その腕、その胴体。
カイーザを纏っているのは『水』──ではなく。
「な、んだあれ……!?」
初めて見る現象に、ハルは目を凝らした。
対するマッキーナは、忌々しそうに蒼色を見据えて呟く。
その技を、身体を──神秘を、既に知っていると言いたげな様子で。
「出たわね──『竜の鱗』」
⁂
──前座をご苦労、ビブリオに『炎霊』サラバンド。
てめえらの『炎』は痛くも痒くもねえが、俺様の物語をあっためるくらいの仕事はぎりぎり務まったみたいじゃねえか。
「この王国の主役が誰だか教えてやるよ、マイスターの息子」
めぐるめく身体の鱗を、空色の瞳に焼き付けて。
ドーラの一族──その本懐を、とくとご覧あれ。




