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ep.3-1 15年遅れの真実①

「君も仕事をするのかね」


 ゴムで髪を結いながら、ウィルはリュックサックを背負うハルに問いかける。昨日と同じリュックサックとは思えないほど、見栄え的にはその容量は控えめになっていた。

 掛け時計の針は八時を過ぎていて、だいたいいつも同じ時間に家を出るのだと答えるハルの、着ているパーカーはまったく同じ柄だった。


「同じじゃないよ。昨日のとは全然違う柄だよ」

 ……そうなのか?

「ま、荷物運びかな。電車が運んできた箱を酒場に届けたり、みんなが作った野菜を町中に配ったり?」


 要は運送業だな、とウィルは納得する。

 パーカーのデザインも若干気になるが、ハルはいたって健康体ではありそうな反面、まだまだ発展途上な背丈に、力仕事をするにはやや心許ない細っこい体つきをしている。

 ……本当にそれで荷物が運べるのか? と、ウィルは勝手に心配した。


「ウィルさんは、『指導者』って、どういう仕事をするの?」

「そこら辺をうろうろして、通りすがりの奴がまだ知らなさそうな話を言って聞かせる仕事だな。昨晩の君みたいに、困っていそうな人を頼まれてもいないのに助けたりもする。『流星』の件も、町長からひとしきり話を聞いたら、別の町の連中に、あたかも自分が体験した話みたく吹聴して回る算段だ」

「……それ、本当に仕事になるの?」


 今度はハルに、自分の仕事の心配をさせてしまう羽目になった。いや、不審がられたの間違いか。

(まあ、決して嘘はついていないが……)

 そうひとりごちでいるうちに、少年は一人で玄関を出て行く。


 自分も後に続いてブーツを履くと、ご丁寧に廊下では、皐月が二人まとめて出発を見送ってくれる。

「ハル、いってらっしゃい」

 扉が閉じる間際、皐月はウィルにこう告げた。


「……もう来ないでください」


 ──それは了承しかねるな、とは言い返さなかった。





 扉が閉ざされ、ヘルメットを被ったハルがスクーターに足を掛ける様子を眺める。

 そして、家を出るなりウィルは、立派なその家──木造二階建ての、周囲に広がる田畑にもこの少年少女の身にも余る、立派な家を一瞥し、


「……なあ」


 あの賢明な少女がいた手前、ここまではあえて黙っていた、たったひとつの疑問をハルにぶつけた。


「君たち、二人で暮らしているのか?」

「うん」

「……いつから?」

「一年くらい前かな。母さんもとっくに死んでるし」


 平然と答えたハルは、スクーターのエンジンをかける。

 ブルル、とのどかな機械音と共に走り去る背中を、ウィルは貼り付けた笑顔で見送った。



 ──『母さん』が、死んでいる。



 ハルの言葉を反芻し、


「……ま、さか…………」


 おい。

 そこで『母さん』が登場するのなら──『父さん』は、いったいどうしたんだ。


 少年にすぐさま聞き返せなかった自分を呪いながら、ウィルも次の目的地へとブーツを鳴らす。

 メトリアに詳しく、町や国、国や大陸、さらには大陸の『外』の文化にも詳しい中年の男が、たったひとつの『家庭』に対する未知を解消できないまま町長の住処へと一人で向かったのだった。





 サントラにはもともと、『役所』と呼べるような場所はない。


 シャラン王国のほどんどの町には、国王や王宮が指名した『管理者(マネージャー)』がそれぞれ配属されるようになっている。個人が派遣されることもあれば、機関単位で町の管理を委託されることもある。

 中には住民による自治が認められた町もあり、今や、町の運営は王宮以上に、それぞれの管理者の意向に依存している場合が多かった。


 であれば、当然とでも言うべきか。町によっては、その管理者による独裁が発生したり、ずさんな管理体制が長年にわたって放置されるような事態も決して少なくない。

 ましてやそれが──辺境のド田舎ならば、なおさら。

 もとより住民が少ないサントラには、昔からの地主である一人の老人──住民から『長老』と呼ばれている管理者さえいたならば、それで十分に町の内政は成立してしまっていたのである。



 そんなサントラに、『町長』を名乗る壮年の男が移り住んできたのは今から三年前のことだった。



(……奇跡はすでに起きているよ)


 ウィルは田んぼに囲まれたあぜ道を進む。

 サントラの朝は、ウィルが想像していたほど閑散とはしていなかった。各々の活動をするために外を出た住民たちが、何人かすれ違ってはウィルに会釈する。

 この町では農業に従事している者が大半で、自分の畑や牧場の手入れをするため、のどかな風景とは裏腹に、朝はこの町の皆が最も多忙を極めている時間帯なのだと推察することができた。

 そして、ハルに言わせれば、ほとんどの住民が互いの顔と名前を把握しているとのことで。


 たかだか二千人の人口なら、さもありなん、と納得する。

 しかし、同時に頭を抱える証言でもあった。それはつまり、裏を返せば、ハルのあの『金髪碧眼』を見ても、何も感じない大人がこの町では大半だということなのだから。


 ──その町長は、怠け者の老人によって、町の管理という自身がするべき唯一の仕事を押し付けるがためだけに、わざわざ雇われた男だったらしい。

 偶然と言う名の運命と、働き者の町長には、重ねて礼を言わなければならないだろう。

 先週、この地に落下した──ただ一筋の、『流星』。

 その報告書がウィルの手元に来ることなど、その町長がいなければ、決してあり得なかったのである。





 田んぼに似つかわしくない、黒塗りの車が一軒家の目前に放られている。

 ここがハルに教わった町長の家だと、場違いな車を見れば一目瞭然だった。

 雑草尽くしの庭だったが、玄関に続くまでの道のりだけは手入れされているようで、床に敷き詰められた白黒のタイルが朝露に濡れて顔を出す。


 扉の前で足を止め、壊れて鳴りそうもないチャイムベルに手を伸ばしたところで。


「──あなたにしては早かったですね」


 扉は勝手に開いた。

 黒スーツを全身に纏った壮年の男──ノウドは、丸眼鏡の黒縁を押し上げながらウィルを出迎えた。


 こんなにのどかな田んぼで、ノウドは随分とくたびれた表情を浮かべている。

 朝が弱いのか、本当に疲れているのか。それほど管理が大変な町ではないはずだが、やはりノウドも『流星』の件に相当気を揉んだのだろうか。

 あるいは……ここの『長老』、そんなにも怠慢極まっているのだろうか。


「前にどこかで会ったかね」


 あなたにしては、という台詞が引っかかり質問すれば。


「前評判ですよ、ウィンリィ『司令』。ここに来るまでは、僕は協会本部で『結界(エリア)』の統括作業をしていたんです」

軍隊(あっち)ではそんなに怠慢な仕事はしなかったつもりだが……まあ確かに、私は仕事には優先順位をつける主義だ」

「そうですか。なるほど、確かに評判通りだ」


 歯に衣着せぬ、とは言い得て妙。


「あなたはよほど、僕たち『術士(ライター)』が嫌いらしい」

「……君たちを嫌っているわけではないよ。ただ……」


 一呼吸置いてから、ウィルは悲観的な瞳を向けたノウドに、ここだけの話だが、と。


「苦手だね。君たちではなく、君たちの『信仰』そのものが」

「大陸秩序を踏み荒らす害悪はさっさと魔獣に喰われて死ねば良いですね」


 無遠慮が脳天まで限界突破したノウドの嘲笑に、むしろウィルは満足げに笑う。そして、君とは仲良くやれそうだ、と勝手に一人の管理者を評価したのだった。

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