op.23-1 作戦会議:四人寄ればなんとやら①
一時間後に決闘だ、と宣告するなり図書館を悠々と歩き去っていくカイーザ。
わざわざ時間の猶予を与えてくるあたり、性格こそ悪どい王子だが、こと喧嘩に限っては案外フェアな信条を有しているのかもしれない。
そして、蒼色がいなくなるなり真っ先に抗議したのは──
「なんて、ことしてくれたの……」
ハルが見下ろせば、真っ青に染めた顔をしたマッキーナが苦しそうに。
「カイーザ・ドーラ相手に決闘なんて、あんた……馬鹿なの!?」
その抗議にハルは仰天した。勢い余ったとはいえ、他でもない彼女を思っての行動だったのに、なんだよその言われようは?
しかし、マッキーナの言葉に同意したのはムンクだった。ムンクは目を伏せて、
「……ドーラ随一の喧嘩屋で武闘派だ」
「へっ?」
「純粋な戦闘なら第一位より強い」
──ま、じ……デス、カ?
マッキーナに続いて、ハルも顔を蒼白に変えていく。いやいやっ、でも! そうだとしても!
「だからって、放っておけるわけないだろ!?」
そう叫んでやれば、悪い笑顔を浮かべたままのウィルが、まったくその通りだと頷いた。
マッキーナは怪訝そうに空色の瞳を見据えて、
「……何……言ってんの?」
ひどく不思議そうに。
「あんたには……関係ないじゃない」
「大有りだ!」
間髪入れず、ハルが言い返した。
「だだだって……僕たち、その……一回『臨時契約』したわけだし……」
「臨時契約は天文台に行くまでの話でしょう?」
やっぱりマッキーナは眉をひそめた。水溜りに濡れた髪を、ダイヤから受け取ったタオルで絞りながら、
「だいたい何なの? 部隊って。あんたたちが何をしようが勝手だけど、それにあたしを巻き込むのはやめてくれない」
ぎゅう、と。
タオルを強く握りしめた手から、ひしひしと伝わってくる焦燥。
「あたしは……ビブリオ家次期当主なんだ」
自分に言い聞かせるように。
「ビブリオのためなら……あたしは……あたしは…………」
「……駄目だよ」
苦しそうに喘ぐマッキーナに、ハルは言って聞かせた。
紛れもなく自分の意志、自分の言葉で。
「そんな顔をしたまま、親とか王子とか……偉い人のいうことを聞いているだけじゃ駄目だよ」
ビブリオ家ではなく、マッキーナ自身の幸せを思って。
だから、彼女は永遠に弱いままなのだ。
何も変えられないままなのだ。
そろそろ変えなくっちゃ──自分自身の手で。
「生まれた家とかメトリアの種類とか貯蔵限界とか、本当はあんまり関係ないと思うんだ」
自ら行動しなければ、立ち向かわなければ、自らの運命を変えることなど決してできないのだと。
ハルはもう、知っているから。
「マッキーナ。……一緒に戦おう?」
つい先日、ムンクにそうしてもらったように。
大きな壁にともに立ち向かうべく、ハルは右手を差し出した。
⁂
空が茜色へと移ろっていく中、静寂に包まれた図書館もまた茜色に染まっていく。
マッキーナは唇を引き結び、不安げな面持ちで空色を見上げた。
金色の髪、空色の瞳、鮮やかなパーカーを着た『マイスター』そっくりの少年が、その小さな右手で握っていたのは──
「…………それ、まだ持ってたわけ?」
赤色のヘアピンを視界に収めるなり、何度も見てきた冷たい表情へ途端に変わったマッキーナ。
わざとらしくため息を吐いては、バツが悪そうに頬を掻いたハルを呆れ顔で見返しながら、それでも再びヘアピンを受け取った。
マッキーナが二度目の契約を交わした、その少年は。
彼女には以前よりもほんの少しだけ──『英雄』っぽく見えたかもしれない。




