op.22-2 蒼の王子たち②
「彼の名はハル。サントラで結成された新たな部隊のリーダーにして、この王国の新たなる『小さな英雄』さ」
──本当は、ハルの存在はもう少しの期間は伏せたかった。
しかしカイーザがこうして現れてしまった以上、いよいよ王宮にも認知させる頃合いということだろう。
「マッキーナはハルと契約して、ハルの部隊に加入する」
茜色の瞳が見開かれているのを、ウィルはまるで構うことなく言葉を続けて。
「もちろんビブリオ図書館も、彼女が正式に継承するのであればハルや部隊の管轄だ」
「……な……」
「だからお前はお役御免だよ、カイーザ・ドーラ。さ、とっとと王宮に帰りたまえ」
さっきまでは小者臭い笑顔を浮かべていたカイーザに対し、ウィルの笑顔といったらそれはそれは、魔王軍幹部がごとき悪い大人代表のそれであった。
やっぱり先生は『暴君』なんじゃないか、と内心でのみハルは鬱積する。
マッキーナのことを放って置けずに啖呵を切ったハルもハルだが、そんなハルにもマッキーナにも、誰の了承もないまま話を進めるあたり、カイーザもウィルも、実はそんなに変わらないんじゃ?
カイーザは少しの間、ハルをまじまじと見つめていた。
そして思い出していたのだ、数刻前に交わした剣からハルが放った流星群を。
(そうか……あれは『星撃』か!)
マイスターもかつて多用していたという、メトリアを駆使した超遠距離・広範囲の剣撃。
伝聞で知っていた有名なそれを、一度は見落としてしまったことをカイーザは一瞬だけ内省して、
「……面白え」
「へ?」
「てめえ、俺様と決闘しろ」
⁂
──け。
けけけけけ決闘ぅ!?
ハルはその場で硬直する。
あ……あれれ? おおお王子様? このままお引き取りいただけないのデスカ?
すると、ハルの脇からぬうと顔を近づけて、耳打ちしてきたのは意外にもムンクだった。
「ハル……彼にメトリアを明かせばこうなるに決まっている」
「へ??」
「カイーザ・ドーラの決闘好きは有名だ。こうやって各地を荒らし回っては、片端から喧嘩を吹っかけていく」
ましてや、マイスターの後継だなどと聞き及んでしまえば、カイーザの格好の餌食となってしまう。
あんぐりと口を開けるハルに、カイーザが胸を張り上げて。
「俺様はドーラ、王国秩序そのものだ。『権限』に基づいて俺様が決めたルールは絶対だ」
ただし。
「ビブリオについては保留してやるよ。てめえが俺様と勝負するならなあ」
「へ???」
「この女と契約するんだろ? だったら、てめえがこの俺様より相応しい契約相手だと、てめえがその剣で証明しやがれ」
「へ、い、いや……」
「良いだろう!」
承ったのは、なぜかハルではなくウィルだった。
そして、なぜか張り裂けんばかりの満面の笑みで両掌を合わせる。
「だがねカイーザ。ハルの指導者たる私から、非常に残念なお知らせだ」
「あん?」
「実はハルは、剣士としてはまったくの初心者でね。ハル一人ではおそらく、いや、絶対にお前には勝てないよ」
──だだだ断言!? 絶対敗北を断言した!?
まあ残念ながら事実だろうけど、だからって笑顔でそんなにも自信たっぷりに断言するな、ろくでなし!
「そこで、私からひとつ提案をしたい」
ろくでなしが言った。
「二対一で勘弁してもらえないか?」
なぜかカイーザは目を輝かせた。ずっと悪い笑顔だったのが、途端に少年らしい顔つきとなって、
「おっちゃん、俺様と勝負してくれんのか!?」
……そういえばこの王子、どうしてウィルを『おっちゃん』と呼ぶのだろう。まるでダイヤだ。
というか、言動こそ悪どいものの、好戦的だったりガキっぽいところは、不思議とダイヤに似ている気がする。
しかし、ウィルはカイーザの希望を打ち砕いた。
「私じゃないよ。マッキーナだ」
それは、カイーザだけでなくマッキーナにとっても絶望的で。
すでにぼろぼろなマッキーナが、はあ!? と再会して初めて言葉らしい言葉を発した。
「……はあ? な、何言って──」
「ハルとマッキーナの二対一だ。勝利した方が、互いの主張を受け入れる」
嗤っていたのはカイーザだ。はんと鼻を鳴らしては、ハンデにもならねえよと。
「わかってねえな、おっちゃん。『炎』ってだけでも負け組のこいつが……俺様との絶対的なヒエラルキーが、『星』と組んだ程度で覆ると思うのかよ?」
「理解していないのはお前の方だ」
不敵──無敵。
そんなふた言で片がつきそうな様子で、ウィルが口角を歪めては。
「人間と人間、術士と能士。各々が十全な力を有していなくとも、手を組めば万全の力となり得る」
男性と女性がつながることで、ようやく新たな生命を芽吹かせられるように。
一人では果たせない『魔神』打倒という使命を、『部隊』でならば果たせ得るかもしれないように。
──そのための『本契約』だと、ウィルは言った。
⁂
そして同時に、ウィルは企んでもいた。
確かに決闘の上ではハルとマッキーナの二対一だが、この場にいるのは、指導者一人と。
ダイヤにムンク──『四人』の少年少女が、一同に介しているのだから。
(四対一なんだよ、カイーザ)
上等だと息巻く少年王子に対し、内心でのみほくそ笑んだおっさん王子。
ものの弾みで、うっかりハルが啖呵を切ってしまった結果、傍若無人なふたりの蒼色が、茜色の未来を巡りここに対立したのだった。
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