op.23-2 作戦会議:四人寄ればなんとやら②
──とはいえ。
「炎と水ってさあ」
ダイヤが大きく首をもたげさせて。
「だいたい、どの漫画やゲームで見ても相性最悪だよな! 炎が水より属性相性が良いって話を、ぶっちゃけ聞いたことがないねえ俺は!」
漫画脳でもそうでなくとも明確すぎる現実だった。
ぎぎぎと機械みたいに首を動かしたハルに対して、ムンクが静かに事実確認をする。
「……ハルの貯蔵限界は?」
「テンポ『一〇〇』くらいだってさ」
「マッキーナは?」
マッキーナは答えた──だいたい『一三〇』くらいだと。
するとムンクは、わずかに眉をひそめた。カイーザと分が悪い要因は決してメトリアの種類だけではないと。
「新聞で読んだことがある。ドーラ序列に入っている王子は、ほどんど全員『一五〇』超えているって」
ウィルはムンクの証言を肯定した。そして答える。
「カイーザのテンポはおよそ『一八〇』だよ。ドーラの中でもかなり高い方だ」
父親よりも高い、とウィルが言い加えた。
マッキーナはメトリアの『種類』でカイーザと相性が悪く。
『貯蔵限界』ではハルもマッキーナも、カイーザに遥か及ばず。
おまけにハルは剣士として初心者で、対するカイーザは王子きっての武闘派。
「……やばくね?」
へらへらと笑いながらダイヤがつぶやいた。全然笑い事じゃない現実を。
静まり返った図書館で、それでもハルは少しだけ強がって見せながら、
「な、なんとかなりマアス!」
威勢だけがご立派なハルを、そんな見栄は楽観ですらないとマッキーナが睨みながら一言。
「根拠も理屈も伴わない発言をする男は嫌いです」
──男女が永遠に分かり合えない原因として、しばしば挙げられる迷信とも取れる逸話がある。男は理論武装しながら物を言うが、女はその場の感情に身を任せて発言するから喧嘩するんだとかなんとか。
いいい、一般論となんか違う!? 僕とマッキーナ、完全に逆だあっ!?
すると、ムンクが口元に手を当て何やら考え込みはじめた。
「……カイーザ・ドーラが得意なのは格闘と近接戦だ」
おまけにカイーザが有する武器──『竜刃』スカイブルーもまた、刃渡りが短く近接戦に向いている。
メトリアで多少は攻撃を伸ばせるとはいっても、飛距離には限度があるとムンクが言った。
「相手の土俵に乗らないことだ」
「へ、へえ……?」
「魔獣討伐と同じだ。相手の得意分野で戦ってはいけない。戦場でこちらが主導権を取る方法を考えるべきだ」
つまり、今回に至って主導権を取るとは──相手を極力近寄らせないこと。
「おお〜っ、光折剣が大活躍するなあっ!」
高威力かつ高飛距離、パワーとリーチを両立させる、唯一無二のハルの剣撃。
──ただしダイヤ! 僕の『星撃』を光折剣って呼ぶな! 伝説違いって何度言ったら覚えるんだこの馬鹿!
「あとさあ、ダイヤ! 実は僕も、最近『必殺技』を習得したんだよ?」
ハルが思い出したように胸をそらせて、
「聞いて驚け、その名も『僕の一番星』だ!」
「だっっっさ」
……胸をそらせたまま、ハルはそのまま後ろへとばったん倒れてしまう。
ゆっくり起き上がれば目に見えて馬鹿にした、声の主であるマッキーナの茜色に見下ろされていた。
「ださいっていうか、まんまじゃん。どの辺りが一番星なのか、ちょっと『ADSR』の話も交えてあたしに説明してみ?」
「こ、この……さっきまであんなにへこんでたくせに……!」
服のセンスに次いで、技名のセンスにまでいちゃもんを付けてくるマッキーナ先生であった。
ハルは説明した。かのマイスターが開発した直線的な『星撃』よりもずっと滑らかな軌道を描いては、何本にも枝分かれしながら相手の元まで襲いかかる流星群さながらの、スマートでスタイリッシュな格好いい剣撃なのだと。
説明を聞いたマッキーナが問いかけた。
「それ、要はディケイとサステインの調整でしょう?」
「D? S??」
「アタックしたメトリアをDとSで調整するんでしょう。それ、ちゃんと放つ前に具体的な数字で決めてるんでしょうね?」
「数字???」
「必要以上にメトリアを消費しないよう、リリースを事前に決めてるのかって話」
ハルは聞き返した──消費量、自分で設定できるんですか?
