op.22-1 蒼の王子たち①
ドーラの一族──
シャラン王国が創立した時より、統治を為し続けてきた王家にして術士の一族。
今から千年ほど前、大陸世界に降り立った一頭の『竜』と、初代国王シャラン・ドーラが契約を交わしたところから王国史は始まる。
以来、竜暦一〇四五年の月日が流れても、なお『竜』の加護は途絶えることなく、ドーラの一族もまた『竜』の権威によって、永遠に玉座へ君臨し続けているのだった。
……しばしば、各地で議題に上がることがある。
ドーラの一族が千年もひとつの王朝を維持し続けていられるのは、やはり『竜』の権威を借りているからだろうかと。
⁂
「俺様が回答してやるよ。答えは『ノー』だ」
立ち塞がったハルを目前に、カイーザが告げた。
「竜だろうが星だろうが精霊だろうがなあ、神に選ばれたということは、選ばれた俺様が人間として優れているっつうことなんだよ」
カイーザに限らず、ドーラの一族は皆が『竜』と契約している。
神秘の存在と契約を交わすためには、それぞれの神秘に適したメトリアの保有だけではない。契約を維持するための、一定量のメトリアが──つまり貯蔵限界が必要らしい。
「術士の優劣はメトリアの種類と貯蔵限界で決まるって知ってるか?」
前から話には聞いてるよ、とはハルは答えなかった。
ここ大陸世界には、最もメジャーな『エレメント・メトリア』が存在している。
水、大地、風、炎。
メトリアは用途の汎用性や利便性、特に応用性が重んじられていた。
そして、メトリアの優劣は種類ですでに決まっている。相性うんぬんの問題ですらなく……──
「水が最強、炎が最弱だ」
もちろんドーラの全員が『水』を宿している。
つまり、この王国においては家系レベルで、ドーラの一族が術士として最強であるらしい。
そしてビブリオは──『炎』という時点で最弱なのだと。
おまけに、とカイーザが言い加える。
「協会では術士個人の優劣を図る貯蔵限界の基準値があるって知ってるか?」
それも聞いたことがあるよ、とはやはりハルは答えなかった。
メトリアの貯蔵限界は『計測器』で測ることができる。
メトリア使いとしての平均値はテンポ『一〇〇』だが、術士の家系で目安となるのはテンポ『一五〇』……──
「その基準値はなあ、俺様たちには適用外だ」
「……へ?」
「俺様たちドーラにとっては、テンポ『一五〇』なんか当たり前なんだよ」
平均値ですらねえんだよ、とカイーザが笑っている。
ハルが驚いてウィルへと視線を移せば、ウィルはサラバンド本部長の老婆を介抱しながらも、その場で押し黙ったままだった。
「あえて数字で言っちまえば、ドーラの基準値はテンポ『一七五』だ。もちろん俺様も基準値は超えてるぜ?」
王国の英雄──マイスターは確か、テンポ『二〇〇』という話だったはずだ。
以前その話をウィルから聞かされた時点でハルたちは、なんだ最強じゃないか、なんて騒いでいたけれど。
──そういえば。
ウィルが『工業都市』で計測器を見せてくれた時、なぜかウィルは自分自身の貯蔵限界についてはまったく言及しなかった。
もとより、優先度の低い話は後回しにしがちなウィルだったけれど。
実は、あれはわざとだったのだ。話したくなかったのだ、こればっかりは。
ドーラの一族──王子は、生まれながらに勝ち組だった。
この王国で最も優れた『水のメトリア』を宿し、加えて優れた貯蔵限界をも誇っている、王国最強の術士の一族。
⁂
ぎゅ、と。
押し黙っていたマッキーナが、唇を強く噛み締めた。その場でうずくまったまま反論の一つもせずに黙っている。
ハルは、マッキーナの言葉を思い出していた。
彼女たち術士の世界は──生まれた時から、運命は決まっていると。
メトリアは自分で選べず、定められた運命には抗えない。
そして、契約相手も──結婚相手も、選択の余地などないのだと。
「それで? クソガキ」
ぎぃとハルに凄んでは。
「そんな王国最強な俺様が、王国最弱のビブリオと『本契約』してやるってのを、まさかてめえは邪魔するつもりなのかよ?」
カイーザがわしりと胸ぐらを掴んでくる。
態度こそかつてのカツアゲ男と大差なかったが、カイーザが明らかに違うのは、戦えば間違いなく強いだろうと言うことだ。こうやって容易に手も出してくるし、武器がなくても偉ぶるのだろう。
しかし──
「じゃ……邪魔するとも!」
ハルはそれでも退かなかった。
メトリアの優劣で己を語るカイーザに、ハルは言い返してやるのである。
「メトリアなら、僕だって持ってるんだ!」
「へ〜え、ああそう。で、何のメトリアよ?」
「ほ……『星』だ!」
⁂
──ひりつく空気を、ハルが自らの宣言を以ってさらに揺さぶった。
おお、とダイヤが感嘆の声を上げる。ああ……とムンクが静かに諦観の声を上げる。ハルを見上げたマッキーナの、その表情はなぜか宣言する前よりも遥かに苦渋に満ちている。
そして、ウィルは──にぃ、と。
カイーザは、数秒沈黙してから、
「……はあ?」
怪訝そうに、空色の瞳を見返した。
「何言ってんだ、てめえ──」
「彼の顔をよく見たまえよ」
ようやく口を挟んだウィルが、
「『水』を読むまでもない。彼の顔を見ればすぐに理解するよカイーザ──これが真実であるとね」
めくり上げられたフードから、金色の髪が露となって、髪色、その顔立ちにカイーザはすぐさま喉を鳴らした。
「はあ!? んだ、こいつ!」
想像通りのリアクションに、かつかつとウィルが歩み寄った。
そして、ハルとマッキーナの間で立ち止まるなり、ウィルもまた、カイーザに宣言するのだ。
「マッキーナは、この少年と『本契約』するのだよ」
あっけらかんと、それが定めだと言わんばかりに。
縹色の男──もうひとりの王子にして暴君たるウィルが。
「彼の名はハル。サントラで結成された新たな部隊のリーダーにして、この王国の新たなる『小さな英雄』さ」
そう、宣言したのであった。




