op.21-1 本契約(キーサイン)①
【前話までの登場人物】
ハル:金髪碧眼の少年。王国の辺境サントラで暮らす。メトリアは『星』。
ウィル:くすんだ藍色(縹色)の中年の男。自称『指導者』。メトリアは『水』。
皐月:亜麻色の髪と桜色の瞳の少女。ハルと同じ家で暮らす。メトリアは『花』。
ダイヤ:サントラで暮らすハルの友人。メトリアは『大地』。
マッキーナ・ビブリオ:アレグロで暮らす『術士』の少女。メトリアは『炎』。
ムンク:ソルフェで暮らす『ハンター』の少年。メトリアは『風』……?
カイーザ・ドーラ:王国の王子。スーザの息子でウィルの甥にあたる。(※新登場)
二ヶ月ぶりに訪問したビブリオ図書館が、大きく荒らされているのを目撃した。
そして、二ヶ月ぶりに会ったマッキーナは──『蒼』を纏った少年に、すでに散々痛めつけられた後で。
いつもはなかなか次の行動に踏み出せないハルが、どうして今日に限っては、そんなにも早く決断できたのか。
きっと決断したというよりは、身体が勝手に動いたのだろう。
マッキーナが踏みつけられている現場を目にした瞬間、ハルは腰に携えていた剣を引き抜いて。
「やめろおぉっ!」
大きく踏み込んでは飛び上がる。
蒼色の少年の脳天目掛け、ハルは『星』を纏った剣を振り下ろした。
──ガギンッ!
衝突するは、ふたつの刃。
いつから持っていたのかは血が上っているハルでは図れないが、蒼色の少年が応じたのは『星剣』アストロよりもずっと刃渡りの短い剣だった。
剣というよりも、ほとんどナイフに近い。かつてハルが出会った、金メッキ男の振りかざしていたそれとよく似ていた。
……いいや、武器だけではない。
どこかスカした前髪といい、ニヒルに浮かべた笑みといい、蒼色の少年から匂う雰囲気は──
(あの金メッキ野郎とそっくりじゃないか!)
まったくの無力だった、カツアゲされかかった二ヶ月前の自分に苛立つ。
しかし、今回のハルはただのブランドマニアじゃない。鈍く光る刃と、その奥で嗤っている蒼い瞳をきっと睨んでやれば、
「なんだ、てめえ?」
蒼色の少年はへらへらと、ハルの空色を見返して、
「俺様に気安く触んな、くそ下民」
その短い刃を──『水』で覆う。
「『竜刃』」
ぶわりと溢れ出した『水』がハルの周囲を覆っては、
「──【青天の霹靂】」
水の『刃』となって、宙を舞うハルに襲いかかる。
無我夢中、とはこのことだ。
全方位から襲いかかってくる『水』の刃、その形を、ハルはつい先日編み出した自身の必殺技と重ね合わせていた。
だからこそ、ハルはとっさに行動できたのだろう。
「あ……【僕の一番星】っ!」
囲まれた水の檻、その内側から剣を一閃しては、流星群を拡散させていく。
襲いかかってきた【青天の霹靂】を、自らの技によって相殺してみせた。
散乱する水たまりのひとつに着地して、ちゃぽんと殺伐した空気にそぐわぬ可愛い音がスニーカーから発せられる。
自ら危機を脱したハルが、見上げるなりキィと目前の少年を睨みつけた。
相対するは──空と蒼。
⁂
「何をしているのかね」
──いつだかの。
ハルを金メッキ男から救ってくれたときのような、低い声色と台詞を以って。
「ここはビブリオ家の管轄のはずだ──カイーザ・ドーラ」
追いついてきたウィルが、相対する二人の少年よりも早く口火を切った。
ウィルもまた少なからず蒼色の少年を睨んでいたものの、ハルの豹変する態度と比べればまだまだ怒りは浅いように見えた。
何より、ウィルはこの少年の『名前』を──
「よお、おっちゃん」
蒼色の少年が、片手でくるくると『竜刃』と呼んだ短剣を回しながら、
「しばらく王宮で見てねえと思えば、こんなくそみてえな町にお出ましとはなあ」
愉快そうに、けらけらと。
ハルがひたひたと向け続けている剣先も怒りの感情も、まるで見えていないと言った様子で。
「今日はいったい何の日だ? くそ雑魚術士撲滅記念日か?」