今度はマッキーナがその場で倒れ込む番だった。
はあぁ、と女の子よりも中年親父から発されそうな嘆きの声とともに、
「ただでさえ貯蔵限界が不足しているのに、ADSRを設定しなかったらすぐにメトリアが切れるでしょうが!?」
──そ、その通り! めっちゃメトリア切れ起こしてマシタ!
⁂
するとマッキーナは、突然こう言い出したのだ。
「あたしに術式書かせなさい!」
「へっ?」
きょとん。
これ、術式とやらでどうこうなる問題なんデスカ、マッキーナ先生?
「本当は自分で調整できたほうが良いに決まってるけど、どうせ出来ないんでしょう、ど素人。だったらあたしが術式書いてやるわ」
「えっと……それを書いたら、どうなるの?」
「『星撃』の軌道をパターン化させて、攻撃にバリエーションを持たせることができます」
「パターン……バリエーション……──」
「そ、それってさあ!」
突然声を弾ませたのはダイヤだった。
そして、こんなことを口走るのだ。
「もしかしてあれじゃね? 言葉一族が同じようなことやってね?」
闘技大会で出会った剣士の一族──言葉一族。
彼女たちが使う剣技には、ひとつひとつに名前があった。
異なる形の剣撃を、時には連結技にしながらひとつひとつ繰り出してく。
それら剣技のことを、まとめてこう称していた──『言ノ葉拾弐花月流』と。
良いんじゃないか、とムンクも頷いている傍らで、
「それ、全部『技名』付けようぜ!」
決闘の勝敗とはやや目的が違いそうな提案をかまし始めるダイヤ。
「お前の必殺技、『一番星』なんだろ? だったらさあ、二番星とか三番星とか、新しい形の『星撃』にどんどん番号付けしていったらどうよ! たぶんかっけえぞ? 言葉一族みたいになんぞ!」
「格好いいかどうかは別にして、確かに番号付けは必要ね、術式の文字列の整理に使うから」
「軌道の引きは専門分野だ。俺に考えさせて欲しい」
「うおお、必殺技の共同制作か! チームっぽくて熱いなあ!」
さくさくと……さくさくさくさくと。
ハルが何も発言しない内から、決闘唯一の勝ち筋である『星撃』の研究が見る見るうちに進んでいく。
自分のポーチから紙とペンを取り出したのは、ムンクとマッキーナの双方だった。
ムンクは、カイーザに有効な剣撃の『軌道』を考え設計するために。
マッキーナはその軌道を実現させるべく、ハルの身体へ『術式』を刻むために。
⁂
──ジュ、と。
マッキーナのペンからいつだかに聞いた、生々しい熱の音を耳にしたハルは。
「……へ…………」
裸にさせられた挙句拷問じみた仕打ちを思い出し、じりじりと後退りすれば背中に何かがぶつかる。
そこに立っていたのは、しばらくもの間静観を貫き、にやにやと悪い大人の笑みを浮かべた中年の男。
「せ、先生……」
「楽しみだなあ、ハル」
ハル自身よりもむしろ、自分の方こそ楽しみだと言わんばかりに。
「今度は初戦落ちみたいな無様な真似は晒すなよ? せっかく協力者が三人も集っているんだからな」
──いや、ウィル先生。
これって僕に『協力』しているというよりも、それぞれの『実験』に付き合わされてる、あれじゃない!?
しばらくして、図書館に少年の断末魔が響き渡る。
マッキーナやビブリオ家の未来と『ミニスター』の威信を賭けた、カイーザとの運命の大一番は──まもなく。
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