「それは私ではなくお前が設定した記念日だろう。適用され得るのもお前自身だけだがね」
険しい表情でつかつかと歩み寄ってくるウィルが、
「ここで油を売る暇があるなら、スーザのもとに帰って即刻『竜王律』をやり直せ」
『竜王律』──シャラン王国の法律のことだ。
その言葉を聞くなり、はっはは! と仰け反りながら蒼色の少年が騒ぐ。
「ブーメラン過ぎんだろ、ウィンリィのおっちゃん! 王宮で誰よりも『王律』守ってねえやつが!」
刃先を自ら額へと、一歩違えばそのまま額を切り裂いてしまいそうな角度であてがった。
狂い咲いた笑顔を冷ややかに、ウィルが見据えては告げるのだ。
「私は守る意義のない規則はわざわざ守らない主義だ──同時に」
蒼色の少年を弾劾する。
「絶対に守らねばならない『道理』は、決して違えない主義でもある」
「モラル? ルール? それを決めるのは俺様たちだろ」
絶対的な主義で。
独裁的な思想で。
身勝手な意志を抱く蒼色の少年は、自ら名乗りをあげたのだ。
「俺様はカイーザ・ドーラ、シャラン王宮所属ドーラ序列第三位──近い未来で王国秩序そのものと化す、不変不動の『権限』にしてこの王国の王子様なんだからよお!」
──そこにいたのは、ウィルとはまた別の『王子』なる少年。
しかも、すでに色褪せてしまったウィルの蒼とはまったく違う。
『カイーザ』と名乗った少年は、まさしく現在進行形で──純粋な『蒼』を、全身に纏っている。
⁂
ハルにとってはあまりにも衝撃的だった。
ビブリオ図書館を荒らし、マッキーナとその家族を襲った目前の少年が──まさか!
(王子……? 王子だって!?)
確かに、中年の男であるウィルと比べれば王子らしい格好はしている少年だった。
カジュアルながらも煌びやかな服を着て、高級そうなブーツを履いて、清潔そうな身なりと手入れされたストレートの青髪が、少年の育ちの良さを表している。絵本や漫画に出てくるような、王子様そのものみたいな少年だ。
ただし、育ちが良いのは外見だけだ。王子様というイメージ通りなのも格好だけ。
なにせカイーザが浮かべているニヒルな笑みは、ウィルよりも遥かに貧しかったのだから。
「マスキード殿はどうした?」
ウィルが静かに。
「ここのご当主だよ。旦那も見当たらないが?」
「あのおばさんはここにはいねえよ、今ごろは王宮だ。親父に呼ばれているからなあ」
──ままま、マスキードさんを『おばさん』って言うな! 聞かれたら殺されるぞ! お姉さんか、最低でもお母さんって言え!
そんな場違いなツッコミは、さすがに今回はかませなかった。
「なんだっけなあ、『トロイメライ』だっけか? 最近話題の連続通り魔で、珍しく『炎』に用があるっつってよ」
「そうか。つまりカイーザ、お前はご当主の留守を意図して狙ってここへ遊びに来たわけだ」
冷えていくウィルの言葉に、むしろカイーザはすこぶる嬉しそうで。
まだまだ遊び足りていないと、舌なめずりしてはウィルを──ついでにハルをも挑発する。
「ビブリオが親父に呼ばれた理由が分かるか?」
駆け寄ってきたダイヤとムンク、そしてまだ倒れているマッキーナを見下ろしながら、
「『トロイメライ』なんて二の次だ。親父はな、ビブリオをそっくりそのまま、自分の傘下にする気なんだよ」
カイーザの父親──スーザ・ドーラ。
「そもそもエレメント協会は俺様たち王宮の傘下だ。で、お前らビブリオ……つうかサラバンドは、ゴミカスな協会の中でもトップレベルのゴミカスだろ? 王宮ないしは親父の傘下に入るんだから、お前らも図書館も俺様の所有物だ」
突飛な理屈、暴力的な理論。
ウィルよりも遥かに──『暴君』がごとく。
「お前らビブリオ家にとって、今日は俺様に感謝をする日だ」
蒼色の瞳を歪ませて、
「『魔法都市』の掃きだまりでしかなかったサラバンドが、ようやく王国秩序に貢献できる。俺様の王道の踏み台に選ばれたこと、せいぜい感謝して生きることだなあ!」




